第31話:亡国の冥王
「いいか、魔王ってのは文字通り魔の王だ。それ以上でも以下でもねぇ」
「はぁ……」
飛行クジラの中。
先輩がやたら上手い絵を描きながら、さっき保留した件について解説をしてくれる。
「んで、王には王たる所以が必要だわな。一つは従う民、二つ目は王の冠、そんで三つ目が城だ」
「そうですよね! 王様って言ったらお城ですもん」
「だろ? 魔王はこの一から三まで、全部テメェで作れちまうんだ。民は眷属型魔物、王の冠ってのは、まあ概念的なもんだ。“呼び声”なんかがコレだわな。んで、城ってのが、魔王の形成する“巣”なんだ」
「巣! なんか随分威厳無くなりましたね」
「っても仕方がねぇ。事実だ。魔王は成体となってその復活を世に知らしめる時、各地に穿っておいた魔痕から瘴気を集めて、強固な魔力の城と魔力の防壁を作るんだ。魔防壁はちょっとやそっとの攻撃じゃ破れねぇし、魔力の城……魔城は迷路みたいに入り組んでて、クソみてぇに強力な眷属魔物が無限に湧いてきやがるクソみてぇな空間さ」
「瘴気だらけの城とか考えただけで吐いて死にそうっス……。そんな環境で魔王討伐出来るっスかね……?」
「そう思うだろ? それを容易に……いや、可能にするのが、魔痕の封印による城の弱体化だ。大陸最悪の被害を出した魔王“ダイバン”の時に確立された方法だが、万全の魔王城に挑むのではなく、魔痕を探し、封じれば、最終的には相手は裸一貫になっちまうってわけよ」
なるほど。
そう考えると、俺達はあの峡谷で、先手を打ってその一つを封じたってわけか……。
確かにそりゃいいお手柄だ。
「しかも所謂魔窟の番人“魔王軍幹部”撃破の手土産付きでな」
そう言って先輩が笑った。
「ってことは、あの魔王が凶星になって各地を飛び回ってるのって、魔痕と幹部を設置してるってことなんスかね?」
「まあその可能性はあるだろうな。ただ、魔痕や強力なワンオフの魔物を作るってのは並大抵の力じゃ足りねぇ。ましてあのチビガキだ。相当の栄養補給が必要だろうな」
「栄養補給って言うとやっぱり……」
「まあ、成長する以外にも、生命エネルギーは使われてるだろうよ……」
「すみません……あの時俺が仕留めていれば……」
「お前のせいじゃねぇ。悪魔と戦うのに必死になってアイツを見過ごしてたのはアタシの責任だ。応援で来てくれたサラナにも随分無理させちまったしな。ま、次に魔王やら幹部やらと突発遭遇しても取り逃がさねぇように、さっさとコトワリ取り戻そうぜ。今度は勝手に離脱なんざさせねぇぞあのバカ……」
先輩がそう言いながら、説明図をクシャッと潰した。
うわ! なんかもったいねぇ!
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「うわ~……雄一さん見るっス。まだちょっと雪積もってるっスよ」
ミコトが身を乗り出して言った。
中継地に隣接している「ジャスパイダ山地」の山頂付近は白く雪化粧されている。
やっぱ大陸の北の端付近ともなると、気温は結構下がるらしい。
白くそびえる双峰に向かって飛行クジラはゆっくりと高度を下げ、山の麓の中継地、シャーネモの町の小型飛行甲板に接岸した。
「よし……ちょっくら強行軍だが、いっちょ上るか!」
先輩がそびえ立つジャスパイダ山地を見上げて言う。
そう。
コトワリさんを捕えているレッサーダゴンの根城は、ジャスパイダ山地を越えた先、大陸北限の村「フェルクリナ」の付近にあるという情報があったのだ。
それも複数。
巨大な魚の頭を持った化け物が廃城に巣食っている。
怪しい数人組が幾度も出入りしている。
天から奇怪な雷が降り注ぐ様を見た。
という、どう考えても、レッサーダゴンのそれとしか思えないものだ。
先輩曰く、フェルクリナは滅んだダークエルフの里の後に作られた村で、ギルドの北限支部があるらしい。
ただ、極めて居住性の悪い土地柄か、村もギルド支部もすっかり過疎っ過疎。
無論、飛行クジラも発着不能だ。
恐らくレッサーダゴンや転生者連中はその立地に目を付けて身をひそめたのだろう。
元の世界でも過疎地域の立地を生かして大麻栽培してたなんて事件もあったし、人が減り、治安維持能力が下がっていると、悪に付け入られやすくなるようだ。
「行きましょう行きましょう! さっさと行ってゲス悪魔を締め上げてやるっス!」
「ちょっと観光したくもありますけど……時間ないですもんね!」
先輩の後に続き、村の見物もほどほどに、ジャスパイダ山地登山口へ歩いていく。
無論、俺もその後を追いかける。
思えばこの時、気づくべきだったのだ。
そんな環境から送られてくるにしては、あまりにも情報が事細かすぎたことに。
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「どういうことだ……どういうことだよ!!!」
先輩が叫ぶ。
俺達が辿り着いたフェルクリナの村は、誤解を恐れないように表現するなら、壊滅していた。
何か巨大な力で押しつぶされたように潰れた村の家並み。
そして、たった一つ残った教会改装のギルド支部件、村の集会所。
教会時代のステンドグラスから差し込む夕日に照らされた、人影。
2mを優に超える巨体でありながら、すらりとした細身のシルエット。
ドラキュラ伯爵を思わせる黒と白の正装に身を包んだその姿は、優美ながらも、あまりにも禍々しい気配を放っていた。
「ダークエルフロード……ルキアス・ヴィアード……!!!」
シャウト先輩の声に、かのダークエルフロードはゆっくりと目を開く。
青黒い肌に、煌々と輝くトカゲのような金色の瞳。
その双眼からは、微塵の殺気も感じられなかった。
それは優しさや油断の類ではない。
俺達を敵とさえ、脅威とさえ感じていない者の目だ。
ダークエルフロードは俺達の方には目もくれず、先輩を見つめて言った。
「遅いではないか。シャウト・フリーデ。生憎だが、吾輩と貴様が最後のようだ」