第46話:大魔法使いの速達便
「では、この装甲飛行クジラ“トリバール”はこれより魔王城へ飛ぶ。ユウイチ殿、そしてパーティの皆、どうか無事で」
そう言いながら敬礼をすると、大隊長はテイムラダーを引いた。
装甲飛行クジラの巨体が腹部についたエーテル呼吸口から噴き出す魔力風で浮上していく。
「ユウイチせんぱーい!! 私、絶対魔王討伐して見せるから!! そしたら私のこと一人前って認めなさいよね!!」
窓から身を乗り出したレフィーナが、俺に手を振りながら叫ぶ。
いや……。
俺は随分前から君のこと半人前だなんて思ってないんだが……。
まあいい、あの子がそう思ってるなら、それに乗ってやろう。
「生きて帰ってきたら考えてやるよ―――!!」
「約束だからね―――!!!」
レフィーナの叫び声を残し、トリバールは東南東へと飛び去って行った。
さて……。
じゃあ俺達も一仕事するか!
俺は皆の方に振り返る。
魔王討伐という冒険者の誉れをかなぐり捨ててついて来てくれた、頼もしい連中を。
「なんか……思ったより多くなったな」
「なんだよ! 多くなったら悪いってのかよぉー!」
「私が居ないと困るでしょー!」
「魔法使いは多いに越した事はないですしー!」
エドワーズ達が口先を尖らせる。
彼らは直前で行先を変更し、俺達の方へ加わってくれたのだ。
「ま、正直言ってあっちは過剰なくらいの戦力だ。行く先々で会った強豪連中全員来てくれたからな。正直俺より強いのゴロゴロいるし……」
「なるほどにゃ~。こっちなら功績的にも目立てると踏んだわけだにゃ?」
「そうそう……って違うわ! コイツはこう見えて脆いからな。強敵に挑む時には俺が支えてやらねぇとって思ったんだよ。大体お前なんだよ! 凹んでるコイツほったらかしてやがってよぉ!」
「おおコワ~にゃ。ボロ負けしたユウイチ達を救助したのは僕にゃし~。コイツが滅茶苦茶して泣かせた新人冒険者のケアして、コイツの名誉守ったりしてたにょに~」
エドワーズとマーゲイがいがみ合っている。
ていうかマーゲイお前……裏でそんなことしてくれてたのか……。
良い奴過ぎるだろ……。
「ほーら、ユウイチはすっかり僕にメロメロみたいにゃ?」
「こんの泥棒猫野郎~!」
「にゃあああああああ! 耳が! 耳がこそばゆいにゃあああああ!!」
エドワーズが指をクルクルと振ると、マーゲイが突然耳を抑えてのたうち回りだした。
ビクビクと痙攣しながら「やめてにゃあああ! そんなにコショコショしたらダメにゃあああああ!」と叫んでいる。
ああ、風を操ってるのか……。
しかしマーゲイも耳を手で押さえながら口から針をフッと吐き、エドワーズの頬に突き立てた。
「痛ってえええ!!」と叫んで、蹲るエドワーズ。
マーゲイは頬を紅潮させながら「にゃっはっはっは」と笑っている。
「オメーらはいつまで乳繰り合ってんだボケ!!」
「「しびびび―――!!」」
俺が暢気に眺めていると、先輩が2人の間に割って入って喧嘩を止めてくれた。
「オメーもリーダー名乗るなら止めろや!!」という怒声と共に、俺にも電撃が飛んできたが……。
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俺達はひとまず、降りた中継地の街のギルド支部に寄り、大神樹エメラルダスの情報収集を行った。
既に住民の避難は済んでおり、樹内でのドンパチに問題はなさそうだが、偵察に向かった冒険者の殆どが戻らず、這う這うの体で帰還した者によると、見たこともない半魚人のような化け物が内部に蔓延っているのだという。
そして上に登れば登るほど敵の密度や強さが上がることから、どうやら敵のボスは頂上付近にいるようである。
「そりゃ都合がいい! 俺とミコトが一人一人連れてひとっ飛びすれば……。ともいかなさそうだな……」
俺の話が終わるよりも早く、エメラルダス出身のマーゲイが首を横に振った。
「根元以外でエメラルダスに外部から侵入できる箇所は無いにゃ。その昔、業炎魔神の異名を持ったドラゴンでも壊せなかった樹皮に僕らが何か出来るかにゃ?」
「無理だなそれは……」
「まあ突入経路は僕に任せるにゃ、エメラルダスは僕の庭みたいなもんにゃから、最短ルートを見繕ってやるにゃ」
マーゲイはそう言うと、冒険者達が収集した情報を元に、通れるルート、通れないルートを仕分け、エメラルダスの頂上に至るロードマップを書き込んでいく。
しかし数十階層に及ぶ大神樹のこと、ちょっとのことでは終わるまい。
大神樹までの強行輸送ヒポストリ隊も明日までは動けないそうなので、俺達はギルド本部2階の簡易宿泊部屋で休息をとることにした。
「なあ、ユウイチ。もし、アイを悪魔の手から奪取できなかったら……アイが悪魔の眷属のまま悪さを働くなら……。その時の覚悟はできてるんだろうな?」
シャウト先輩がハンモックに寝そべりながら、部屋に響く低い声で言った。
皆の視線が俺に集まったのを感じる。
「……。してるつもりです」
「つもりじゃダメだ。お前はその時、どうする」
「俺は……愛ちゃんのリーダーとして……」
言わなくてはならない。
もし、この中の誰かが愛ちゃんと対峙し、その命を脅かされる事態になった時、俺に責任を負わせて動けるように。
「俺は」
「おう、お前はどうしてぇ?」
俺は少しの間考えた後、先輩の問いに応えた。
先輩はしばし沈黙した後、小さく笑い「ユウイチらしい良い答えだ。オイ、オメーら分かったな?」と皆に声をかける。
エドワーズ達はシャウト先輩と同じように笑って「任せな」「そうなったら私の出番だよね!」「アイちゃんって子ともお茶会してみたいですしね」と意気込み、ターレルとレアリスも笑って頷いた。
「雄一さん。大丈夫っス、絶対うまくいくっス、ていうか絶対うまくいかせるっス! あのクソ悪魔の思い通りにはさせないっス! ふんがー!!」
と、ミコトも拳を握り、頭上に天使の輪っか型のエネルギーを放出しながら応えてくれた。
さて、となれば、様々な状況を想定しての作戦会議……と皆が休めていた体を起こし、円卓を囲んだ時、突然、激しい轟音が空に響き、同時に「サラナちゃ――――ん!」という叫び声が聞こえてきた。
何かと思って窓から身を乗り出すと、小型のドラゴンが火炎を放射しながら、飛行する物体……派手な箒に立ち乗りするコモモママさんを追っていた。
なんで……?
じゃなくてヤバい!
助けに行かないと!
飛び上がろうとする俺のズボンの裾を、娘さんが引っ張って制止した。
窓べりに顔面をぶつけ、唸る俺。
「ママはあんなのに負けたりしませんから、迂闊に手出しするとかえって危ないですよ!」
そ……そうなの……?
そうこうしている間に、コモモママさんは俺達に気付き、高速で突っ込んできた。
無論、ドラゴンも一緒に!
あわわわわわ!!
なんか火球放つモーションに入ってるけど!!
「サラナちゃん! 貴方のお母さんからのお届け物よっ!」
コモモママさんはそう言って、巻き物のようなものを投げつけてきた。
同時に180度急回転し、魔力を纏わせた足でドラゴンが放った火球を猛然と蹴り返す。
思わぬカウンターを食らったドラゴンが怯んだ隙に、コモモママさんは拘束魔法で拘束、そのままガトリング砲の如き魔法弾の連射でハチの巣にしてしまった。
「ごめんなさいね! ドラゴンちゃん達ったら魔王の呼び声が弱まってもまだまだ元気みたいなの! 君たちは気にせずクエストに備えてね!」
そう言いながら飛び去って行くコモモママさん。
ところで、あの人は何を届けてくれたんだ?
振り返ると、既にコモモとサラナ、レアリスが巻き物に目を通している。
難しそうな表情で書面を睨む3人の表情が、やがて、パァッと明るくなったかと思うと、コモモが口を開く。
「アイちゃん、助けられるよ!」
マジで! やった! と喜ぶ俺に、二言目が飛んできた。
「ユウイチくんにはひどい目に遭ってもらうことになるけどね!」
そう言って、サラナは愛ちゃんの眷属解除大作戦の内容を語ったのだった。
全部聞き終わる頃には、俺の顔はだいぶ青くなっていたに違いない。
やるのか……。
そうか……。
やるしかないのかぁぁぁぁ~!!