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第9話:暇つぶしクエスト:用水路のネズミを討伐せよ




 ダガーナイフよし、ベストよし、回復、補助アイテムよし。

 さて……と。

 行きますか。



「それじゃあミコト~! 行ってくるからな~!」



 トイレの扉に向かって大声で叫ぶと、ドンドンと扉を叩く音のモールス信号が帰ってきた。

 「キ ヲ ツ ケ テ」だそうだ。


 今、ミコトは一人孤独に戦っている。

 体内に残る魔王の瘴気を、浄化作用のあるハーブと消化できない魚の脂のコンビネーションによって強制排出させているのだ。

 あのソテーを食べてから4時間後、何かの昂りを感じた彼女は

「お願いっスからトイレに近づかないでほしいっス。ていうか今日一日家開けてほしいっス」

 と言ったきり、トイレに閉じこもってしまった。

 

 彼女がそう言うなら仕方ないので、今日一日、俺は軽いクエストでも回して過ごすことにしたのである。

 トイレの近くに水分と、食用のスライムドリンクを置き、家の鍵をしっかりとかける。

 ミコト……頑張れ……!

 そしてごめん!




////////////////////




 俺は普段通りデイスの城門前にテレポートし、ジールさんに絡まれたり、先輩冒険者に弄られたりしながら、ギルド本部へ向かう。

 ギルド前の噴水広場は今日も盛況だ。

 朝から酔っぱらってる先輩らに「今日は嫁さんいねえのか~?」とか「オイオイシャウトに鞍替えかい?」とか言われて気が付いたのだが、俺一人でギルドに来るのすごい久しぶりだわ……。

 なんだろう……失って初めて分かる心の隙間ってやつか……?

 いや、失ってはいないんだけども。


 若干の寂しさを覚えつつ、ギルドの扉をくぐる。

 もう早朝のピークは過ぎているため、クエストボード前はガラガラだ。

 金払いの良いクエストが真っ先に消えていき、次に易しくて程々の報酬のそれが消え、最後に残るのは楽で報酬激安か、難易度に対して報酬が安いクエストだ。

 特に、普段依頼慣れしておらず、内容を適切に書いていない依頼主や、初心者を格安で雇い、ダメモトで無茶苦茶危険なことをさせる悪徳依頼者も稀にいるので、その辺の見極めが重要だ。

 デイスのギルドはそういった依頼をある程度弾いてくれるし、世話焼きな先輩らも多いので、滅多に引っかかることはないが……。

 一年前、まんまとそのような依頼に乗ってしまった初心者コンビがいたということを忘れてはなるまい。


 その時の苦い経験を活かし、張り出された依頼書を隅々まで読んでいく。

 お! 用水路のネズミ退治とはなかなか良いクエストが残ってるじゃないか。

 デイスの自治会からの依頼だし、一匹当たりの報酬もそこそこ。

 しかも用水路となりゃ……ぐふふ……。

 今日はこれで一日を潰すとしよう。



「お? ユウイチが一人とは珍しいじゃん」



 依頼書をボードから剥がしていると、横から呼びかけられた。

 振り向けば、エドワーズパーティーのマービーとサラナが立っていた。

 「よっ」と軽く挨拶を交わす。



「君らこそ二人は珍しいな。エドワーズは?」


「エドは今コモモとランプレイ山脈の方へ遠征中よ。私達は暇つぶし中」


「また随分遠方に行ったな。何しに行ったんだ?」


「あのあたりって良質な綿木とモコモコヤギの生産地じゃない? それで結構交易隊の通行が多いのよ。大型の獣や魔物が良く出るから、割のいい用心棒依頼が多いんだよね」


「3日前まではアタシらが行ってたんだぜ。二人一組になって交代で引き受けてるんだ」



 ほへー……。

 あいつえらく金稼ぎに精出してんだな。

 なんか欲しいものでもあるのかね?

 彼女達にそう尋ねると、「家を買いたいんだ」という返事が返ってきた。

 パーティー4人で仲良く暮らせる家を買う……とな……。

 あいつのハーレム計画順当に進んでんな……。

 本人は無自覚かもしれないけど。



「しかし、お互い暇なときに出会うとは奇遇じゃんか。お前のクエスト、アタシらも同行させてくれよ」


「あ! それいい! 最近評判になってる君の腕前見たいかも!」


「ええ……。別にいいけど、本当に暇つぶしみたいなクエストだぞ? 君ら体休めなくて良いのか?」


「全然構わねぇよ! むしろ時々クエストやってねぇと体が鈍って仕方ねぇ!」



 そう言いながら、マービーはサッと依頼書を剥がし、「これ3人でお願いしまーす!」と馬鹿でかい声を上げながら受付に行ってしまった。

 エドワーズに似て有無を言わせないな……。

 こうして、臨時の暇つぶしパーティーによるクエストが幕を開けたのだった。




////////////////////




「うおお! すっげぇ! この街の用水路ってこんななってたのか!」



 マービーが感嘆の声を上げた。

 デイスは交易の街であると同時に、大陸西端最大の都市である。

 住民もかなり多いし、宿泊施設も数多く立ち並んでいる。

 その生活や胃袋を支えるため、ボニート川から莫大な量の水を引き入れているのだ。

 それだけでなく、湧き水も豊富なことから、地上、地下を問わず上水、下水の用水路が縦横無尽に走っている。


 今俺達が居るのはデイスの街の外周と第2城壁の間を流れる暗渠タイプの用水路だ。

 ここはボニート川から引き入れた水が流れる箇所であり、街の中で作物を栽培するのに用いられている。

 そのため、水は非常に綺麗で、格子状の暗渠の蓋から差し込む光に照らされてきらきらと輝いている。

 無論水草も繁茂し、魚も泳ぐ。

 ほぼ川と変わらぬ環境だ。

 しかも水路の壁のうち一面は完全に開放されていて、街の農地に面しており、賑やかな大通りの直下にありながらも、緑豊かな大地を拝むことができる。



「用水路関係のクエストって勝手に不潔なイメージ持ってたけど、こんなに綺麗だったのね……」



 サラナも靴を脱いで用水路に足を突っ込み気持ちよさそうにしている。



「それはクエストによるぞ。依頼文で見極めないと下水のドブさらいさせられたりするからな」


「うげぇ……気をつけるわ」



 さて、和んでばかりはいられない。

 今日のクエストはこの水路のネズミ退治だ。

 これからの時期、夏野菜を食べようとネズミが侵入してくる。

 それを討伐するのが今日のミッションというわけだ。



「でもよお、ネズミって言ったって野菜食うようなちびっ子だろ? わざわざ冒険者雇ってやるようなもんかねぇ?」



 マービー達は水路に膝までつかり、完全に川遊びモードだ。

 しかし意外だ……。

 エドワーズのことだからこのクエスト経験してると思ったんだが……。

 そんな油断しきった彼女たちの背後、暗渠の暗闇から、ドンブラこと大きな毛玉が流れてきた。

 お、これは丁度いいかも。



「ちょっと君ら後ろ振り向いてみ」


「ん?」


「どうしたの?」



 そう言って振り返った彼女たちの動きがビキッと固まる。

 まあ、初めはそうなるわなぁ。

 

 全長1.2m。

 立ち上がると子供の背丈ほどもあるその毛玉こそ、このクエストの獲物「カイザーノネズミ」であった。



「「きゃああああああああ!!」」



 絵に描いたようなリアクションで用水路から飛び上がる二人。

 カイザーノネズミは彼女達の退いた水路を、スイスイと泳いでいく。



「フロロバインド!!」



 俺はすかさずフロロカーボンを召喚し、ネズミをグルグル巻きに縛って水揚げした。

 ドタドタともがくその首筋にダガーナイフを振り下ろす。

 すると、ネズミはビクンビクンと痙攣した後、動かなくなった。

 よし、神経締め一発!

 尻尾を切り落とし、畑に設置された籠へネズミを放り込む。

 この尻尾が報酬の証拠品となるのだ。

 ちなみに籠に入れられたネズミの亡骸は、細かく砕かれて畑の肥料に使われるという。



「まあこんな感じ。こいつら水路泳いでる時は隙だらけだから、好きなようにやるといいよ」



 俺が彼女達の方を見ると、二人は柱の陰に隠れてこちらを伺っていた。

 君らコイツなんかよりデカい猛獣や魔物と戦ってるだろ?

 と言うと



「いや! ネズミでそのサイズはねぇわ!」


「なんか……生理的に無理よね……」



 と返してきた。

 まあ、分からんでもない。



「ネズミは大体泳いで侵入してくるから、来るまで適当に見張りつつ暇潰しててくれ。たまに物陰走ってくることもあるから気をつけてな」



ビビりモードになってしまった二人にそう言っておき、俺は釣り竿を召喚した。


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