第28話:峡谷の魔痕
「うわーーーーーん!! ミコト先輩~! 夢通りのことやっちゃったかと思いました~!!」
愛ちゃんがミコトの胸にすがりつき、大泣きしている。
当のミコトは複数回火達磨になりながらも、気合で消火して無傷だったらしい。
本人曰く「これくらい出来ないと防御タンクは務まらんっス! むふん!」だそうだ。
ただ、流石にちょっと熱かったらしく、彼女の鎧の布部分は汗でびっしょりと濡れている。
彼女の肌を伝う汗が少し色っぽい。
………。
むふん……。
「やああああん! いきなり何するんスかぁ~」
俺が舌を這わせた首筋を抑えて赤面するミコト。
ご……ごめんちょっとエロかったもんだから……。
そんなつもりはなかった。
って痛ってぇ!!
頬に小さな雷光球が突き刺さり、俺は飛び上がった。
見ると、先輩がジト目でこっちを睨みながら、手招きしてくる。
へ……へい……ちゃんとお仕事します……。
ミコトの軽い治療を愛ちゃんに任せ、俺は先輩のもとへ向かう。
「コイツは何なんだ? アタシでも振り払えないくらいの拘束術使うくせに、てんで打たれ弱いじゃねぇか」
先輩が骨人形の残骸をガラガラと物色しながら言う。
「一応これ砕いて、これで顔面殴ったら死んだので、ヤゴメみたいな怨霊の類かもしれませんね」
俺はそう言いながら、砕けた宝石を先輩に差し出す。
すると、先輩はそれをジッと見つめた後「この邪気は……」と呟くと、「こりゃ、さっさと最深部の調査に行かねぇとヤバいかもしれねぇな。アタシの勘が正しけりゃ……早く対処しねぇとえらいことになる……」と緊迫した声を上げた。
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「こいつは……魔痕……!!」
死骸の谷の最新部。
敵が巣食っていたと思われる大穴の底には、シューシューと瘴気を噴き出す穴があった。
大穴の底は霞のような瘴気に覆われ、小さなスライム状の物体が蠢いている。。
魔痕だと!?
魔痕……魔痕……。
なんだっけ?
「ほら! インフィート地下にあったアレっすよ! 魔王の瘴気を噴出する場所っス! ていうか私めっちゃ気分悪いっス……おぇぇぇぇぇ!!」
「大丈夫かミコト!? てか……なんか……俺も気分悪いかも……おぇぇぇぇぇ!!」
「きゃあああ! シャウト先輩! ユウイチ先輩とミコト先輩が吐いてます!! あっ……ちょっと貰いそう……おぇぇ!」
「だーーーー!! 何なんだオメーら! とにかくアレを封印しねぇと! アイ! ギルドバード飛ばして封印師要請しろ! この赤札使えば半日以内に来る! あとユウイチ! お前もへばってねぇでもう一仕事だ! ミコトはアイと一緒に離れて休んどけ!」
蹲っていたところを先輩に抱き起される。
なんすか……。
俺今船酔い2時間目くらいの辛さなんすけど……。
「幸いまだまともな眷属魔物が生えてくるほどの噴出量じゃねぇ。お前の冷凍技でアレを凍らせて塞いでくれ! 時間が稼げりゃそれでいい」
「わ……分かりました……。ちょっと体支えといてもらえますか?」
「おう。しかしオメーまでどうした? アタシとヤりあったのそんなにキツかったか?」
「そりゃキツかったですが……何なんでしょう。最近瘴気浴びると痛いときあるんですよね」
「おめぇミコトの体液舐めすぎて体質がミコトに似てきたんじゃねぇか? オラ! サラナポーションやるから頑張れ!」
そう言って白、黄色、緑、青、赤のハーブ、その他諸々で作られたドドメ色のポーション瓶を俺の口に押し当ててくる先輩。
ちょっとこれ……サラナに教えてもらったやべー味の……!
イエローだけで良いと言う前に、俺の首にビリビリと軽い電流が流され、抵抗できないまま一気飲みさせられてしまう。
うわ!
うっわ!!
まっず!!!
凄まじい味が口内に広がると同時に、全身に力がみなぎってくる。
凄まじい効力だ!
でもやっぱめっちゃマズい!!
俺は口内の不快感を耐えながら、双剣をX字に構えた。
「メガ冷凍ビーム!!」
蒼白色の光線が大穴の底で蠢く魔痕に着弾し、バキバキと凍結させていく。
周囲を這いまわっていた眷属スライム達も一斉に凍り付き、魔痕の周りがイソギンチャクの触手のような形の氷結晶で覆われた。
ミシミシと音を立てて揺れる結晶。
だが、即座に崩壊することはなさそうだ。
「よし、よくやったぜユウイチ。一時はどうなるか不安だったが、これで封印師連中が到着すりゃ、骸骨龍の事件はひと段落だ……」
そう言って先輩が俺の肩に治療電流を流してくれる。
ああぁ~気持ちいいこれ~……。
「今回はオメーに頼り切りだったなぁ」
「そんなことないですよ~。例によってまた無茶苦茶しちゃいましたし~」
「結果が良くなりゃそれでいいさ。アタシも今回オメーに助けられっきりだから偉そうなことは言えねぇよ」
「でも先輩」
「んあ?」
「いざって時に、犠牲引き受けようとするのはもうやめてくださいよ? 俺もミコトも愛ちゃんも先輩無しじゃやっていけませんし、コトワリさんだって助けなきゃいけないんですから」
「……ったく。アタシに説教するようになりやがったか」
「いいいいいいい! 先輩電流強いです!」
突然先輩の手から流れてくる電流が強くなった。
気持ちよさと痛さの中間くらいだ!!
いやちょっと気持ちいい寄り!!
「いいかユウイチ! 今ハッキリ言っとくが、アタシに何かあった時はオメーが後継者だかんな! もしもの時は、オメーが他の連中率いて生き残れよな!」
「いいいいいい!? 今そんなこと言われても困りますぅぅぅ!!」
「いつか来るかも知れねぇだろうがぁぁぁ! てめぇ今回随分こっ恥ずかしいこと言わせやがってぇぇぇ!」
「いびびびびび!! それ俺のせいじゃないでしょぉぉぉぉ! 勝手に諦めて臭いセリフ言い出した先輩が悪いでしょぉぉぉぉ!!」
気持ちよさと痛みのせめぎあいで痛みが上回りかけた時、ふと先輩の電流が止んだ。
「はぁ……はぁ……まあ、オメーがアタシを助けようとしてくれたのは正直……嬉しかったよ。それにオメー……その……頼もしかったぜ」
「……。光栄です」
「それに免じて、オメーの説教は聞いてやらぁ。アイとも約束したしな、この騒動が終わったらみんなで旅しようってな……」
「お、珍しく素直ですね」
「んだとぉ!?」
「しびびびびびびび―――!!」
先輩の電流が峡谷を照らし、俺の作り上げた氷結晶がイルミネーションのごとく輝いていた。