第33話:ごめんなさい
俺達はその後、異変を察知して俺達を追って来たマーゲイら斥候パーティに発見、救出され、何とか生還した。
俺達は壊滅したギルド支部からルキアスが飛ばしていた偽情報にまんまと騙され、その掌の上に乗せられてしまったのだ。
ダークエルフロード:冥王ルキアス復活。
雷刃・シャウト敗北、拉致。
このニュースは大陸中を駆け巡った。
一方。
ニュースとは真逆に、俺達は活動を停止していた。
俺達は先輩を取り戻しに行かなくてはならない。
先輩を犠牲に、のうのうと平和な冒険者生活に戻れるほど俺達は薄情ではない。
だが、気づかされてしまった。
圧倒的な力量差を。
文字通り指一本触れることなく、完全敗北させられてしまった衝撃は、俺達の自信と勇気を喪失させるには、あまりにも十分なものだった。
「先輩……ハイエルフのお姫様だったんですね……何も教えてくれなかったけど……」
愛ちゃんがソファで膝を抱えながら呟く。
思えば、先輩の言動に不思議な点はあった。
妙に人魔大戦の頃のことに詳しかったり、パーティ経歴がよく分からなかったり、何よりザラタードケロンの時、完全に俺達を殺す気だったエルフ達が、先輩の説得に応じてたり……。
スカラープの街で俺に言おうとしてたのはきっと……。
「誰にでも秘密はあるっス。何なら私達も先輩に出自嘘ついてたっスよ……」
「お互い嘘偽りのある関係で終わるなんて……私は嫌です……。嫌ですけど……!!」
そう言って愛ちゃんは泣き出してしまった。
「約束したじゃないですかぁ……! この戦いが終わったら皆で世界中旅しようって……! なのに……なのに……!!」と、泣きじゃくる愛ちゃんを、ミコトが抱きしめる。
ギルドも決して先輩を見捨てたわけではない。
どのみち、ダークエルフロードは放置するわけにはいかない存在だ。
しかし、魔王や魔痕の捜索と攻略、そして次々に現れる強力な魔物への対処でギルドも、皇立騎士団も、帝国正規軍も大概出払っているこの状況で、下手をすれば魔王以上に強力なルキアスに仕向けて打倒し、生還できる戦力を揃えることなど完全に不可能だ。
唯一頼みとなり得るのがレフィーナ達だが、彼女達の足取りは全く不明で、依頼や便りを出そうにも、どこに飛ばせばいいのかすら分からない。
「やっぱり……私のせいです……」
愛ちゃんが呟いた。
「私が見た夢のこと、話しましたよね……? そのままのことが起きてます。コトワリさんは捕まり、シャウト先輩も攫われて、次に来るのは……」
「愛ちゃん……それは考え過ぎだよ……」
「私は先輩の仲間面をしながら、裏であの悪い人たちと関りを持ってました……この世界と元の世界、どっちを取るかって言われた時も、躊躇しました……。あいつらが新魔王を作り出したのが今のこの状況なら……私が全部悪いんです……!!」
「愛ちゃん!」
ミコトが愛ちゃんを強く抱きしめる。
「間違っちゃダメっス。愛ちゃんは彼らの目論見を知ってからは、キッパリと悪の誘いを断ったっス。悪いのはあいつらと……何かを吹き込んで動かしてるダゴンの奴っス」
「そうだぞ愛ちゃん。ルキアスの言い分聞いたろ? ああいうのが悪ってやつだ。魅力的な嘘に乗せられて片棒担ぎかけたくらいで人は悪人にはならない」
愛ちゃんは弱々しい声で泣きながら、俺達の言葉に小さく頷いていた。
メンバーが弱気になるのは、リーダーが不甲斐ないせいだ。
俺が弱気になったらダメだ……。
「先輩が連れ去られるとき、目で訴えてたんだ。いつか助けに来てくれって。ここで挫けてもいられないし、ルキアス討伐と、先輩救出の準備が整うまで、俺達だけでクエストこなしてさ、強くなっておこうよ」
あの場で意識があったのが俺だけだったことをいいことに、俺は嘘をついた。
先輩はむしろ、俺達の復讐や奪還を頼みにしてはいない。
それほどまでにルキアスが強大で、そして、再び挑めば俺達の命はないと踏んでいる。
その身を犠牲に、俺達の平穏な余生を願ったのだ。
あの場で薬を破壊してきたのも、その願いの表れだ。
「そ……そうですね! 先輩はハイエルフだったわけですし、時間はしっかり残ってますよね……!」
そう言って拳を握りしめる愛ちゃん。
ああ。
俺はなんて狡いんだ。
決して看破されないトリックスターの嘘で、また仲間を騙す。
ただ、そうでもしなくては俺は愛ちゃんの心を支えられる気がしなかった。
逆に言うなら、俺はその程度の嘘で、愛ちゃんの心を支えられていると思っていた。
翌日。
愛ちゃんは
「私が傍にいると、先輩達に炎の災いが降りかかります。ごめんなさい」
という書置きを残し、
失踪した。





