第49話:最後の仇敵
「愛ちゃん!! 愛ちゃん!!」
「愛ちゃん!目を開けるっス!」
「おいアイ! しっかりしろ! 」
俺達は倒れた愛ちゃんを抱き上げ、彼女の名を呼ぶ。
青黒く染まっていた彼女の肌にゆっくりと生気が戻り、生えていた角やら羽やらが消えていく。
荒かった呼吸もコモモの治療魔法を浴びてからは段々と落ち着き、やがて、その目がゆっくりと開いた。
「先……輩……?」
「「愛ちゃん!!」」
「アイ!!」
「あ……先輩……私……ごめ……」
愛ちゃんが謝罪の言葉を吐くよりも早く、俺は彼女を固く抱擁した。
「何も言わなくていい。迎えが遅くなって、すまなかった」
「あ……あぁ……先輩……!」
愛ちゃんは俺の胸をグッと掴み、小さく震えている。
俺は彼女の頭を撫で、彼女の震えを鎮めていく。
「もう大丈夫だ。先輩も奪還したし、俺はだいぶ火に焼かれたが大丈夫だった。もう君の悪夢は終わりだよ」
「先輩……」
愛ちゃんが潤んだ瞳で俺を見上げる。
そして小さく「ただいま……先輩……」と言った。
俺も「おかえり、愛ちゃん」と返し、お互い微笑み合う。
シャウト先輩も「心配かけちまったな。ま、ウチのリーダー殿が万事解決してくれたってこった」と笑い、ミコトも嫉妬することなく笑顔を浮かべ「新生・雄一パーティ再結成っスね!」と両手をグッと振って見せた。
「早速だが、最後の始末をしねぇとな……!」
俺達は立ち上がり、転生者達に向き直る。
彼らはレッサーダゴンの前に立ちはだかり、光の無い瞳で俺達の方をジッと見ていた。
力無い様子だが、感知スキルのピークは鋭く尖り、彼らが強い敵意を持って俺達に危害を加えようとしているのは分かる。
受け取っているスキルの性能差ゆえ、本来なら彼らの方が戦闘能力は高いはずだ。
だが、再三の敗北、そしてリーダー格の喪失を経て、完全に俺への恐怖心を抱いている。
7対4の睨み合いが続く。
「お……おーい! 私のことを忘れていないかー! ここから……出してほしいのだが!!」
緊迫感のある睨み合いが続く中、コトワリさんの声がレッサーダゴンの腹から聞こえてきた。
「ちっとは我慢しろ! こいつら片付けてから助けてやる!」
先輩がそう叫んだ直後。
「ぐああああああ!!」というコトワリさんの悲鳴と共に、レッサーダゴンの巨体がむくりと起き上がった。
チィ!そう簡単には死なないか……!
「あーあぁ……こいつぁ今回は仕舞いだなぁ」
レッサーダゴンの口から洩れたのは、意外にも弱音だった。
おう、じゃあさっさと冥界に帰れ!
と言いたいところだが、そう簡単に帰っていく奴ではない。
レッサーダゴンは俺が牽制で放ったロングレンジ冷凍ビームを、片ヒレを犠牲に防ぎながら、大口を開いて転生者4人を食い殺した。
「え……?」
思わず声が漏れた。
え……?
何。
そいつらあっさり殺していいわけ……?
一応仲間だよな……?
「ギシャシャシャシャ―――!! 本当なら6人必要だったが、この際こいつらと旧魔王の魔力で構わねぇ! この世界を食い尽くしてやるよぉ!!!」
レッサーダゴンはそう叫ぶと、空に向けて大口を開け、吠えた。
エドワーズや先輩が風撃、電撃を放ち、ミコトが斬りかかるが、敵はそれによる損傷を全く気にせず、咆哮を続ける。
その叫びに、コトワリさんの悲鳴が混ざったかと思うと、胸の大貝がバカっと全開し、手足を拘束された彼女の体が姿を現した。
その胸からひと際激しい光が天に立ち上ったかと思うと、レッサーダゴンの体がボコボコと膨れ上がる。
「コトワリイイイイイイイイ!!」
レッサーダゴンが見せた隙を突き、シャウト先輩がコトワリさんの体に飛びついた。
「こんんんのおおおおお!!」と歯を食いしばり、彼女の体を引っ張り出そうとする。
敵は先輩の挙動には目もくれず、どんどん膨張を続けていた。
「シャウト……! ダメだ! コイツから……私から離れるんだ!!」
「断る!! テメェも欠けちゃならねぇウチのパーティの一員だ!!」
俺とミコト、エドワーズ達は先輩の援護のため、貝の根元やレッサーダゴンの急所と思われる箇所を攻撃したり、先輩と一緒にコトワリさんを引っ張るが、レッサーダゴンはズタボロになりながらも全く怯む様子がなく、コトワリさんを拘束する貝の肉壁も全く揺るがない。
レッサーダゴンはいつの間にか禍々しい気を放ち始め、さらに、大神樹が地震のように激しく振動している。
早く離れないとヤバい気がする!!
「やあああああ!!」
硬直状態の俺達の元に、愛ちゃんが燃える剣を振りかざして飛び込んで来た。
彼女は貝の中に飛び降りると、加熱した短剣を貝肉に突き刺す。
「貝の肉は! そして貝柱は……! 熱で変質して力が無くなるんです……!!」
その叫び通り、大貝の殻がキィキィと悲鳴のような音を立ててより大きく開いていく。
そしてついに「右腕左腕抜けました!」という叫び声が上がる。
「両足も引っ張れ―――!」と、先輩が叫ぶと、ミコトとエドワーズ達がコトワリさんの足に組み付き、引っ張る。
俺も胴体に組み付いて、力の限り彼女の体を引っ張った。
「貝柱切れました! 身ごと行きます!!」
愛ちゃんが叫んだ。
と、同時に、コトワリさんの体が貝の中身ごとスポーン!!と抜け、俺達はコトワリさん諸共大神樹の木壁に一塊になってぶつかる。
「ギシャシャシャシャァ!! 遅かったようだなぁ!! 狙ってた奴を掴めたぜぇぇぇ!!」
だが、レッサーダゴンの体は既にパンパンに膨らんでいた。
俺の感知ピークが極限まで振り切れるのが分かる。
いかん!
何かが来る!!
そう思った瞬間、レッサーダゴンの腹を突き破り、巨大なイカの足が現れた。
その巨大イカゲソは大神樹の木壁にへばりつくと、それを苦も無く破壊し、外へと足を伸ばしていく。
攻撃を加えようとした瞬間、猛烈なイカスミが噴射された。
外から入ってきた光が遮られ、樹内が漆黒の闇に包まれる。
「ゲホッ! ゲホッ! 皆さん大丈夫っスか!」
俺達の前に立ちはだかり、盾を構えたミコトが真っ黒のネバネバに塗れて振り返った。
エドワーズが間髪入れずに風魔法を放ち、舞っている墨を樹の外へと吹き飛ばす。
「オイ! 何だありゃ!?」
樹に空いた大穴から覗く空を指さし、先輩が叫んだ。
ゆっくりと薄れていく墨の向こうで、10本の足をなびかせた超巨大サメがこちらを見つめているのが見える。
オイ……。
嘘だろ!?
俺はその姿に見覚えがあった。
そして、ミコトも……。
「「飛行深海イカザメ!!」っス!!」
そう。
俺を殺した張本魚にして、ミコトが作り上げた驚異の巨大生命体。
飛行深海イカザメがこの世界に召喚されていた。