第10話:暇つぶしフィッシング デイス用水路のオオグチウナギ ワームゲーム
デイスの用水路は、ある魚の穴場である。
短めのライトバスロッド、小型のベイトリールに、3インチのシャッドテールワームをセットしたオフセットフックのノーシンガーリグを付け、ちょいキャストする。
底まで沈め、巻き上げ、また沈め……のリフト&フォールアクションで探っていく。
ノーシンカーリグはワームと釣り針だけというシンプルな仕掛けだ。
飛距離はさっぱりだが、その代わり、極めてナチュラルなフォール及びスイミングアクションで魚を誘えるというメリットがある。
この用水路のような接近戦ではそのメリットが強く生きてくるというわけだ。
オレンジ色のワームが生い茂る水草の森に突っ込んだ直後、ガツン! という衝撃と共にロッドが大きくしなった。
グイ! グイ! と段のある引き。
本命で間違いない!
引きを楽しみつつ、強引なリフティングで魚を寄せる。
水中に障害物が少ないこの水路においては、ラインブレイクの危険性は低い。
だが、あまり好き放題に暴れられると他の魚がスレてしまう。
水草の茂みをかき分けて、太く、短いナマズのような体を持ったウナギ顔の珍妙な魚が上がってきた。
これこそがボニート水系に生息する「オオグチウナギ」である。
サイズは30センチくらいだ。
「うへぇ!? 気持ち悪ぃ魚!」
背後からマービーの叫び声が聞こえる。
まあ、確かに独特な外見ではある。
それ故か、この地域では滅多に食われないらしい。
しかし、グロテスクな魚ほど旨いの法則に従い、こいつは無茶苦茶旨い。
デップリと太った外観に相応しく、脂肪分をたっぷりと含んだ肉厚な身は、柔らかでジューシー。
川にいる個体は泥に潜ることから独特の臭気があるが、泥がない用水路に生息する個体は、臭みが全くなく、塩で焼くだけでしっかりとした魚のうま味と、脂の甘みを堪能できるのだ。
そして何より、短くて太いので捌きやすい。
ドロアンコウといい、見た目で損してるよなぁ……。
いや、魚側からすればそっちの方が良いのか。
俺のせいで激減されても困るので、あまり触れ回らないようにしよう。
クーラーボックスに魚を入れ、水を注いで活かしておく。
徐にサラナが近づき、それを覗き込んだ。
「姿はちょっと気持ち悪いけど、よく見たら結構可愛い顔してるわね。触ってみてもいい?」
俺が「いいよ。触ったり掴んだりしてみ」と返すと、サラナはボックスの隅に陣取っているウナギをツンツンと突く。
「うわぁ! 凄いヌルヌル!」とか「意外と張りがあって固いのね……」とか言いながら黒くて太いブツを弄っている様は、なんか直視しちゃいけない気がする。
マービーも恐る恐る近寄ってくると、サラナの真似をしてウナギを触っている。
「う……ああ……なんだこの感触……」「ビクビクしてんぜ……」等と言いながら……。
ああ……。なんだろうこの背徳感……。
むず痒い感覚を覚えながら、二匹目のドジョウならぬウナギを追っていると、感知スキルにピン!という感があった。
カイザーノネズミだな。
「ネズミが近づいてるぞ。気をつけろ」
釣具を召喚解除して消し、ダガーナイフに持ち換えた。
「うっ! こ……今度はビビらねぇぞ。ユウイチは手出し無用な!」
「今度は私達のカッコいいとこ見せてあげるから!」
と、二人もウナギ弄りを止め、戦闘の構えを取る。
ほう……マービーはトゲ付きのガントレットか。
シンプルながら、パワフルでスピードに優れる彼女にはもってこいの装備だろう。
褐色の健康的な肌に、黒と銀の武装が良く似合っている。
サラナはナイフ付きのショートロッドを使うんだな。
打撃オンリーの前衛と剣、魔法使いの中衛兼ヒーラーといった具合か。
薬師ならではの腰にジャラジャラ付いてる試験管がカッコいい。
それじゃあ今回は彼女達の戦いを見せてもらうとするか。
俺はお言葉に甘え、クーラーボックスのふたを閉めて、そこに腰を下ろした。
やがて、用水路の暗闇から、でっぷりと太った大ネズミがスイスイと泳ぎ出て来た。
おお! 4匹もいるじゃん!
こちらの殺気を捉えたのか、4匹は次々と水から上がり、陣を組むかのように密集すると、二人目がけて威嚇を始める。
「ジイイイイイイイ!!」という、歯を擦り合わせた時に出る音を起こし、目をギラつかせるネズミたち。
子供サイズとはいえ、なかなかの迫力だ。
「サラナ! 頼む!」
「オッケイ!」
マービーの指示を受けたサラナが、腰の試験管をロッドに装着する。
すると、試験管の中に入っていた赤い液体がロッドにドクドクと流れ込んでいく。
すげぇ! あんな構造してるんだ!
「スパイシー・バブルミスト!」
ロッドの先から噴き出した赤みを帯びた泡が、ネズミたちにモクモクと降りかかった。
途端に「ジュウウウウウウ!!」と悲鳴を上げ、転がりまわる彼ら。
ほほう……! 薬の成分を魔法に乗せて放てるのか!
面白ぇ!
「おりゃあああああ!!」
その隙に、マービーがネズミに殴りかかる。
一匹目は殴られた衝撃で壁に激突。そのまま動かなくなった。
二匹目は仲間の死臭をかぎ取り、逃げようとするも、視界も嗅覚も封じられた状況では独楽鼠のごとく回ることしか出来ず、振り下ろされた剛腕で叩き伏せられた。
三匹目は闇雲にガチガチと噛みつき、ついにはマービーのガントレットを捉えたものの、全く歯が立たず、そのまま地面に叩きつけられて命を散らした。
その隙に四匹目がマービーの脛に噛り付いた!
「ぐああああ!!」
マービーの悲鳴が響く。
いかん! 助けに……!
俺がそう思うより早く、飛び出したサラナがロッドに付いたナイフでそのネズミを切りつけた。
ナイフからも赤い液体が漏れ出ている。
それを食らったネズミは金切り声のような鳴き声を上げてピョンピョンと狂ったように飛び跳ね始めた。
刺激物たっぷりの液体を切り傷に浸透させるってか。
怖っ!
すかさずサラナは試験管を付け替え、「ヒーリングバブルメイル」と叫んだ。
今度は緑色の泡がロッドから噴き出し、マービーの傷口をぴったりと覆った。
回復にも応用できるんだなこれ。
めっちゃ便利じゃん。
その飛び跳ねるネズミに、マービーがパンチをフルスイングで撃ち込んだ。
「ヂュッ」という断末魔と共に、そのネズミは中庭の城壁まで吹っ飛んでいき、文字通り木っ端みじんになってしまった。
随分なオーバーキルだが、なかなかに気持ちのいい戦いを見せてもらった。
俺もこれくらいスタイリッシュに戦いたいかも……。
「どうだ! アタシらだってお前らに負けてねえぞ!」
「カッコいいとこ見せられた?」
振り返りざまに、二人は爽やかなドヤ顔を見せてくる。
だけど……
「危ない!」
殺しきれていなかった二匹目のネズミが体勢を立て直し、サラナ目がけて飛びかかってきたのだ。
俺はすかさず大型のタモ網をネズミの眼前に召喚。
同時に、その柄の元にテレポートし、宙を舞うネズミをタモ入れする。
猛烈な重量がかかるが、正しい角度でキャッチすればタモは壊れない。
強力なナイロン繊維に捉えられたネズミの首筋目がけ、ダガーナイフの突きを入れる。
確かな手ごたえが手首に伝わってきたかと思うと、そのネズミはビクン!と大きく痙攣。
直後に生命活動を停止、死んだのだ。
「あ……ありがとう……」
「す……す……すっげー!! 何だ今の!?」
へたり込むサラナと、ものすごい勢いで肩を揺すってくるマービー。
カッコいいドヤ顔を決めたかったが、瞬間的な高負荷がかかる技のため、俺の顔は死にかけのハリセンボンのようなグッタリフェイスだったに違いない。
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「うおっほー!! こりゃ旨ぇや!」
マービーがこんがりと焼けた白身に食らいつきながら、叫んでいる。
15匹あまりネズミを片付け、5匹ばかりのウナギを釣り、俺達は昼の小休止を挟んでいる。
お昼のメニューはもちろん、オオグチウナギの白焼きだ。
ウナギといえば普通はかば焼きだが、この世界では調味料が足りなさすぎる。
それに、臭みのない、うま味と甘みのハーモニーを楽しむには、白焼きが一番だと俺は思う。
調理法は簡単。
ズドンと太く、肉厚なその身を背開きにし、塩を振りながら、遠火の強火でじっくりと焼き上げるだけ。
塩のみで味付けする調理法は、魚そのものの味の良さが求められるのだが、この用水路のウナギは、その条件をバッチリ満たして余りある。
ここでウナギの養殖とか始めたら儲かるかな?
「しかしまあ……お前の生き方は楽しそうでいいよなぁ……」
マービーが突然そんなことを言いだすので、何事かと思って彼女の方を見る。
俺の顔を見て、えらくマイナス方向に受け取られたと察した彼女は、
「い……いや! 今のアタシらの生活が楽しくないとかじゃねえよ!? あと嫌味とかでもねえからな!?」
と、慌てて訂正した。
「何か具体的な目的とか持って動くんじゃなくて、好きなこと、思い立ったことをやって、釣りして旨い魚食ってってさ……。初めは爺さんみたいだって思ってたんだが、こういうノンビリした生き方もいいなって思ったんだ。今日」
「あー。なんか分かる。ユウイチくんって何かに追いかけられるとか、なかなか追いつけない目標に焦るとか、そういうのと無縁そうだもん。いつでもゆったり構えてるっていうか」
「最近めっちゃ頑張ってたもんなぁ。アタシら」
等と携帯用オーブンの火を眺めながら語らう二人。
うん……まあ……運よくかなり余裕もって生きられるよう取り計ってもらっちゃってる身なので……。
しかし、エドワーズの奴、メンバーの心が疲れてるのに気づいてないな……。
みんなで決めた目標に向けて頑張るのも大切だが、時にはそういったものを洗い流して趣味に没頭するのも大事なことだと思う。
よし、ここは俺が一肌脱ごうじゃないか。
俺は釣具召喚で釣り竿を二本出し、二人に差し出した。
「釣り、初めてみないか?」