第44話:最後の大仕事
「先輩いいんですか!? こんなに良いもの貰っちゃって……」
「ああ。君らは魔王討伐の勅命を受けたパーティだからな。良い武器使いな」
俺がちゃっかり回収してきたルキアスの武器、オリハルコンの剣と杖。
タングステンシンカーの衝突でへし折れ、砕けてはいるが、素材としての価値は十分にあった。
あのエロ鍛冶屋のお姉さんが家宝の古代武具加工術書を引っ張り出し、3日かけて打ってくれたのは、一本の刃と一本の杖、そして1対のガントレット。
無論、それらはタイド、ビビ、ラルスに託した。
大陸四精霊とやらの力を得ていない俺達では魔王を完全にうち滅ぼすことは出来ないし、レフィーナだけ専用武器じゃ、パーティの……特にタイドの士気が上がるまい。
早速「ちょっと! アンタの武器の方がカッコよくない!? アタシそれ使いたいんだけど!」「へんっ! 散々“選ばれし者の武器―!”とか言って見せびらかしてただろ! 俺が冥王の刃で魔王を討ってやるさ! うっ……凄まじい力に飲まれる……!」とかワイワイ騒いでいる。
ラルスもレフィーナもそういうお年頃だもんなぁ……。
うんうん……。
無論、俺達の武器、防具も、かの冥王が操っていた岩塊蛇龍メディガンジュラの亡骸から回収した龍素材によって強化した。
特にコモモの魔法杖、サラナの調薬魔導ロッドに据えられた龍眼の水晶体「カースアイ」は、呪力、魔力の制御パーツとして、彼女らの魔法力を大幅に高めてくれることだろう。
刀身が大きく欠けてしまっていた俺の双剣も龍の爪で補修できた。
そうやって準備を万端に整えた俺達は、一晩たっぷりと眠った後、ギルド本部へと向かった。
皇立騎士団、帝国軍合同部隊が、多少の魔物の襲撃程度ではビクともしない装甲飛行クジラで魔王城までの直行便を出してくれるというのだ。
総理と陛下のお心添えには感謝感謝である。
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「すっげぇ……!」
レフィーナと争うように飛行甲板へ駆けあがったタイドが声を上げる。
ギルド本部の飛行甲板には、強固な鎧に身を包んだ飛行クジラが係留されていた。
その両脇には皇立騎士団員と帝国正規軍人達がずらりと並び、その中心で待っていたのは……。
「待っていたぞ。勇者……いや、未だ勇者ならざる者・レフィーナ殿。……そして、ユウイチ殿」
忘れもしない、あの皇立騎士団の女大隊長であった。
最後に会ったのはエラマンダリアスの時だったが、ほんの少しの間に、大隊長は若干やつれた顔になっていた。
「大隊長!! ご無事で何よりです!」
俺は思わず駆け寄る。
大隊長は俺の顔をジッと見つめた後、悲しそうな目で「すまない……。仮にも東方の戦場の指揮を任されていながら……」と呟いた。
俺はその手に、龍金で補修された速射の指輪を握らせる。
「これをどうかエリアスに……。君の……君たちの生命の襷は確かに受け取ったとお伝えください」
「分かった……。すまないな……本来であれば彼ら、彼女らの名誉の戦死を祝ってやらねばならないのに」
「貴方が優しい人で安心しました。お悼み申し上げます」
「お心遣い、感謝する」
大隊長は指輪を騎士服の胸ポケットに収めると、今度はレフィーナ達、勇者パーティに歩み寄った。
「皇立騎士団 第二大隊長 セラ・クライブだ。以前ほんの一瞬お目にかかったが、皆あの時よりさらに魔力も、気迫も増しているな。頼もしい限りだ」
「セラ大隊長……! 部下の皆さんの仇は私が……私達が必ず討ち果たします!」
そう言いながらレフィーナが歩み出て、大隊長の手を両手で強く握りしめた。
大隊長はレフィーナの様子に一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに優しい表情を浮かべた。
「ありがとう、レフィーナ殿。だが、君の役目は仇を討つことではなく、魔王を討ち滅ぼすことにある。憎しみや焦りは捨て置き、危険を感じたら退いても構わない。進むも退くも、我々は全力をもって援護させてもらおう」
「分かりました。私も全身全霊をもって戦います!」
「よろしく頼む」
そう言って固い握手を交わすレフィーナと大隊長。
しばしの後に、レフィーナは俺達の方へ振り返った。
「……みんな! いよいよ……魔王との最後の戦い……だね……。すごく色んな事が、すごく短い間に起きて、頭の中まだグジャグジャしてるけど……」
レフィーナはそう前置きを置き、タイドに目を向ける。
「タイド。アンタとは、パーティ組んだばっかの頃から喧嘩ばっかりしてた気がするけど、きっとアンタが居なかったら、私は前を向いて頑張れなかったと思う。ありがとう。この先の戦いでも、アンタに背中預けたから」
そう言うと、今度は照れるタイドからビビに視線を移した。
どうやら皆に、出征前の一言が言いたいようだ。
「ビビ。私がバカみたいなことしても、毎回必死でフォローしてくれて、危ない目に一緒に遭った時は、折れそうになってる私を泣きながら励ましてくれたよね。ありがとう。ビビの魔法、頼りにしてるから」
「ラルス。アンタいっつも気弱なこと言ってたけど、覚悟決まってからはビックリするくらい強くなっていってビックリした。このパーティでアンタが一番大人だったから、分裂せずにここまで来れたって思ってる。アンタの冷静な判断力、魔王との戦いでも存分に発揮してよね」
そう言い終わったレフィーナは、俺達、ユウイチパーティ、エドワーズパーティの方へ向き直って、俺達に向けた一言を発しようとした。
その時だった。
「レフィーナさああああああああん!! 私達もご一緒致しますうううううう!!」
馬鹿でかい声と共に、黒い影と、何やら四角い箱のような物が上空から落下してきた。
うわぁ!? 何だぁ!?
「レフィーナさん! この黒烏・ヤタマル 魔王討伐のお供として参りました! 一族の誇りに掛けて恩返しをさせていただきます!!」
そう叫ぶのは、黒々とした翼を湛えたカラスハーピィだ。
えっと……お知合い……?
「この子は確か……火の精霊を守る隠れ里に居た……」
と、エドワーズが呟いているので、彼らの冒険で出会った仲間のようだ。
納得する間も無く、彼女が足で抱えていた箱の中から、「痛たた……」とか「バカヤロイ! もっと優しく着地しろい!」だのとぼやきながら、ゾロゾロと人影が出てくる。
その一人一人に、レフィーナは「あなたは!」とか「来てくれたの!?」とか言っているので、まあ、色々あったお仲間なのだろう。
僅かな時間の間に、飛行甲板には追加で10人ほどのパーティメンバーが並んだ。
当然の如く、
「みんな! 私の為に……集まってくれてありがとう! ヤタマルは火の精霊に認められなくて苦悩する私達を……」
と、レフィーナの一言演説が増量されて再開される。
時折俺の方を見て、「先輩は大トリです」とばかりに、ウィンクしてくるレフィーナ。
そ……そんなけったいな扱いにしないでほしいんだけども……!
などと思っているうちに、とうとう俺の番がやって来て、「ユウイチ先輩。私の……憧れの先輩……」とレフィーナが話し始めた直後、今度は飛行甲板の下の階から悲鳴を含んだどよめきが走った。
何だ!?
水を打ったように静かになる甲板の上。
それに反して、一層大きくなる下階の叫び、怒号、悲鳴。
その喧騒の中に、俺は確かに聞いた「ヤザキユウイチ! ヤザキユウイチはいるか!」というギルドマスターの声を。
「ちょっ!? 先輩!?」というレフィーナの叫び声を背中で聞き、俺は飛行甲板から飛び降りた。
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甲板下、ギルド集会所は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
そんな中、俺はギルドマスターの姿を見つけ、駆け寄る。
「よかった! まだ出発してなかった!」
「ええ。色々ありまして……ってうぉ!?」
ギルドマスターが息を荒らげながら、突然俺の両肩を強く掴んできた。
思わず後ずさる俺。
「いい? 冷静になって聞いてちょうだい。あなたが探していたパーティメンバーのミヤマアイ、見つかったわ」
「ほ……本当ですか!?」
「そして、たった今連絡があったことだけど、大神樹エメラルダスが魚の化け物みたいな悪魔と、その一党の強襲を受けて、占領されたわ」
「え!! まさか……ダゴンとあの連中……!」
「ここからが本題よ。落ち着いて聞いてちょうだい……!」
凄い形相で俺に詰め寄るギルドマスター。
な……何なんですか……!?
「ミヤマアイは悪魔の手に堕ちて、その眷属になったわ」
………。
……。
は……?