エピローグ:エターナル・アングラー
春。
芽吹きの季節だ。
この惑星イサリー中央大陸、西端の辺境、花の岬にもそれは訪れる。
「釣れるかい? 少年」
「いや、全然」
俺は行きつけの釣り場の護岸で糸を垂らす少年に声をかけた。
この子は最近時々見かけるようになったが、なかなか筋がいい。
年のわりに、早くもメタルジグを50m超飛ばす腕力と技術を持っている。
もしかしたら、将来凄い釣り人となって、歴史に名を残すかもしれない。
あとはもう少し愛想がよくなって、人からいろんな釣り技を継承できればいいんだが……。
そんなことを考えていると、少年が口を開いた。
「ねえお兄さん知ってる? 最近さ、伝説の時代を生きた隠れ英雄の記録が発見されたんだってさ」
「ああ、俺もそのニュース見たよ。エドワーズにサラナ、コモモそれとターレル、マーゲイ、レアリスだったっけ?」
「違うよ! 何年前の話してるんだよ! なんでも、勇者レフィーナの心の師匠に当たる人で、裏英雄エドワーズが行ったとされる伝説の半分以上に、その隠れ英雄の関与があったんだって! その人は“釣神”の二つ名を持つ冒険者でさぁ!」
うっ……。
嘘だろ……。
俺の記録は法王やってた時念入りに消したはずなのに……。
「裏英雄エドワーズの墓の隠し部屋から、その人にまつわる記録が大量に出土したんだってさ! しかも、インフィートやスカラープの伝承、それに四方の大陸に残る謎の釣り人伝説、エルフのザラタシティに残る記録にも矛盾なく合致するんだって! 世界釣魚大全の著者もこの人の可能性があるらしいよ!」
そう言いながら、スマート魔力通信端末(略してス魔フォ)のニュースを見せてくる少年。
あんの野郎~!
人が墓暴けないと思ってとんでもない物抱えていきやがったなぁ……!
「その隠れ英雄の名前ってさ、ユウイチって言うんだって。お兄さんと同じ名前なんだよ! 僕その話聞いたとき笑っちゃって」
「そりゃ面白いこともあるもんだなぁ! もしかしたら俺本人だったりしてな」
「何バカみたいなこと言ってんの……。でも僕さ、みんなに釣りしか能がないって言われてきたんだけど、その話聞いてちょっと元気出てきたんだ。釣り人でも世界にその名を刻めるんだって。だからお兄さんさ、もっと色んな釣り教えてほしいな!」
「いい心がけだな少年! よし、じゃあ今日はクチジロオコゼのカブセ釣りを教えてやろう!」
俺は手を宙に掲げ、叫んだ。
「釣具召喚!!」
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「伝説の時代……か」
少年を家まで送った後、テレポートで遥か数百キロを飛び、街灯に照らされたデイス―インフィートラインをゆっくりと歩く。
なんとなく、この道を歩きたい気分になったのだ。
上には高架の道路が走り、車が行き交う音が聞こえる。
俺が飛行深海イカザメを討ってから、色んなことがあった。
4人+臨時1人のパーティで、この中央大陸中を冒険し、さらにエドワーズ達と共に暗黒大陸の船団に加わり、東西南北の大陸を全て巡った。
そうこうしている内に、伝説の時代を生きた友たちは、一人、また一人と旅立って行った。
俺はサラナを最後に見送った後、ミコトと共に空位だった法王の座につき、この世界の発展を裏から見守った。
自惚れではないが、ある程度の発言権があったおかげで、この世界を蒸気機関や魔動力炉の発明に始まる産業革命の時代を経てなお、豊かな自然を保ちながら発展させることが出来た……と思う。
この世界が自分の知るレベルの文明まで発展したことを確認した俺は、お役御免とばかりに生前退位を行い、歴史の闇へと姿を消した。
連なる時代と生命の螺旋は、その切っ先に生きる者たちが紡ぐもの。
螺旋を外れ、永遠の時間を生きる者が必要以上に干渉すべきではないだろう。
そして俺は今……。
「あ! お帰りっス~!」
家の扉を開けると、ミコトがエプロン姿で料理を作っていた。
それも山ほど。
「ていうか遅いっス! 今日何の日か分かってるっスよね!?」
そう言いながらも、クーラーボックスを開け「わわわ! 私の大好物のクチジロオコゼじゃないっスか! しかもこれ凄いでっかいっスよ!」と喜んでいる。
俺は今、あのデイス近くの森の家で、最愛のミコトと二人、仲良く暮らしている。
ミコトがこんなにも張り切っているのには理由がある、今日は愛ちゃんの命日。
俺達はこの日、必ず集まるようにしているのだ。
あ……来たかな?
遠雷の音が耳に入ったかと思うと、今度は家の前で激しい閃光が炸裂した。
ミコトが「わわわ! 来ちゃったっスよぉ! 雄一さんこのクチジロオコゼをお刺身にしててほしいっス!」と言って玄関へ走って行った。
「うふふ……ミコトったらまたバタバタしちゃって。あら、ユウイチったらまた釣りに行っていたの?」
そう言いながら、美しい金髪ロングヘア―の長身エルフ美女が入ってくる。
「いらっしゃいっス! まだもう一人来てないっスけど、多分あと1分29秒で来るっス!」
「あら嬉しい。コトワリは相変わらず何もかもピッタリなのね」
席につくエルフさん。
……。
ええ、シャウト先輩です。
人間換算で反抗期真っ盛りだった伝説の時代のシャウト先輩だったが、数百年単位で年を取るにつれどんどん丸くなり、今やすっかり魔導院の書記長の肩書が似合う人になってしまっている。
こう……。
元ヤンの女の人が高級官僚になったような感じだ。
ふと、7時を告げる鐘がなった。
直後、眩い閃光がシャウト先輩の横の席に着弾し、麗しい天使の姿を形作る。
「官憲天使! コトワリただいま見参!! おお! 旨そうな料理ではないか! 早速……!」
「待てやオラ!! まだユウイチが料理してんだろうがよ!」
「しびびびびびび――――!!!」
……。
やっぱりハイエルフの書記長殿とはいえども、変わらない部分はあるようだ。
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昔話から今話まで、一通り花を咲かせ終えた俺たちは、各々リラックスする。
テレビでは俺の転生前の世界を思わせる下らなくも面白いバラエティ番組が賑やかな音を発していた。
「おいユウイチ~。今の魔導院の連中気合が足りてねぇぞ気合が~」
満面の笑みを浮かべ、顔を真っ赤にした先輩がソファで寝言を叫んでいる。
あの人も溜まってるんだなぁ……。
「全く……。シャウトは昔から飲みすぎる癖は変わっていないようだな」
コトワリさんが呆れつつも安堵したような表情を浮かべている。
「そういえばっス! 愛ちゃんはあれからどうなってるっスか?」
「ああ。彼女は既に8度の転生をしているが、どの世界でも円満に人生を終えているよ。今9度目の世界で女子高生生活を満喫している」
「そりゃ良かった。またいつか会いたいもんだなぁ……」
「っスねぇ」
「ああ、そうだ。今日は依頼もしに来たのだが、またしてもダゴンの奴が魚を使って世界浸食を企んでいるようなんだ。また調停を頼みたいのだが、構わないか?」
コトワリさんがタブレットを出すと、その世界の様々なデータが表示される。
無論、俺は即刻生態系欄を開き、釣れる魚のリストを確認する。
ほう……!
これはこれは……!
「全くお前は……と言いたいところだが、それで毎回上手くいっているのだから、もう何も言うまい……。出発は1週間後になるが、構わないか?」
「はい! 楽しみに待ってます!」
「何ら何ら~? オメーら面白そうに話しやがっへよほぉ~! お前ももっと飲めへぇ~」
「むぐー!!!」
真っ赤になったシャウト先輩が、コトワリさんの口に度数のバカ高い酒の瓶を突っ込み、すごい勢いで流し込む。
「わー! ダメっス先輩! コトワリさん還れなくなっちゃうっス―――!」とミコトが止めに入るが、「ワハハハハハハハハ!! お前はアタシとずっと一緒にいるんだ!! ガハハハハ!!」と高らかに笑う先輩を止めきれていない。
そんな騒ぎの中にあって、俺はコトワリさんのタブレットを操作し、次なる釣りを空想していた。
釣りは一生楽しめるの趣味だと誰かが言った。
では永遠の命を得たのなら、永遠に釣りをしなくては損というものだ。
官憲天使代行として、異世界の魚事変の調停者……ならぬ釣停者として、俺は今なお、釣具召喚チートで異世界を釣り続けている。
そして、これからも、釣り続ける。
長らくのご愛顧ありがとうございました。