第43話:新たなる時代へ
法王サマの話は大層長かった。
なにせ、先代魔王の生まれた経緯から、勇者が生まれ、仲間と出会い、先代魔王を討伐し、そして今に至るまでの全てを事細かに話すもんだから、もう長いったらない。
帰路のほぼ全てがその話で終わる程度には長かった。
全魔痕の封印により、魔物の活動が沈静化していなければ、肝心な部分まで聞けなかったことだろう。
ザックリまとめるとこうだ。
先代魔王・ダイバンは長きにわたる戦乱の中で溜まった人々の憎しみや恐怖、怒り、そして力への渇望の邪念が先々代魔王の魔力と結合して誕生した。
それ故に、先代魔王は、凄まじい力を持って大陸を平定し、治めようとする明確な意思と人格を持った異常個体だったらしい。
魔王はその意思のまま、各地の「王たる資格を持つ者」を魔王軍へ引き入れ、大陸全土に魔の治める都市を形成、人類と明確な「戦争」に発展していった。
それが人魔大戦と呼ばれる大戦乱だ。
魔王の誕生と、それとの戦いが戦争の名を冠するのは、過去この一度だけである。
その圧倒的魔王を倒すべく、運命に導かれて立ち上がったのは
西の秀才・勇者「シャイナ」
東の異邦人・サムライ剣士「サスケ」
北の復讐者・魔導士「レイン」
南の傾奇者・格闘家「ブルース」
の4人であった。
彼らは各地での死闘の末、南西大砂漠に築かれた魔王城で魔王と対峙、勇者が四精霊の力が宿った“勇者の剣”を振るい、討伐に成功した。
と、歴史上は語り継がれている。
だが、当事者の語る真実は、皆の知る“史実”とは僅かに異なっていた。
勇者はトドメの一撃の代わりに、自らの胸に刻んだ封印陣の力を解き放ち、魔王の魂をその身に封印したという。
なんでも、気高く心優しき勇者サマは、人間の負の感情によって生まれてしまった魔王の境遇を悲しみ、その誕生への贖罪として、自身が魔王を封じる器となり、人間の善性を、愛を理解させようとしたらしい。
そして、勇者は恩賞も名誉も捨て、魔王の魂をその身に封じたまま大陸中を行脚し、正も負も、善も悪も、あらゆる人類の生き様を見聞して回った。
やがて百余年の後、勇者の魂が肉体から去り、その体を譲り受ける頃には、先代魔王・ダイバンは人類の行く末を見守りたいと願う老人になっていた。
勇者の意を酌んだ時の皇帝の計らいにより、法王に就任した彼は、それから長きにわたり、人類の力添えをしてきたというわけだ。
「そして、ワシの魂もまた、最期の時を迎えようとしておる」
都に帰り着いたその足で俺達は皇宮に連れて行かれ、そして、何故か俺とレフィーナがショタ皇帝、眼鏡総理同席のもと、昔話の続きを聞かされている。
あの……。
その辺レフィーナには関係あるかもしれませんが、俺にはあんまり関係なさそうなんすけど……。
エドワーズと同じく待合室待機でいいと思うんすけど……。
などと考えながら、出そうになるあくびを堪えていると、突然「随分眠そうねぇ?」と耳元で囁かれた。
「はい!! すみません!」と、咄嗟に背筋を伸ばして、声の主の方を見ると、ウィッチハットから覗く真っ黒な瞳が俺を見つめていた。
「げ!?」
「あら? “げ”は失礼じゃない?」
闇の魔女さんがそのローブを翻し、俺から距離を取って着地する。
彼女の着地点にはよく分からない紋様の魔法陣が浮かんでいた。
周囲に視界を巡らせれば、どこまでも広がる星空をバックに、色の違う魔法陣が等間隔で並び、俺とレフィーナ、そして法王サマの周りを周回している。
「その者はこの場に居合わせるべき者ではないのではないか」
「良いじゃなぁい♡ 頑張ってるとこカッコよかったしぃ♡」
「あっはっはっは! そうだよそうだよ! 久しぶりに興奮しちゃったもん!」
「やはり人の子は冬の如く苦難の境地より立ち上がる姿こそ美しい」
「うむ! ……ではない! だが大地の秘薬を使ったにせよ、貴様らにしては大層な戦いぶりだった。褒めてやろう」
「あなた方はこの者に肩入れしすぎではなくて?」
「お? なんだ今回の勇者は? 前のよりガキじゃねぇか!? しかも力弱ぇ~」
「うふふ……。いつもお世話になっているわ」
「おいおいおいおい! それより早く生命の螺旋を紡ごうぜぇ! 今回も命が随分死んだから早くしねぇとよぉ!!」
「喧しいぞ、生。 それよりも今は旧魔王の魂の回収が先であろう」
と、口々に喋る、12人の究極生命体たちを乗せて……。
うわ……。
完全に魔女空間に拉致られてる……。
レフィーナが「何よここ!? 誰!? アンタたち誰なのよ!?」と叫んだ。
いかん……彼女が無礼なこと言う前に、俺が何とかせねば……!
「魔女さん……達……えっと……これは……どういうお集まりでしょうか……? ……っ!!」
咄嗟に口をついて出てしまった言葉に、俺は即刻後悔した。
人間嫌いの水の魔女さんが恐ろしい形相で睨みつけてきたのだ。
あ、はい。
黙ってます……。
「魔王ダイバンよ。約定の時は来た。分かっておろうな?」
やはり取りまとめ役らしい時の魔女さんが、法王サマを指さして言った。
「ほっほっほ……。分かっておるよ。もはややり残したことなど無い」
「左様か。ならば」
法王サマの言葉を聞くや否や、時の魔女は時計のついた杖を足元の魔法陣に突き刺す。
すると、その時計の長針が、「ガコン」と音を立てて進んだ。
「ほ……法王様!?」
レフィーナが叫ぶ。
目をやると、法王サマの体が、足元からさらさらと光の粒子となって消え始めている。
え!
最期の時早すぎない!?
「魔王は常に世に一人。本来ならば、新魔王が生まれた時、すぐにでもワシは消える定めじゃった。じゃが、勇者が生前残していた時の魔女との契りによって、ワシが残した爪痕を精算する時までの猶予を賜っていたのじゃ」
「爪痕……。もしかして……あのダークエルフロードのことですか!?」
「この地にワシは数えきれないほどの爪痕を残した。その一つ一つを、ワシは長い余生を使い、かき消してきたのじゃよ。偶然にも奴が最後の一つになったがのう」
「なぜそんなことを……!? 先代勇者様との約束ですか!?」
「いや、これはワシなりのケジメじゃよ。夢半ばで旅立って行った我が宿敵にして大恩人に対してのな。」
「ケジメ……?」
「そうじゃ。新たな人々が紡ぐ新たな時代に、前時代の禍根を残さぬためにな。魔王の討伐をよろしくのう。二つ名冒険者、勇者・レフィーナよ」
「魔王を討つのは……私じゃありません……。私と、ここに居る先輩と、それとタイドと、ラルスと、ビビと、ミコト先輩と、シャウト先輩と、エドワーズ先輩と……私がこれまでに出会って、助け合ったり、笑い合ったり、愛し合ったりしたみんなの力で魔王を討つんです! 一人では何も出来なかった私に、形ばかりの二つ名は相応しくありません!」
「ほっほっほ……そうか。ならば言いなおそう。西の冒険者レフィーナよ、友の、仲間の力を結集し、新魔王を討伐せよ。そして、いつか勇者を冠するに値する者となれ」
「……はい! このレフィーナ、必ずや魔王を討伐し! いつの日か、皆に認められる勇者となって見せます!」
サラサラと消えていく法王サマと一緒に、ものすごい盛り上がっているレフィーナ。
法王サマ……釣りを愛好する者として、貴方のお力添えに感謝いたします。
南無……。
と、俺が法王サマの魂の冥福を祈っていると、首から下がほぼ消えた法王サマが思い出したように言った。
「そうじゃ、そうじゃ、ヤザキユウイチ。貴殿をワシの後継として法王に推薦す……」
「いや絶対に嫌です!!!」
「ほっほっほっほ……」
法王サマは笑いながら光となって消えていった。
風、大地の魔女さんは俺と法王サマのやり取りを見て、面白そうに笑っていた。
レフィーナも、熱い涙を流しながら笑っていた。
まあ……。
最期まで法王サマは法王サマだった。
ふと、気がつくと、あの魔女空間は消滅しており、座る者のいなくなった法王の椅子に、ショタ皇帝と眼鏡総理が帝国式、帝国議会式の敬礼をしていた。
陛下は俺達に気がつくと、何やら黒い板を手に取り、書かれている内容を読み上げ始めた。
「未だ勇者ならざる者、西の冒険者レフィーナ。法王の遺言により、貴殿へ魔王討伐の任を与えます。仲間と共に魔王を討ち、平穏と安寧を大陸にもたらし、いつの日にか、人々の心に勇者として君臨しなさい」
レフィーナはその言葉に「はっ!」と膝をつき、応えた。
「そしてヤザキ……」
「法王の推薦はお断りいたします!!!」
「ふふっ……貴方ならそう言うと思っていましたよ。推薦は保留にしておきますから、レフィーナさんと共に、大陸に平穏と安寧をもたらすべく尽力してください」
「は……はぁ……保留……まぁ……はっ!」
俺は若干腑に落ちないながらも、膝をつき、応えた。
どんだけ強く俺推薦してたんだよ法王サマ!!





