最終話:釣具召喚チートで異世界を救う
「あわわわ!! 近くで見るとやっぱりデッカイですよぉ!」
「ビビんなアイ! 立ち上がっただけだ!」
ザラタードケロンの火球を食らい、墜落した飛行深海イカザメ。
だが、それでも尚、その生命力は高かった。
イカの下半身で立ちあがり、クラム湖周辺に居た生物をガツガツと食い散らしながら俺達を威圧する。
軟骨魚のサメなら、高空からの墜落でとっくに死んでいるだろうが、コイツはミコト曰く極めて頑丈な骨格を持つ硬骨魚で、さらにイカの柔軟性も持ち合わせている。
しかも魔獣として召喚されているため、一定の魔力耐性を有するのだ。
事実、俺達の攻撃は柔らかいイカの部分にしか通じていない。
だが、こいつらの攻撃ならどうかな!
「行け! シャークチオステガ! シャドーメガマウス! ヒゲウバザメ!」
俺のカードから、ミコトの魚達が出現し、飛行深海イカザメと対峙する。
やはり……デカい……!
最も巨大なシャドーメガマウスと比べても、二回り以上デカい体躯だ。
早速、狂暴なシャークチオステガが雄たけびを上げながら突進し、飛行深海イカザメに食らいついた。
飛行深海イカザメはイカの下半身でその巨体を持ち上げると、苦もなく投げ飛ばしてしまった。
ズン!という音と共に着地し、今度は一定の距離を保ちながら威嚇するシャークチオステガ。
あの激流ブレスを放つ機会を伺っているに違いない。
と、次の瞬間、飛行深海イカザメの足元の地面が円形に陥没し、その巨体がガクンと沈む。
ヒゲウバザメの掘削攻撃だ。
すかさず激流ブレスが発射され、飛行深海イカザメの胴体に命中する。
龍を吹き飛ばす威力の水流を受け、グラリとバランスを崩したところに、シャドーメガマウスの影体当たりが炸裂した。
だが、それでも飛行深海イカザメは倒れない。
イカの体で即座に体制を立て直し、今度はこちらの番とばかりに、地面に足を突っ込むとヒゲウバザメを捕獲、そのまま締め上げる。
ヒゲウバザメはビチビチと抵抗していたが、やがて光の粒子になって消滅し、俺のカードに戻ってきてしまった。
「生命力」ゲージが空になっているあたり、次の召喚までは時間がかかるようだ。
こんなシステムだったのかよこれ……。
シャドーメガマウスが影を複数作り出し、猛攻を加えるが、一度食らい、見切っているのか、飛行深海イカザメはそれを次々に回避していく。
そして虚空に触腕を伸ばしたかと思うと、影となって隠れていたシャドーメガマウス本体を引きずり出し、大口で食い殺してしまった。
同じように光になって戻ってくるシャドーメガマウス。
クソッ!
やっぱ度を超えて強い!
シャウト先輩やミコトも敵の行動の合間を縫って攻撃を加えているが、有効打にはなっていない。
シャークチオステガの激流ブレスは辛うじて有効打になってる気はするが、動きを封じないと命中しないだろう……。
アングラースキルで動きを封じて……。
だが、俺の仕掛けを食わせる方法がないと、むやみに近づくのは自殺行為だ……。
なんかアイツに食われそうな餌は……。
そう考えた直後、俺のポーチがドクン!!と凄い脈動をした。
あ……丁度いいのが……。
俺は釣り上げたてのアジかと思う程ビクビクと振動するエビザメのカードを使い、エビザメを召喚した。
その背びれに延縄用の針を指し、敵へけしかける。
明らかに嫌がっているが、流石真面目な奴、カチカチと言いながら飛行深海イカザメの方へ歩いていく。
………。
……。
あ、イカの触手に捕まった。
あ、食われた。
「フィイイイイイイッジュ!!!」
俺の竿がグインと曲がり、アングラースキルが俺の体と竿、そしてラインを激しく光らせる。
久々の釣りで体が喜んでいるのか、かつてないほど激しい輝きだ。
あの飛行深海イカザメの体が大きく傾き、動きが目に見えて緩慢になった。
「今だ!! みんな!! 総攻撃!」
俺の声に呼応し、先輩が最大クラスの電撃を、愛ちゃんとコトワリさんが最大威力の火炎魔法を、ミコトが比較的柔らかい部分へ龍毒斬撃を次々に叩き込む。
シャークチオステガもここぞとばかりに激流ブレスと噛みつきを連発し、飛行深海イカザメの強固な皮膚に傷を刻んでいく。
このまま押し切れるか……?
そんな淡い期待を抱いたのも束の間。
魚悪魔すらも欲したミコトの大傑作は、この程度で止まる器ではなかった。
「グオオオオオオオオ!!」
大地が震えるような咆哮。
同時に、これまで経験したことのないパワーで竿がひん曲がる。
うおおおおおおお!?
直後、飛行深海イカザメはエンペラ翼を一瞬で再生させ、空中に飛び上がった。
嘘だろ!?
「ぐぬぬぬぬぬぬぬ……!! 同じ魚に……! 二度も負けてたまるかぁあああああ!!」
俺は決して強さを売りにした冒険者ではないが、お前に初めて食い殺された時よりは格段に強くなってるんだよ!!
ミコトと一緒にこの世界に来て、デイスでエドワーズやレフィーナ、シャウト先輩たちと出会って、いろんな冒険して、都でアイちゃんやコトワリさん、特務戦力のみんなと出会って、迷宮事変や魔女会議や各地の魚事変やドラゴンに挑んで、旧魔王の片腕の冥王も倒した!
ここに来てデカい魚を逃がしましたじゃ、魔王や悪魔と戦ってる仲間たちにも、今俺と一緒に戦ってくれてるパーティメンバー達にも、合わせる顔がねえんだよおおおお!!
「うおりゃああああああああ!!」
俺のポンピングにとうとう根を上げた飛行深海イカザメの飛行姿勢が乱れた。
俺はすかさず綱引きファイトに移行し、一気に寄せにかかる。
「先輩!!! コトワリさん!! 取り込み用意おねがいしまあああああす!!!」
「シャウト! 援護する! 私に合わせろ!」
「っしゃああ!! 任せな!! ラグナロク・サンダーブレイク!!!」
先輩がコトワリさんの火力バフを受けた全力の電撃攻撃を乱射する。
そこへシャークチオステガの激流ブレスが直撃し、全身の傷口から飛行深海イカザメの内外へ確実に電撃を伝達させていく。
「はあああああああ!!」
「でりゃりゃりゃりゃりゃりゃ――――!!!」
後先考えない高威力の超連電撃に、とうとう飛行深海イカザメの羽ばたきが止まり、俺の手前で墜落した。
取り込み成功だ!
「ミコト!! 愛ちゃん! 活〆よろしく―――!!!」
「ガッテン承知っス―――!!!」
「てやああああああ!!」
ミコトの龍毒大剣がサメのエラに幾度も突き入れられ、凄まじい勢いで龍毒汚染と血抜きが始まる。
同時に、愛ちゃんの特大サイズの魔法火矢がイカのゲソ部位の丁度付け根の辺り、所謂イカの眉間に突き刺さった。
一瞬にして飛行深海イカザメのイカ部分が透き通り、やがて動きを止める。
最初はビクビクと痙攣していた飛行深海イカザメだったが、やがて、龍毒が脳まで達したのか、その動きを完全に止めた。
活〆……完了だ……!
ミコトがサメに駆け寄り、「こんなところに呼んじゃってごめんなさいっス。いつか君も最適な生態系に送ってあげるっスからね」と、動かなくなった我が子とも言えるサメの歯をそっと撫でた。
ミコトお前……天使かよ……。
天使だったわ……。
と、そんな天使の表情を浮かべていたミコトの目が突然カッと見開かれた。
そして、叫んだ。
「た……大変っス―――!!」
どうした!!
仕留め切れてなかったとかか!!
「ヒレまで龍毒が回っちゃうっス―――!! せっかくのフカヒレが痛んじゃうっスよぉ!!」
俺たちは盛大にずっこけながらも、「早く早く! 急ぐっス―――!」と、巨大な胸鰭の横で叫ぶミコトのもとへ走った。
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小一時間後……。
俺たちは何とか切り落としたサメのヒレと、戦利品のサメの歯を前に、座り込んでいた。
俺の手の中には、飛行深海イカザメのカードがある。
「はぁ……。もう動けない……」
「でも私達、やりましたね……!」
「これだけのヒレがあれば、みんなでフカヒレ祭り出来るっスね……!」
「オメーはこんな時にも飯の話かよぉ……」
「まあいいではないかシャウト……。我らがシャウトパーティ……いや、雄一パーティが世界の危機を一つ救ったんだ。祝いの席の一つでもやらなくては甲斐がないというものだ……」
そうか……。
一応、世界の危機を救ったんだな、俺達。
「ま、魔王や悪魔でもねぇ、でっけぇ魚倒しただけじゃ、大した功績扱いはされねぇだろうけどな」
そう言って先輩が笑う。
「そうですね。でも、釣神率いるパーティにはそれくらいが丁度いいんじゃないですか?」
「そうっスよ! それこそが雄一さんと私達にしか出来ないクエストなんスから!」
「そ……そういえばレッサーダゴンはどうなったんでしょう! あと魔王の方は……!?」
愛ちゃんが東の空を指さして言う。
まあ、あいつらなら大丈夫だろう。
た……多分……。
俺がちょっと不安になっていると、コトワリさんが笑って言った。
「大丈夫だ。既に私の本体の元にダゴンの冥界送還の報が入っている。彼らはやってくれたよ」
「魔王の方は……」
そう呟く俺の耳元に、爽やかな風が吹いた。
あ、はい。
魔王はレフィーナ達の活躍で討伐されたようだ。
「うっし! じゃあ、帰るとすっか!」
先輩がギルドバードに「釣神ユウイチパーティ 世界を食らう巨大魚を討伐」という札を付け、東の空へと飛ばした。