第36話:託した奇跡 託された明日
「あ……」
「嘘っ……ス」
俺とミコトの目に映ったのは、見慣れた金髪。
そう……。
「「エドワーズ!?」っス!?」
俺達に名前を呼ばれたその男は、スッと息を吸い、叫んだ。
「服を着ろ!!!!」
見れば、彼の後ろには、サラナやコモモ、レフィーナにタイド、ラルス、ビビが顔を真っ赤にして立っていた。
俺とミコトは大慌てで体を拭き、服を着た。
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「ってわけで、デイスギルド臨時拠点、インフィートから助っ人に馳せ参じたぜ、お二人さん」
エドワーズがにっこりと笑う。
俺達は気を取り直し、広間で皆を迎えた。
「もう本っ当信じらんない!! すごい辛い目に遭ったって聞いて、心配してきてみたら……その……その……!! もう!!」
レフィーナが顔を真っ赤にして机を叩いた。
はい……すみません……。
でも真面目にあらゆるものを失ったと思って沈み切ってたんだよ俺達……?
デイスは確かに陥落していた。
だが、滅んではいなかった。
ものの数週間前から異常な強さの魔物の群れが北西側……ちょうどクラム湖の方角から大挙して襲来し、延べ十数回にも及ぶ大防衛戦を展開したものの、これ以上は耐えきれないと判断したデイスギルド本部含むデイス中枢は、丁度魔物の襲撃と逆の方角となる南東のインフィートへ、大規模な疎開作戦を実施したのだ。
5回に分けて実施された作戦は、しんがり戦となった第5回を除いて大成功をおさめ、多くの住民がインフィートへ逃れることができた。
そして、インフィートが備える神樹の力はこの異変にも絶大で、未だ一度の襲撃も受けていないという。
デイスギルドはそこに臨時拠点を設け、クラム湖に発現した魔痕の攻略作戦を実施。
レフィーナやエドワーズ、そしてホッツ先輩やジニオ先輩、シービィ先輩等を筆頭とするデイスギルド最高戦力と、ハーピィ達の協力作戦によって、見事クラム湖の魔痕を封印することに成功したのだという。
今はもぬけの殻となったデイスに巣食った魔物達が飢えで弱体化、もしくは離散を始めるまで、経過観察中とのことだ。
「そんで……俺の元に来てくれたってか……」
「そういうことだ。悪ぃな。遅くなっちまって」
「「エドワーズ~!!」っス!!」
抱き着く俺とミコトの頭を撫でながら、「とかカッコつけてはいるんだが……」と、エドワーズが紙を広げた。
そこには「ダークエルフの廃城に発現した魔痕を封印せよ」という、法王庁印のつかれた指名依頼書があった。
あて名は俺で。
「最後の魔痕が見つかったってんで、法王庁からお前宛に指名依頼が下ったんだが、お前がすっかり腑抜けちまってるってんで、俺達の元に応援依頼が来たんだよ」
「最後……?」
「もう! 何日腑抜けてたのよ!! もうとっくに9つの魔痕全部の場所が判明して、ギルドと騎士団、帝国軍が全力で攻略してるところなのよ!?」
「「すみません……」っス……」
慰め合っている間に、事態は大きく動いていたのだ。
全く俺の関与しないところで……。
ああ……。
やっぱり俺は肝心な時に役に立たないな……。
そんな俺にこんな指名依頼課されても……。
またボロ負けして終わるだけだって……。
「お前も功労者なんだぞ」
項垂れる俺の目の前に、エドワーズがボロボロの金属片を差し出してきた。
これは……!
「魔王城の場所、そしてその城に貼られた罠の存在を知らせた、ある勇敢な女騎士の形見だ」
それは、俺があの子に渡した即死避けのタグ、“魂を守る札”だった。
「新魔王城は魔王の胃袋みたいなもんだった。近づく者を即死の結界に巻き込み、魂を食らう。例え即死避けアイテムで突入に成功しても、城中には無数の得体の知れないヒダ型眷属魔物が蠢き、そして触れれば死ぬ結界が脱出をも阻む。そんな状況で起きた一つの奇跡が、次なる犠牲を防いだんだ」
「奇跡……?」
「一発目で燃えなかったんだとよ。お前の札」
「……?」
意味を理解していない俺に、コモモが付け加える。
「即死避けアイテムはね、何枚持っていても、即死攻撃一発で全て燃えてしまうの。だけど、なぜか、ユウイチくんに貰ったこの札は燃えずに残ったんだって」
「その騎士はその札を身代わりに一人結界を抜け、単身帝国軍東方宿営地まで走った。多数の魔物の襲撃を受け、ズタボロになりながら、知見した限りの情報と、ある友への言葉を手帳に書き残し、帝国軍に火急の事態を告げ、息絶えた」
エドワーズはそう言うと、血に染まった一枚の紙きれを差し出してきた。
そこには、俺に充てたあの女騎士からの言葉が乱れた字で書き記されていた。
“ユウイチ様”
“このような形での再会をお許しください”
“この手記を貴方様がお読みになったということは、我々の願いは結実したということと存じます”
“貴方に託された一枚の札が、我々の死に意味を与えてくださいました”
“騎士------は死であると信---、----てきた---すが、今は、貴方様との約束--果たす-----く死ぬことが、怖くて仕方が---------”
“ですが---貴方の---未来---紡-と思えば------悪いものでは---せん”
“ヤザキ・ユウイチ様”
“貴方と出会えたことに精一杯の感謝を”
“貴方の来者に栄光あらんことを”
“皇立騎士団小隊長 エリアス・----------”
「そっか……君は……エリアスって言ったんだね……」
こびり付いた血が、落ちた雫で薄く溶け、赤い線を描いた。
名も知らなかった少女がその灯の最後に願ったのは、俺の未来だったのだ。
「お前からすれば些細なことかもしれないが、お前がその子の最期に希望と意味を与えたんだ。それだけじゃない。デイスの皆が助かったのも、元をたどればお前がインフィートを守って、陸路を再開拓したからだ。そんなお前が腑抜けてたら、あの子にも、デイスのみんなにも、示しがつかないだろ?」
エドワーズが厳しくも優しい口調で言う。
「死んでしまった人にも、生きたい明日があった。夢見た未来があった。後を託された私達には、明日の夢を見届ける義務がある。私はそう信じて、勇者の力を受け取った」
レフィーナが膝をつき、俺とミコトに聖痕輝く瞳を見せてくる。
「先輩達の大事な人は、今も生きてる。敵が強くても、行先が分からなくても、先輩達はまだ、何も失ってない。それなのに諦めるなんて、私の尊敬するユウイチ先輩、ミコト先輩らしくない」
「レフィーナ……」
「レフィーナちゃん……」
「あの日、先輩達に助けてもらってから、私達は頑張って強くなった。いつか先輩達が危ないとき、助けに行けるようにって。今度は私が先輩の力になるから、一緒にその悪いエルフの親玉倒して、シャウト先輩助けに行こ!」
そう言って立ち上がったレフィーナと、エドワーズが手を差し出してくる。
横目に見えた闇の魔女とエリアスの影が、小さく微笑んだように見えた。
「っっっっっっしゃああああああああああ!! 行ってやろうじゃねぇかあああああ!!」
「ふんぬあああああ!! ここまで言われて落ち込んでちゃ天使は務まらんっスよおおおおお!!」
俺とミコトは二人の手を思い切り掴み、勢いよく立ち上がった。
もう、俺達を見つめる影の姿はどこにも見当たらなかった。