第35話:手の中に残ったもの
この世界で、俺を支えていた全てが崩壊した。
心の故郷も。
頼れる先輩も。
健気な舎弟も。
大成の野望と自堕落な願望を語り合った親友も。
いつかの再会を約束した勇者の名に選ばれし後輩も。
互いの無事を願い合った友も。
礼を尽くし合った戦友たちも。
僅か数週間の間に、それらすべてが跡形もなく消えた。
存在していることが当然で、この地に足跡を持たない俺にとっては、生きて来た証に等しいものだったそれらが。
消えた。
…………。
……。
いや……。
たった一つだけ残っている。
俺の腕の中に。
「雄一さん……」
「ミコト……」
俺とミコトは、すっかり広くなった家の一室で抱き合っていた。
ギルドマスターは心を砕かれた俺や、泣きじゃくるミコトを見て気の毒に思ったのか、無期限の休養を出してくれた。
その実、これでは役に立たないという判断なのだろう。
俺はきっと、もう戦いの場に立つことはできない。
次に失うのは、きっと俺の命。
そして、ミコトの記憶。
俺はこの世界で偉大な名を上げ、次なる輪廻の先、来世にもミコトを連れて行くと約束した。
だが、きっとそれはもう叶うことはない。
俺がこの世界で起こせる「偉大なこと」など残ってはいないのだ。
魔王を討つべき勇者はデイスの地で散った。
新魔王城は近づく者の命を食らう呪力の結界が貼られていた。
魔王城の結界を解く魔痕は、未だその全ての位置を探れていない。
だが、魔王率いる魔物達は、かつての人魔大戦において無敵を誇った西方の大拠点を落とすほどまでに力を付けている。
もはや、俺が飛び込んで何かを成せる状況ではない。
俺に出来ることは、残された寿命の限り、ミコトと共にいる時間を一秒でも延ばすことだけだ。
「雄一さん……絶対に……忘れないっスよ……」
柔らかな彼女の体が、俺の胸にしがみ付いて震える。
胸に流れる冷たい雫を、俺は止める術を持たない。
あまりにも情けない。
情けなくて涙が出る。
滲む視界の向こうに、今日も黒い長身の人影が見える。
闇の魔女さん……。
あなたは俺に……何を求めているんですか……。
トリックスターの力を使い、ここから大番狂わせをして見せろとでも言うんですか……。
黒い人影の横には、あの女小隊長ちゃんが立ち、同じようにこちらを見つめている。
その背後には、あの見知った騎士たちが並び、こちらを見ている。
自分たちの犠牲の上で、のうのうと眠る俺の姿に、彼、彼女らは怒るだろうか、落胆するだろうか。
みんな……ごめん……。
魔女会議は運よく何とかなっただけで、俺は君たちの期待を背負えるような人間じゃなかったんだ……。
だから……。
もう……。
見ないでくれ……!
俺の視界に……現れないでくれ……!
俺はその視線たちを避けるように布団を被り、ミコトの体を強く抱き寄せた。
ミコトもそれに応えるように、唇を突き出す。
俺はそれに、自分の唇をそっと付けた。
ドーン!!!!!!!!
突然、家が震えた。
俺とミコトの体は、それまでの怠惰な動きとは打って変わり、ベッドから飛び上がって、枕元の剣を掴んだ。
シャウト先輩に叩き込まれた臨戦態勢への即応が、まだ俺達の体に息づいているようだった。
「なん……だ?」
「敵襲っスか……?」
身構える俺達。
すると、廊下をドタドタと複数の足音が走って来た。
まっすぐ、俺達のいる部屋に向かってくる。
俺とミコトは逃げるべきか迷ったが、先輩への思いが、それを踏みとどまらせた。
剣を構える俺達の眼前のドアがバン!と勢いよく開き……。
「ユウイチ!! ミコト!! 生きてるか!!?」
という叫び声と共に、見慣れた金髪が現れた。