第45話:それぞれの最終決戦へ
「申し訳……ありません……」
「喋ったらダメだ! 少しでも安静にしなきゃ!」
「私達が……アイさんを……連れ出したばかりに……」
「だから今それはいい! 早く治療を!」
大神樹での戦闘で負傷し、搬送されてきた冒険者達が寝かせられた広間。
手酷い傷を負ったフェイス、そしてネスティが包帯グルグル巻きで横たわっている。
特に、フェイスの全身には呪文のような赤黒い火傷跡があり、あまりにも痛々しい。
愛ちゃんは俺達のパーティを飛び出した後、最も付き合いの深かったネスティの元へ転がり込んだ。
丁度大神樹の魔痕攻略に向かう途中にあった彼らは、俺に悪いと思いつつも、愛ちゃんの想いを無碍には出来ないと思い、彼女を匿ったらしい。
本来であれば、勝手に人のパーティメンバーを引き抜いたことに対して、俺は怒るべきだ。
だが、俺は怒ることはできなかった……というより、怒る資格などなかった。
そもそも、俺があまりにも弱く、愛ちゃんの不安を解いてやることが出来なかったのが原因で、パーティリーダーとしての資質を著しく欠いていた俺が悪いのだから。
「まずい……呪いが進行している……抑えきれない!」
「うぅっ……!! ぐあぁ……!」
フェイスの治療を行っていた町医者が、治療魔法をかけながら、緊迫した声を上げた。
フェイスの体に広がった紋様が赤熱を始めたのだ。
愛ちゃんがレッサーダゴンの手に堕ちた理由。
それは、フェイスとネスティを呪いによって人質に取られたためだった。
大神樹地下の魔痕を見事封印したネスティパーティは、意気揚々と帰路についていたのだが、そこにレッサーダゴンと、付き従う転生者連中4人組の急襲を受けてしまう。
必死で応戦した3人だったが、魔痕の攻略で力を使い果たしていた彼らに、悪魔の相手をする余力はなかった。
彼らは愛ちゃんに対して執拗に投降を迫り、ネスティとフェイスはそれを断固拒絶、愛ちゃんを励ましながら、逃走を試みた。
しかし、とうとう倒れた2人は毒貝型に変身したレッサーダゴンの呪い針を受け、その身を悪魔の呪いに晒されてしまう。
愛ちゃんがレッサーダゴンの洗礼を受け、眷属となって尽くすのなら、その代わりに呪いを解いてやるという交換条件を提示された愛ちゃんは……。
……その身をレッサーダゴンに差し出したという。
しかし、レッサーダゴンはネスティの呪いだけを解き、約束が違うと泣き叫ぶ愛ちゃんに「両方解くとは言っちゃいねぇ」などと言って笑い、強い憎しみと絶望感に支配された彼女の心に悪魔の種を植え付け、眷属に生まれ変わらせてしまった……。
「くっ……くぁぁ……! 申し訳……ありません……!! あ゛ぁ゛!!」
じりじりとその身を焦がす悪魔の呪いに苦し気な嗚咽を漏らし、俺に許しを請うフェイス。
俺はその手を握った。
「謝るのは俺の方だ。フェイス。俺が不甲斐なかったばっかりに君の大切な人を酷い目に遭わせちまった……。君は悪くない」
「しかし……アイさんは……!」
「大丈夫だ。愛ちゃんの件は何とかしてみせる。それと、君の呪いを解く方法も、あのクソサメ野郎締め上げて聞き出してきてやる! だから頑張れ! 絶対死ぬんじゃないぞ!」
俺の言葉に、フェイスは荒い息をしながら、手を強く握って応えた。
「ちょーっと待ったあああああ!! 何打とうとしてるの!!」
突如、背後から大声を上げながらサラナが飛び込んで来たかと思うと、医者が打とうとしていた注射器を杖で叩き落とす。
えっ!? 何!?
「呪いに抗毒ポーション打ったらダメだよ! 抗毒成分で体の機能が下がって呪いが進行しちゃうかもしれないでしょ!!」
サラナはそう言って、魔導薬師ロッドに薬やモンスターの素材などを注入し、魔法でそれらを融合させる。
そして、ロッドの先をフェイスの胸に押し当てると「はぁっ!」と力を込めた。
ロッド内部の液体が光となってフェイスの体に注ぎ込まれていくと、赤く蠢いていた紋様が動きを止め、青いラインが紋様を覆う。
すると、フェイスの顔に生気が戻り、苦し気な呼吸が穏やかなものに変った。
すごい……治しちゃった……。
魔法薬学すげー!
「ふぅ……。言っておくけど治したわけじゃないよ。進行を一時的に止めただけ。しばらくしたらまた動き出すから」
サラナが額の汗を拭い、立ち上がる。
え!
じゃ……じゃあどうすれば!?
「こうするの」
そう言うと、サラナは胸に差していた筒のような物を口に咥えると、ふーふーと吹く。
ん?
なんだそれ……?
俺が首をかしげていると、バッサバッサという羽音と共に、竜のような翼を備えたモフモフの子パンダのような生物が部屋に飛び込んで来た。
いやなんだこれ!?
そして、今度は「あなたー!」という声と共に、白衣の女の人が駆け込んできた。
あ、サラナママさん。
僅かぶりです。
「お母さん! この人の呪いの解析お願い! 大至急で!」
「あら! 悪魔の呪いじゃない! 貴重な被検体で助かるわ~。解剖は……」
「不可!! 絶対生きて返してあげてよ!?」
「冗談よ。必ずこの子の呪いを解いて、半日以内に解析レポートを作るわ!」
サラナママさんはそう言うと、フェイスをモフモフしたのに乗せ、大急ぎで走り去っていった。
あ……。
もしかしてあのモフモフって……。
「雄一さーん!!」
ちょうどサラナママさんと入れ替わりで、ミコトを始めとしたウチのパーティメンバーとレフィーナ達、エドワーズ達が走ってきた。
「ちょっとユウイチ先輩! 早く出発するわよ! 魔王がまた魔痕作ったら大変だから!」
そう言って俺の手を引くレフィーナ。
しかし、俺はその手をそっと掴み、ほどいた。
「えっ……?」という声と共に、俺の目を見つめるレフィーナ。
その目には困惑の色が見える。
「悪い。ちょっと外せない用事が出来ちまったよ。俺、大神樹に行かなきゃ」
「……え?」
「大神樹エメラルダスにレッサーダゴンが俺の同郷の連中を連れて来襲した。一刻も早く止めないといけない」
「じゃ……じゃあ魔王倒した後、私達みんなで……」
「このタイミングを狙って来た以上、向こうにも策があるに違いない。すぐにでも向かって、出鼻を挫かねぇと」
「で……でも……一緒に魔王を倒そうって……。先輩にも魔王討伐の名誉を……」
「レフィーナ」
詰め寄ってくるレフィーナの頭に手を置き、そっと制した。
「魔王討伐が君の使命なら、これは俺が付けるべき始末なんだよ。それに俺はもう釣り人としては多分最高に名誉な肩書を貰っちゃってるからね」
俺はそう言ってミコトを見つめる。
ミコトはそっと頷いた。
「先輩って……ズルいですよね……」
「魚と知恵比べしてたら大なり小なりズルくなるもんさ」
俺はレフィーナの額に指をポンと当て、「まあまたタイド共々敵の根城で捕まるようなことがあったら、助けに行ってやるよ」と笑って見せた。
レフィーナは「ふ……ふーんだ! 今度はあんなへマしないんだから! ね!」とタイドの肩を叩き、タイドもまた「そ……そうだよ! レフィーナも俺もめっちゃ強くなってますからね!」と、赤面して答える。
さて……。
となると、俺もさっさと移動経路考えないとなぁ……と思っていると、大隊長が歩み寄ってきて、線が引かれた地図を見せてきた。
「ユウイチ殿。エメラルダスなら魔王城へ向かう途中、最寄りの経由地までお送りできる。大恩ある貴殿に直接助力出来ないのが残念だが、せめてそこまでは力添えさせてほしい」
「マジっすか!?」
渡りに船とはまさにこのこと。
俺が「よろしくお願いします!」と、大隊長の手を強く握ると、彼女は柔らかな表情で微笑んだ。
「では皆、そろそろ出航予定時刻だ。準備が済んでいない者は居ないな? 武器、装備、家族への手紙……。考えつく限りのことはしておくことを勧めるぞ」
大隊長が軍靴をカツンと鳴らし、まるでラストダンジョンに挑む前のガイドキャラのようなことを言う。
俺達はお互い見つめ合い、頷き合った。
「よし……では皆甲板に……」
「「「ちょっと待った―――!」」にゃ!」
歩き出した大隊長が一瞬前のめりになり、声のした方に向き直った。
見ると、レアリス、ターレル、マーゲイが荷物を背負って駆けてくる。
「ユウイチくん! ミコトちゃん! 大神樹に行くのよね! 私達、貴方たちのパーティとして加わるわ!」
「特務戦力の仲間が酷い目に遭わされたからには、黙ってはいられないよねぇ~」
「本当は勇者ちゃんの魔王討伐に参加して勇者一行の肩書貰ってモテモテになりたいとこにゃけど、荒らされる故郷を放っておくのは癪だからにゃ!お前の下について戦ってやるにゃ!」
よく見ると、3人とも装備が所々痛んでいる。
各地での戦いを終えたそのまま、この騒ぎを聞いて駆けつけてくれたのだ。
「みんな……」
ちょっと目頭が熱くなるのを堪えながら、俺は大隊長へ振り返り、「乗客3名追加です」と言った。
大隊長は微笑みながら、コクンと頷いた。