第29話:幽骸龍事件 一件落着!
「あら! ドクアラシじゃないの!」
そう言いながら、サラナママさんがブーブーと鳴く毒キノコ食いの獣を抱き上げた。
「都で買うと高いのよね~どう?あなたウチに来る?」と、獣の鼻をツンツンしている
「しかし驚きました。まさか要請にサラナママさん達が来てくれるとは、つくづくお世話になります」
「あらあら、そんな謙遜されなくても、冒険者ならそこは“俺の手柄で魔痕が一つ封印できた”くらいのことを言ってもいいのよ? 事実としてそうなのだから」
サラナママさんはニコニコと笑いながら、ドクアラシに昏睡魔法をかけて麻袋に次々と入れている。
彼女は魔法使いであり、魔導薬師の始祖であり、そして名うての封印師であった。
サラナも凄いが、この人も相当である。
「しかしコモモも面白い人と友達になるものねぇ~。今は伝説の勇者ちゃんと一緒に幼体魔王を追いかけてるんでしょう? 私もそんなロマンある生き方がしたかったわぁ~」
そしてもう一人、一緒にやって来たのは、コモモのママさんだった。
幾重にも編み込まれた超ボリューミーなピンク髪に、ギラギラピッチピチの魔法装束に身を包んだグラマラスな肉体、そして糸目という、強キャラ感溢れる佇まいをしておられる。
彼女もまた、名うての大魔法使いであると同時に封印魔法の使い手であり、法王庁と魔導士学会の定める「賢者」の1人だそうだ。
「い……いや~……。結構大惨事になってきてますし、そこにロマンはあるんでしょうかねぇ……?」
と、俺が洩らすと「それはロマンよ! ロマン! 魔王の復活、大陸の危機、悲劇に見舞われながらも立ち上がる勇者の血を引く末裔!! そこにロマンを思い描けない魔法使いは、魔法使いの才能は無いわ!」と、鼻息荒く説教されてしまった。
ああ……。
コモモもお母さん似だ……。
そんな彼女らの活躍により、瘴気の噴出孔はあっさりと栓をされ、クレーターのようになっていた魔痕は大魔封結界によって封じられた。
ギルド曰く、帝国正規軍が駐留部隊もここに配置してくれるとのことで、この地から魔王の瘴気が漏れ出す心配は無用とのことだ。
元の依頼から随分脱線してしまったが、これで一件落着である。
「そろそろ出来るっスよ~。 いい感じに味が染みてるっス~」
俺がママさん2人に囲まれながら、娘さんとの思い出話をしている間に、ベースキャンプに据えられた石竈ではミコトが腕を振るっていた。
お二人による封印が終わったのはもう夕暮れ時。
飛行クジラ便は翌朝まで待つ必要があったり、ママさん二人が娘たちから評判のウチのパーティ飯を食べたいと言い出したりで、現地泊となったのだ。
「やっぱりこういう野趣あふれる料理は外よねぇ~」
「昔を思い出すわぁ。あの頃は旦那もまだ……」
サラナのお母さんがポツリと洩らした。
……。
そうか……サラナのお父さんは……。
などと、俺もつられてしんみりしていたのだが、続く「まだ人の姿していたのよね~」という言葉に、俺は耳を疑った。
え……?
それは一体どういう……?
「そうそう! 彼は元気!? なんか少し前は蝙蝠みたいになってたけど!」
「今はちょっとモフったわ。ドーマンみたいな見た目でワイバーンの羽が生えた感じになっちゃってる」
えーっと……。
すみません。
何を言ってるんですか?
「この子の旦那ったらね、強さを求めてこの子が開発中だった魔物の力を得るマジカルドラッグの実験台を無理やり引き受けて、魔物みたいな見た目になっちゃったのよ! 時々姿が変わるんだけど、それがもう小さくて可愛いのばっかり!」
「あのバカ旦那ったら昔っから思いきりだけはいいのよね……。おかげで私は解除方法の開発に奔走する羽目になっちゃって……。ユウイチ君を回復させたアレも、元は私の旦那の変身解除用だったのよ。上手くいかなかったけど……」
「じゃあ旦那さんは俺の間接的な恩人ってことですか! いや~やっぱり人を救うのは愛の力なんですねぇ……」
「まあ! そんな愛だなんて~。私がちゃんと見てあげないとダメダメだから放っておけないだけよ~。それに魔物化したおかげで体力と精力は高まってね……うふふ……そんなに悪いことばっかりじゃないのよ?」
「ユウイチ君ったらなかなかロマンのあること言うじゃない! 気難しいはずの天使族ちゃんを射止めただけのことはあるわ。やっぱりコレも凄いのかしら?」
などと、突然下ネタやエロフィンガーサインが飛び出すオバちゃんズトークに若干気おされながら、俺はミコトに視線を送る。
ミコトは鍋から具をよそい、先輩と愛ちゃんに配膳を頼んでいた。
「まあ……ここだけの話、5回戦までは行ったことあります」
「「羨ましいわぁ~」」
その話が丁度締めとなり、先輩と愛ちゃんが皆の分の料理を運んでくる。
俺は焚火の周りにアウトドア用ローテーブルを召喚し、食卓を整えた。
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「あら! これは美味しい!」
「これは確かに並みのクエスト飯じゃないわね」
舌も肥えているであろうお二人が笑った。
ミコトが気合を入れて作った本日のクエスト飯。
ヌルヌルキノコの炊き込みご飯と、マスの干物と山菜の味噌鍋である。
この辺は毒の無いキノコが多数生えていた。
どうやら毒キノコ専門で食べるドクアラシが繁殖していることで、毒の無いキノコが逆に繫栄するという、面白い現象が起きているようだ。
そんな中でもひと際いい出汁が出たのが、赤い笠を持つマイタケのような見た目でぬるぬるとしたキノコだった。
ミコトが「アカヒラナメコ」と呼んだそれは、焼いても旨いものの、ご飯に炊き込むと出汁とぬめりがたっぷりと出て堪らなく美味しい。
紅白に彩られた炊き込みご飯は、ぬめりによってコーティングされ、噛むたびに出汁の向こうから米のうま味、あま味がフワフワとあふれ出てくる。
そして、味噌鍋!
エドワーズ達が雇ってくれたクルーラーコーンのお姉さんが仕上げてくれたものだが、ミコトが扱いに慣れてきたこともあり、以前の鯉こくよりもさらに風味が豊かに香る。
数種類のキノコとマスの干物から出た出汁と絡み合い、濃厚で力強いうま味を具材に与えていた。
マスの身を口に運べば、味噌のうま味と共に淡白な白身の味が口の中に広がってくる。
加熱してもなおシャキシャキとした食感を残すタケノコのような山菜も相性抜群だ。
「これは参ったわ。噂に違わぬグルメパーティなのね」
そう言って、鍋のキノコを美味しそうに頬張るコモモママ。
その言葉に「普段はもっと美味しいんスよ! 雄一さんが釣りたてのを使うっスから!」と言って、ムフンムフンと胸を張るミコト。
「雄一先輩が釣った魚だと皆に能力バフもかかりますしね!」と愛ちゃんが付け加えて胸を張った。
と、ママさん2人は顔を見合わせ、「なるほど……」とばかりに頷き始める。
え、何か納得するようなことありました?
そう聞くとコモモママは器の中の具材をズズっと掻きこみ、話を続けた。
「いえね、魔導士学会は新たに発現したジョブスキルの要素解明をしているんだけど、ユウイチくんの“アングラー”スキルの構成要素も研究対象だったのよ。それがなんとなく分かった気がしてね」
「ほ……ほう?」
「アングラースキルの構成要素はおそらく“感情共有”系列ね」
「感情共有系列……?」
「そう。貴方は“喜ぶ”ために魚を釣っている。大きな魚を釣って喜び、それを食べて喜ぶ。そして、その恵みを他者と共有することに喜びを感じ、共有された他者も喜びを得る……」
「は……はぁ」
「その“喜びの共有”が、釣った魚をみんなで食べて、みんなにバフがかかることの正体だったわけね。これで不明だった構成要素が埋められるかもしれないわ」
頷きながら、空になった器を差し出してくるコモモママ。
まあよく分からんけど……おかわりですね。
「アングラースキルは当初、対象を何としても狩りたいと願う感情を構成要素とした“狩猟”系列の亜種だと思われていたんだけど、獲得した獲物のバフ共有という部分がどうしても説明がつかなかったの。これはちょっとした発見なのよ。学術的なお話だからあなたにはあまり関係がない事かもしれないけどね」
なんか、専門家からすれば面白い発見らしい。
でも確かに、釣りは獲物を捕るというよりは、釣って楽しむことに重点が置かれている。
元の世界であれば尚更か……。
「遊び好きのオメーにぴったりじゃねぇか」
「なんかカッコいい響きですね! 他の感情共有系ジョブスキルって何があるんですか!?」
シャウト先輩がそう言って笑い、そういう設定とか好きそうな愛ちゃんが身を乗り出してきた。
コモモママさんは「うーん……結構レア系列なのよね……確か……」と手帳をめくり、「あった!」言った。
「例えば……道化師ね!」
……。
やっぱ狩猟系亜種ってことに出来ませんか!?