第50話:釣りバカ最終決戦
「ユウイチ! ミコト! 何だありゃ!」
「飛行深海イカザメです! アイツの戦闘力はヤバい! 一刻も早く倒さないと!!」
俺はロングレンジ冷凍ビームを放つ。
しかし飛行深海イカザメはそれを易々と回避する。
クソッ……巨体の割に動きが速い……!
飛行スキルで至近距離まで近づいてから……いや、あいつのリーチの中に入るのは危険すぎる……!
俺が対抗策を練るため、僅かに意識を目の前から逸らした直後、俺の耳に皆の悲鳴が聞こえてきた。
何が起きたのかと振り返った瞬間、俺の体にイカの触腕が勢いよく巻き付き、締め付けてきた。
「ぐ……あぁぁぁ!!」
強烈な締め上げに嗚咽が漏れる。
苦しむ俺や皆の声に混じり、あの不快な笑い声が響いた。
「ギシャシャシャシャ!! 4人と旧魔王の魔力じゃここまでが限界だったが、テメェらを皆殺しにするには十分な力だよなぁ!!」
見ると、サメとイカが融合した姿になり、さらに巨大化したレッサーダゴンが、無数の触腕に囲まれてほくそ笑んでいた。
感知スキルが悲鳴のようなピークを上げる。
アイツ……とんでもないパワーアップしてやがる……!!
「ギシャシャシャシャ!! じわじわ絞め殺してくれるわ!!」
「放しやがれ!! ぐあああああ!!」
「嫌っ!! 先輩! ああああああ!!」
「苦しいっ……ス……!」
「放してください!! きゃああああ!!」
「エド……! コモモ……! このままじゃ……!!」
「クソッ!! なんて……力だ……がああああ!」
「悪魔に……屈するな……! く……があああああ!!」
俺達を締め付ける触腕が一層強く絡みつき、大神樹に8人の苦悶の声が木魂する。
そうこうしている間にも「ギシャシャシャシャ!! さあ! この世界の全てを食い尽くしちまえ!!」というレッサーダゴンの叫びに応えるかのように、飛行深海イカザメは西の方へ飛んでいく。
どうすりゃいい……!
どうすりゃいいんだ……!!
「でりゃあああああああ!!」
「はああああああ!!」
「うにゃあああああ!!」
突如、3つの声が轟き、俺達を縛めていた触腕が解ける。
その声は……!!
「間に合ってよかったよぉ~!」
「みんな無事!? 今回復させてあげる!」
「随分美味しそうな敵じゃないかにゃ! よくも僕の故郷をこんなに荒してくれたにゃ!」
ターレル! レアリス! マーゲイ!
生きてたのか!
「か……勝手に殺すにゃ!!」
マーゲイが耳を揺らしながら怒る。
そこに戦斧を担いだターレルと、精霊杖を構えたレアリスが歩み出た。
「アイツらは全部倒したよぉ~。残るはお前だけだねぇ~」
「ユウイチくん! 君はあの魚を追って! コイツは私達が何とかするから!」
「んだぁ? テメェら雑魚どもが俺様をどうかできると思ってやがんのか! ギシャシャシャシャ!! この鬱陶しい樹から、この世界中をサメ地獄に変えてくれるわ!!」
激しく吠えながら、瘴気の墨を噴射するレッサーダゴン。
「グラン・ウィンドブラスター!」
「セイクリッド・デビルディゾルバー!!」
エドワーズの激風魔法がそれを吹き飛ばし、サラナの対悪魔激毒シャワーがレッサーダゴンに噴射される。
「グギシャアアアア! またあのアマかぁ!」と苦し気な咆哮を上げるレッサーダゴン。
「ユウイチ! 頼んだぜ! 魚相手ならお前の右に出る奴は居ねぇ!」
「コイツは私達が責任をもって倒すから! よろしくね!」
「ここが私たちの見せ場ってやつですね!」
……。
……分かった!
「ミコト! 先輩! 愛ちゃん! あの飛行深海イカザメを追うぞ!! コトワリさんは……」
「安心しろ雄一。 私はもう全快している。多大な迷惑をかけた責任はしっかりと取らせてもらう」
いつの間にか服も綺麗に再生したコトワリさんは、体ごなしと言いながら準備体操をしている。
まあ……。
この人は大丈夫か。
よし!
「新生雄一パーティ! 行くぞ!!」
「「「「おう!!」」」っス!!」
なんか普通に飛べるコトワリさんが先輩を、ミコトが愛ちゃんを抱え、俺達は世界樹に空いた大穴から、西の空へ飛び立った。
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飛行深海イカザメの飛行速度、速すぎだろ!!
俺の全速でも追いつけないぞ!!
「そりゃそうっス~! あの子追い風を足の膜で掴んで加速する能力持ってるんス~!」
「何て機能持たせてんだよ!!」
サメを見失わないように注意しながら減速し、ミコト達の元に戻る。
しかしまずいぞ……。
海に逃げられたらもう追いようがない……。
まさか単為生殖能力なんて持ってないだろうが……。
と俺が呟くとミコトがギョッとした表情を浮かべた。
いや、持ってるわこれ、いよいよヤバいわ。
ただでさえサメという生物が出現しないまま変遷したこの星の生態系。
サメガエルですら劇薬だというのに、体当たりで堤防破壊したり、ドラゴンのブレスでも破壊できなかった大神樹の木壁を易々と破壊したりと、攻防ともにサメの次元を超越した究極スペックを持ったアイツを逃がして繫殖なんてさせたら、この星の環境、生態系がお亡くなりになりかねない。
何としても止めなくてはいけないのだが、打つ手がまるでない……!
せめて追いつける人か、乗り物でもあれば……!
奇跡を信じて追跡を続けるしかないのか……?
そう思った矢先、背後から「ブオオオオオ!」という重厚感のある音が響いた。
何だ!?
振り返ると、後方より迫る白い影……。
あれは……?
……。
ミガルー!?
白い巨影はぐんぐと近づき、やがて、その優美な姿がはっきりと分かるようになった。
一体だれがテイムを……?
俺の疑問に、ミガルーの操舵室に設けられた拡声筒が応えた。
「ユーウーイーチーさーんー!!」
その声は……!?
陛下!?
見れば、あのショタ皇帝がテイムラダーを握り、「皆さんこちらへ!」と叫んでいる。
俺達は急いでミガルーの客席に滑り込んだ。
「よかった! ご無事でしたか!」
「陛下! どうしてこんなところに……しかもお1人で!?」
「時の魔女様より言伝を受けまして。“今より7刻後、カトラス上空でヤザキユウイチがミガルーを求める”と言うものですから、急ぎ準備してきた次第です。あの……龍……でしょうか……? あれを追えばいいのですね!」
「あ……はい! お願いします! 追いついていただけさえすれば、後は何とかします!」
時の魔女さん……。
こんな形で恩返ししてくれるとは……!
なんてありがたい!
そう思った直後、ミガルーが突然吹いた強い追い風を受けて加速を始めた。
あ、はい。
風の魔女さんにも感謝してますよ。
「ユウイチさん! もうすぐにでも接触できます!」
二人の魔女さんの力添えを受け、ミガルーは早くも飛行深海イカザメの上方についた。
触腕が襲って来たが、皇帝の神がかり的な操舵により、ミガルーはそれを難なく回避する。
前方には、巨大な湖……大陸西方クラム湖が見えている。
あそこを超えられたらもう海は目と鼻の先だ。
「クラム湖に到達する前に叩き落として、そこで決着をつけるぞ!」
「了解っス! あの子は足の隙間の膜と、体の両側に張り出したエンペラ翼で飛んでるっス! あそこを破壊すれば飛行不能になるはずっス!」
「っしゃぁ! オメーら! ありったけの攻撃を叩き込んでやれ!」
先輩の雷光が先陣を切り、鮫の全身で激しいスパークが起きる。
しかし、強固な鮫肌はびくともせず、エンペラ翼の損傷は軽微だ。
だが、もちろんその程度で引き下がる俺達ではない。
先輩は電撃を収束し、足の付け根目がけて発射、触腕と膜を繋ぐ部位が焼き切れ、足膜の一つがビラビラと風に舞い飛んだ。
「っしゃあ! まずは一つだ!」
俺はガッツポーズを決める先輩の横から空中に飛び出し、双剣でエンペラ翼に食らいついた。
ミコトも同じくサメの上に飛び乗り、大剣で俺の逆側のエンペラ翼に斬りかかる。
襲い来る触腕は、愛ちゃんとコトワリさんが火炎剣と火炎弾で弾き返してくれた。
「んんぐぐぐぐぐぐ!!」
「うぬぬぬぬっス―――!!」
厚さ20cmはあるエンペラだが、一度刃先が入れば後は気合で切り抜ける。
俺は双剣に水流を纏わせて滑りを良くしながら、強引に斬り進んでいく。
ミコトはもう完全に腕力勝負で、龍毒粒子をまき散らしながら、俺よりも高速で斬り進み、とうとう左側のエンペラ翼を完全に切り離すことに成功した。
ミコトと共に、後方へ舞っていくエンペラ。
彼女は行きがけの駄賃とばかりに、足の膜を3枚、足ごと切り捨てて後方へ飛んでいった。
左側の揚力を一気に失い、毒に犯された飛行深海イカザメは、左側に大きく傾き、降下を始める。
このまま……!
右側もっ!!
「しゃあああああああ!!」
俺はサメの体の動きを利用して、一気に斬り進む。
途中、足を触腕に巻かれたが、冷凍ビームで動きを止める。
そしてついに、俺の双剣がエンペラ翼の末端まで届き、見事にエンペラの切り身が完成した。
舞い上がったエンペラの向こうに、青い空が透けて見える。
なかなか……美しいじゃないか……。
「このまま!! 墜ちろ!!」
俺は後ろに飛ばされながら、メガ冷凍ビームをサメの足部分に打ち込んだ。
丁度カラストンビのあるあたりに命中したそれは、足の膜を瞬く間に凍り付かせ、サメの飛行速度をガクッと低下させる。
あと一息だ! あと一息で墜ちる!
しかし、ミガルーからは激しい攻撃が続いているが、鮫もさるもの。
凍り付いた足膜と、鮫のヒレを無理やり羽ばたかせ、姿勢を戻してしまった。
くっ!
あと一押し出来れば……!
そう考えた矢先、ミガルーが大きく旋回し、サメの付近から急速に離脱した。
え! 何で……?
俺が思うが早いか、強烈な火球がサメ目がけて飛来し、「ボーーーン!!」という轟音と共に、爆発したのだ。
急激に高度を失い、墜落していく飛行深海イカザメ。
何だ!?
何が起きた!?
答えるものはいなかった。
だが、火球から舞って来た光の粒子が俺の手に集まると、小さなウミガメのようなシルエットに変わり、サラサラと消えていく。
ハッとして、一瞬チラッと見えた遥か遠方の海岸線に、激しく波打つ群島が見えた。
ザラタードケロン!
ありがたい!!
「しゃあ! 後は地上で仕留めるぞ!」
振り向くと、ミガルーから飛び降りてきた先輩が、俺の背中に勢いよくしがみついてきた。
いつの間にか合流したミコトと、愛ちゃんを抱えたコトワリさんも舞い降りてくる。
これで本当の本当に最終決戦だ……!
「よし! 釣具召喚!!」
俺は右腕に力を籠めた。