第40話:激突! 釣神 VS 冥王
ルキアスと俺は10mほどの距離を保って対峙する。
相手の動きに合わせ、右へ、左へとゆっくりと間合いを保持したまま、互いを牽制している。
睨み合いに見えるかもしれない。
だが二人の間には、幾度も衝撃波が走り、白い霧が噴射する。
この僅か数刻の間に、俺とルキアスは複数回、グラン級の魔法の撃ち合いを繰り広げているのだ。
ルキアスが風と水を複合させた衝撃波の魔法をノーモーションで繰り出し、俺はそれに氷と水の複合魔法で反撃し、互いの間で相殺する。
俺がノーモーションで冷凍ビームを放てば、ルキアスが風と闇の複合魔法で即座に打ち消す。
一時的とはいえ、ルキアスと同じ高みまで到達してようやく見えた世界だ。
ここまで高速、かつ複合魔法となると、オートガードでも対処不能になるとは初めて知った。
極まった科学は魔法と区別がつかないなどと誰かが言ったらしいが、極まった魔法は詠唱からの発動というファンタジー的なそれではなく、神話的、伝説的な、万物を好きにできる力に近い印象を受ける。
その域の相手と、俺は今、互角に渡り合っているのだ。
だが高揚感とか、余裕とかそういうものは一切ない。
直撃すれば互いを優に殺せる威力の魔法を一瞬で放ち、防ぎ、放ち、防ぎを繰り返しているのだ。
俺は無論、先の戦いではあれほど圧倒的に見えたルキアスも、俺の動きに対して最新の注意を持って臨んできている。
その証拠に、お互い一言も発する暇がない。
張り詰めた緊張感の中、牽制とは名ばかりの、強力な魔法の撃ち合いに徹していた俺達だったが、刹那、俺が足を前に出した。
超パワーの撃ち合いが互角なら殴り合うしかないと、昔見た朝の特撮番組で良く知っている。
ルキアスはそれを知らない。
ヤツは俺にコンマ数秒大きく遅れて前に出る。
遅い!
と言ってヤツの手首の一つでも切断してやりたかったが、テレポートからの死角斬りに、ルキアスは見事に応えてきた。
ヤツの剣と俺の双剣が激突し、ガキン! という金属音と共に、俺の双剣の刃がこぼれる。
だが俺は気にも留めず、ルキアスに魔法詠唱の間を与えないように双剣の連続斬りを叩き込んでいく。
ガキン! ガキン! ギギキン!
激しい金属音が続く。
その度にこぼれる俺の双剣。
俺は歯を食いしばり、ルキアスの目を睨む。
当初は俺の踏み込みに驚愕の色を浮かべていたルキアスだったが、やがて、その顔に余裕の表情が浮かんできた。
「フン……何をするかと……」
「アイス・スラッガー!!」
余裕からか口が動き始めたルキアス目がけて、双剣の刀身から超低温氷刃を発射する。
ルキアスはそれを杖で打ち砕くが、その瞬間、杖の一部が凍り付き、持ち手目がけて白い超低温の薄氷が勢いよくせり上がっていく。
即座に炎の魔法で打ち消すルキアス。
再びスラッガーを放つ俺。
今度はそれを素早い身のこなしで回避するルキアス。
回避した先にテレポートした俺は、ヤツの首と心臓目がけて双剣を突き込む。
が、杖と剣によって弾き返されてしまった。
「はぁ!!」
すぐに体制を立て直した俺は、アイスブラストを放つ。
が、すぐに打ち消され、今度は奴が業火を纏った斬撃を撃ち込んできた。
テレポートで回避すると、今度はそこを狙いすましたように赤熱した光線が飛んで来る。
俺は氷の盾を使い、光線を屈折させて防ぐ。
すると溶解した盾の先から、3体のルキアスが斬りかかってきた。
俺は中央のルキアスに双剣を叩き込む。
すると一瞬にして幻は消え、背後から突き出されたオリハルコンの剣が、俺の腹を貫いた。
「がぁっ!!?」
俺の悲鳴が木魂する。
「生憎、吾輩の勝ちのようだな」
「いや、お前の負けだ」
勝ち誇るルキアスに俺が応えた直後、ヤツの自慢のオリハルコンの剣が中ほどからパキイイイン!という快音と共に砕け散ったのだ。
「な!?」とルキアスが叫んだ直後、俺の姿を映した氷の鏡もまた、粉々に砕ける。
「冷凍ビーム!!」
「ふんっ!!」
ほんの一瞬狼狽えたとはいえ、即座に立て直したルキアスは風と水の複合によって発生した衝撃波魔法でそれを相殺しにかかった。
だが、直後、彼の杖もまた、快音と共に真二つにへし折れる。
「ぐあああああああああ!!」
相殺しきれなかった冷凍ビームの直撃を受け、あのルキアスがついに片膝をついた。
信じられないといった表情で、へし折れ、砕けたオリハルコン塊を握りしめている。
信じられる訳はないだろう。
この世界において最強の硬度を誇る物質がいともたやすく砕けたのだから。
だが、この世界になくとも、俺のいた世界にはある。
そう、タングステンシンカーである。
俺は乾坤一擲のタイミングで、2オンスのタングステンシンカーを、剣と杖めがけて超高速射出召喚したのだ。
主にブラックバスやカサゴなどの根魚、そして最近ではシロギスやカレイなどの投げ釣りの場でも使われるようになった超硬度の錘だ。
極めて高い硬度と、同サイズ随一の重量を誇るそれは、より遠方の魚へとルアーや餌を届け、海底の感覚を的確に釣り人の手元に伝え、錆びたり溶けたり破損したりしにくいために永く使え、ロストした時の環境負荷も小さいことから、人気が年々増している。
釣り人には守らなければならない5つの掟がある
ひとつ、自然を慈しみ、そこに住む生物を貴ばなくてはならない
ひとつ、海、川、自然を愛し、守らなくてはならない
ひとつ、釣果を喜び、その命に感謝しなくてはならない
ひとつ、自らの釣具を相棒とし、手入れを怠ってはならない
ひとつ、釣具を用いて人や人の物を傷つけたり、殺めてはならない
だが、緊急・非常の事態で、それをしなくては自身の生命が危うい事態において、悪のエルフのオリハルコン武器を粉砕するために召喚して使ってはならないという掟は存在しない!!!
そんなこと天使も言ってた!
よって召喚した釣具は消滅しない!
事実としてしなかった!
よってこれは釣具を武器として使う行為とは言えない!!
なのでセーフである!!
絶対にセーフである!!!※1
「この腐れ外道が!! 釣り人の自然を愛する心と、釣り産業の叡智の前に砕け散れええええええ!! 氷締めにしてくれる!! メガっ!! 冷凍っ!! ビィィィィィィム!!」
「くおおおおお!!」
ルキアスはまさしく最後の力を振り絞るように、あの時、俺達を吹き飛ばした閃光を放った。
俺の双剣から放たれた十字の冷凍光線がその暗黒光線とぶつかり合った直後、ルキアスの背後から飛来した氷刃が、その首と胴を的確に斬り飛ばした。
さっきのアイスブラストで軌道が変わったアイス・スラッガーがブーメランのように戻ってきたのだ。
「はあああああああ!!」
一瞬で暗黒光線は消滅し、俺の冷凍ビームの奔流に巻き込まれたルキアスの肉体は、一瞬にして凍結し、そして、霧の如く砕け散った。
俺は「南無三!!」と手を合わせ、折れたオリハルコン杖を石床に思い切り突き立てると、囚われの姫様の元へと走った。
※1
釣り具を人の物や一目がけて放つ行為は絶対に行ってはいけません
釣り具は使用する世界において定められている法令、ルールに則り、正しく使用しましょう