第41話:奪還! シャウト姫!
「馬鹿野郎……! 馬鹿野郎……!」
胸の中でシャウト先輩がか細い声を上げながら、俺の胸を叩く。
その足元に、ポタポタと水滴が零れた。
「姫。お助けにあがりまし…ブッ!?」
先輩の肩を支えながら、カッコつけたセリフを吐いた途端、強烈なビンタが飛んできた。
どうやら薬は時間切れらしい。
「来るなって言っただろうが……!! テメェその力……魔女の薬を……!」
「飲みましたよ」
「この大馬鹿野郎!! アタシなんぞのために……テメェが寿命縮めてどうすんだ……!!」
先輩は俺の肩を強く掴み、下を向く。
既に彼女の足元は水たまりのようになっている。
「なのに……アタシは……テメェを怒らねぇといけねぇのに……。嬉しくて……嬉しくてかなわねぇ……!」
俺は先輩の肩を抱き、その顔を胸に埋めさせた。
生温かい感触と共に、胸がビショビショになっていくのが分かる。
ただ、何の不快感もなかった。
「ユウイチ……! 怖かった……! 苦しかった……! 寂しかった……!」
語気を強めて弱音を吐く先輩。
無理もない。
まだ彼女は耳も尖らぬ幼ハイエルフ。
人の世に紛れて暮らすうち、跳ね返りが強くなった彼女だが、その根底にはまだ、少女のような脆さが隠れている。
先輩……。
結構無理してたんですね……。
ていうか、俺達が無理させてましたね……。
「なあ……ユウイチ」
「はい?」
俺の胸を風呂上がりのバスタオルレベルでグショグショにした先輩が、顔を上げ、俺の目を見つめてきた。
キリっと切れ細な目から覗く、小さくも美しい瞳が、涙と窓の外から差し込む微光によってきらめいている。
先輩の口元が小さく震えながら、言葉を紡いだ。
「お前……寿命……どうなったんだ……?」
不安そうに尋ねてくる先輩に、俺は一瞬微笑み、そして深刻そうな表情を作る。
先輩の表情に希望が浮かんだかと思えば、スッと血の気が引く。
「いち……」と言いかければ先輩の目元が再び潤み、「よんじゅ……」とか適当に言うと少し表情が明るくなる。
楽しいなコレ……。
ただ、散々ひどい目にあった彼女をからかうのも悪いので、俺は全てを打ち明けることにした。
「俺の寿命は……無限です」
「む……げ……?」
「はい。無限です」
「お前何言って……」
「俺、天使ですから」
先輩の表情が驚愕に固まった。
そう。
俺は天使なのだ。
天使なのだというか……。
天使になってしまったのだ。
“だってあなたぁ……天国に肉体を持ったまま行ってぇ、しかも天国の食べ物を食べちゃったでしょう?”
大地の魔女さんはそう言った。
聞いた時、俺は何が何やら意味が分からなかったが、記憶をたどるうち、ミコトと初めて出会った時のことを思い出した。
飛行深海イカザメに食い殺された俺は、ミコトの研究室で目を覚ました。
よくよく考えれば、おかしい。
明らかに死んだ人間が最初に行きつく窓口ではない。
俺は飛行深海イカザメ諸共天界へ回収され、魂と一緒に肉体も直葬されてしまったのだ。
そして、何の気なしに出されたから飲んだ、あの変な味の天界茶……。
なんかちびっ子天使に貰ったから食べた、天界菓子……。
そう。
俺は古の伝説にある黄泉竈食をやらかしていたのだ。
天界の生物の特性を得てしまった俺だったが、天使をも地上へ送り込むことができるあのゲートによって、この世界へ下天。
ただ、摂取量が微量だったため、体に殆ど変化は起きていなかった。
しかし、何とは言わないが、俺はミコトとの暮らしの中で、天界の物質を吸収し続けた。
それにより、俺の体は段々と天使のそれに近づいていった。
俺が時折感じていた体の違和感や、瘴気への苦痛は、このためだったらしい。
この時点では、俺はまだ不老不死特性を持った半人半天使だったようだが、俺の体を完全に天使のそれに変えたのが、エラマンダリアスに溶かされた肉体をミコトの回復力で補った時のことである。
あの一件で、溶解し、著しく損傷した俺の人間の部分に置き換わり、天使の体が再生されたのだ。
唖然とする俺に、大地の魔女さんは楽しそうに笑った。
無論、他の魔女さんらも当然の如く知っていたらしい。
それを知っていれば、俺は寿命など何万年でも賭けたのに……。
故に俺は真っ先に叫んだのだ。
「告知義務違反だ」と。
俺は自分の出自も、今までの経緯も、全て先輩に打ち明けた。
先輩は初め、何のことか分かっていないようだったが、やがて表情をこれまで見たことがないほど無邪気な満面の笑みに変えた。
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ひとしきり笑い、泣いた後、俺はポーチに押し込んできた先輩の服と装備、そして小脇に刺して持って来た先輩の短剣を彼女に手渡した。
流石に裸で皆の前にお連れするのはどうかと思ったのだ。
先輩は今更になって自分の格好が恥ずかしくなったのか、「せめて下履くまであっち向いてろ!」と叫び、いそいそと服を着ていく。
無論、剣が刺さって開いた穴は、バッチリ補修済みだ。
流石に真っ二つになった二つ名勲章は縫えなかったので、再発行を依頼するしかあるまい。
可能かどうかは分からないが……。
なんやかんやで馴染みの腹出し服を着終えた先輩が、雷刃パーティを示すオレンジ色の腕布を結ぼうとして、その手がふと止まった。
ん? どうしたんです?
結びにくいなら結びましょうか?
「なあユウイチ……。アタシら……前みたいに戻れっかな……」
「ほえ? 何がです?」
「アタシはオメーらの前で敵に裸見せて土下座してんだぞ。メンバーにあんな姿見せて、今更偉そうな口聞けねえだろ……」
「勲章自分で壊しといて二つ名面できんのかよ……?」
「敵に完全に降参して屈服したヤツがリーダーのパーティなんざ、ギルドの中での威厳保てねぇだろ……」
「オメーらの名にも傷がよ……」
「やっぱアタシ、オメーらと距離置いた方が……」
などとグチグチ言っている。
………。
……。
「分かりました。じゃあはい」
俺は自分の腰に巻いていた、俺とミコト、愛ちゃんがいるパーティ、つまり俺のパーティを示す青い布を裂いて折り、結び、簡単な腕布の形に仕上げ、先輩に差し出した。
「先輩、俺のパーティメンバーになってください。俺が所属するパーティのメンバーは、俺、ミコト、愛ちゃん、コトワリさん、そして先輩の5人です。一人でも欠けさせたくありません。先輩には、まだまだこの世界のいろんなところに連れ出してもらいたいですから。お願いします」
先輩は俺の目を見ながら、呆然と立ち尽くした。
あれ……?
何か妙なこと言っちゃったか?
などと逡巡していると、先輩は頬を赤く染めながら言った。
「はい……お願いします……」
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「前から思ってましたけど先輩って割と重いですよね」
「んだよ。リーダーがそんな軟弱で許されると思ってんのかオラ!」
「痛たたたたたた! 二の腕抓らないでください!!」
俺は今、シャウト先輩をお姫様抱っこし、城の廊下を歩いている。
扉はもう目の前だ。
「本当にこれで登場するんですかぁ……?」
「ったりめーだろ。アタシは囚われのお姫様だったっつってんだろうがよ。ちっとは雰囲気味わわせろ」
俺は扉を蹴り開け、シェルキープの外へ出た。
日はだいぶ傾いているはずだが、辺りを覆っていた闇が晴れた影響で、城に入る前よりずっと明るい。
真っ先に目に飛び込んで来たのは、絶命した岩塊蛇龍メディガンジュラ。
そしてその小脇で、崩れたゴーレムたちの破片で作られた竈を囲み、食事を取っている皆の姿だった。
「あーーー!! お姫様の登場ですよ!」
ビビがこちらを指さして叫ぶ。
すると皆が一斉にこちらを向き、
「やったかユウイチ!!」だの、
「あーもう!! 何カッコイイことしてんのよ―――!! そういうのは私の肩書なんだけど―――!」だの、
「先輩―――! そこは私の特等席なんスけど―――!」だの、
口々に叫ぶ。
皆一様に満面の笑みだ。
「よーく聞けお前ら―――!!」
シャウト先輩が青い布が巻かれた右腕を空に掲げて叫んだ。
「我らがパーティリーダー、ユウイチが見事悪のダークエルフロードを討ち取ったぜ―――!!」
先輩の声と共に、皆が歓声を上げながら一斉に駆け寄ってくる。
俺も先輩を抱きかかえたまま、皆の元へ走る。
そして合流した俺達は早速、シャウト先輩を担ぎ上げ、「お姫様のお戻りだ―」という俺の声に合わせて、先輩の胴上げを始めた。
初めは「オイ! アタシじゃねぇだろ!」と叫んでいた先輩だが、とうとう観念し、頬を染めながら「ありがとうよ……オメーら」と呟いた。
さあ後は魔痕を探して封印するだけだ!
と、最後のもうひと仕事を考えていると、突然、大地が激しく揺れた。





