第27話:最期の一騎打ち!? 雷刃 対 釣神
「ユウイチ……! ミコト……! すまねぇ……! 力でも……魔力でも……抵抗が出来ねぇ……!!」
先輩の刃が鬼火に照らされた闇に閃く。
俺はその一閃を避け、ウォーターショットを放ちながら飛行スキルの形質変化で素早く距離を取る。
水流の直撃を受けた先輩は「うっ!」という悲鳴を上げた。
同時に、どこからともなく「ウゥ!?」という嗚咽が聞こえる。
やはり……。
「いやああああああああ!! こんなの……! こんなのいやああああああああ!!」
「愛ちゃん! 大丈夫っス! 私はそう簡単には燃えないっス!!」
横目に見れば、泣き叫ぶ愛ちゃんの火炎分身を相手に徒手空拳だけで立ちまわるミコトの姿があった。
愛ちゃんの火炎分身は斬る瞬間まで本物との区別がつかない。
うっかり本物を斬ってしまえば、この状況下での治療や解毒はほぼ不可能だろう。
ミコトは激しい炎に身を焼かれながらも、次々に襲い来る愛ちゃんの分身を拳と平手で張り倒し続ける。
彼女を傷つけずに抑え込むには、こうするしかないだろう。
「ユウイチ……! アタシを使え……! アイツの左半身がボロボロになってるの見ただろ……!! アタシを使ってあいつを倒せ……!!」
そう言いながら、荒い息をする先輩。
彼女の言う通り、闇の向こうにチラリと見えた敵の体は、丁度俺が凍結させた骸骨龍の左腰から肩にかけてのラインを激しく損傷していた。
俺が骸骨龍に放った攻撃は相手まで確実に伝達し、敵の体を崩壊させるダメージを与えていたのだ。
あれを、自分の体を使って再現しろと先輩は言っている。
先輩の言おうとしていることは分かるし、現状、敵を倒す一点においてはこれ以上にない良策だろう。
「アタシはもう十分に楽しく生きた」だの「お前らならアタシ無しでも大丈夫だ」だの、俺に覚悟を要求してくる先輩。
無論、そんな選択肢など存在しない。
先輩にはもっと長く楽しく生きて貰わないと困る!
俺は再びウォーターショットを放ち、双剣を構えなおす。
今度は、先輩は身を翻してそれを回避した。
サラナが居ない今、超凍結技の一切は使用不能だ。
うっかり先輩に一太刀でも入れてしまえば、治療不能の凍傷を与えてしまう。
冷凍ビームを直撃させるなど、もってのほかだ。
「ユウイチ……最後の手合わせといくか……」
俺が覚悟を決めたと思ったのか、先輩は穏やかな表情で俺を見つめる。
先輩も、何なら俺も悟っている。
あの人形の支配下では、先輩に俺と斬り合って勝つ目はない。
身のこなしは大仰で、剣術は全くキレがない。
そして最も恐れるべき魔法は、形質変化を一切伴わない直線的なものばかり。
剣術や魔法の稽古のたびに、そしてうっかり胸や尻を揉むたびに叩き込まれていたそれらとは似ても似つかない素人技。
操演として見るには、あまりにも下手くそだ。
全く命を吹き込めていない。
形質変化魔法や、複合魔法も飛んでこないあたり、敵は魔法の技能も低いのだろう。
何が悲しくてこんなヘロヘロの先輩と戦わないといかんのだ。
怒りさえ覚える!
「悲しいですよ……こんな弱い先輩を斬って終わるだなんて……」
「だが……お前に斬られて終わるなら、アタシはまんざらでもない」
「……行きます!!」
「来い!!」
俺は一歩踏み込んだ。
先輩はそれに数テンポ遅れて電撃魔法を放つ構えに入る。
「氷手裏剣!!」
俺は瞬時に生成した氷手裏剣を乱れ撃つ。
先輩は俺がテレポートで斬りかかって来ると思っていたのか、思わぬ行動に目を見開いた。
直後、先輩の体が宙に浮き、氷刃の閃きを回避した。
的を失った手裏剣は次々と木々に突き刺さり、カンカンカンカン……!という快音を森に響かせる。
「そこか!!」
宙に吊り上げられた先輩の頭上目がけて氷の刃を放つ。
ザン!という手ごたえがあり、先輩の体が宙に投げ出された。
だが、切った!と思うよりも早く、その体は再び空中に縫い付けられてしまう。
四肢を引き伸ばされ、「うぐっ!」と小さな悲鳴を上げる先輩。
「無駄ダヨォ! 僕ノ糸ハ魔ノ呪イ……。切ッテモ切ッテモ元通リ……」
見れば、先輩の手足、首、そして背中には謎の紋様が浮かび、そこから糸が伸び、やがて闇に溶け込んでいく。
あれが先輩と愛ちゃんを縛ってるわけか……!
「くそぉ!! どうすりゃいいんだ!?」
俺は慟哭した。
「ユウイチ……!! 何してる……!? アタシを斬……むぐっ!?」
「オ喋リハ無用ダヨォ。サア、醜ク殺シ合オウ!」
先輩の口が骨の轡で塞がれ、彼女の意志とは裏腹に、体が再び攻撃態勢に入った。
「くそおおおお!!」
俺は叫び声を上げながら、先輩目がけて手裏剣を乱射する。
だが、左右へ、そして上空へと動き回る彼女に一本も命中することはなく、木の音だけがカンカンと鳴り響く。
先輩は信じられないようなものを見る目で俺の方を見つめている。
すみません先輩……!
俺に出来ることはこれくらいです……!!
「はぁ……はぁ……はぁ……冷凍ビーム!! 冷凍ビーム!!」
俺は肩を激しく上下させながら、先輩の動きを目で追う。
追いながら、輝く一条の光流をまき散らし、辺りを濡らしていく。
先輩はそんな光線を左右に大ぶりな身のこなしで避け、時折よろけながらも俺に斬りかかってくる。
俺はそれをテレポートで躱す。
そんなやり取りが幾度か続いた後、俺は片膝をついた。
冷凍ビームやテレポートのような大技はエネルギー消費が激しい。
誰でも理解できることだ。
「万策尽キタヨウダネェ! 人間ハ人質ヲ使エバ戦エナイ……! 教エテモラッタ通リダ!」
「むーーーーー!!!」
勝ち誇ったような人形の叫び声と、先輩の声にならない悲鳴が木魂し、短剣を振りかざしながら彼女は飛びかかってきた。
俺の脳裏に、死んだ親父が集めていた特撮コレクションの映像が走馬灯のごとく流れていった。
「はぁっ!!」
刹那、闇を裂いて蒼白の閃光が駆け抜ける。
空中にあった先輩の体がバランスを崩したのが見えた。
そしてそれに遅れること1秒。
「アギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
闇が退き、その向こうで凍り付いた胸を抑えて蹲る人形の姿が見えた。
まんまと騙されてくれたなぁ!!
俺はその人形の元へテレポートし、妖しく光る宝石のような器官を叩き切る。
バリン!という音と共に、人形を覆っていた禍々しい鬼火が消え、カタカタと動く骨細工の古い人形が湿った土に横たわった。
振り返ると、フラフラと立ち上がる先輩の体に刻まれていた紋様は消えている。
「俺の勝ちだ」と、人形に指を指すと、「ナ……ゼ……」と言いながらこっちを向いてきた。
ひい!! まだ生きてた!!
俺は「お前に教える道理はない! 悪霊退散!!」と叫びつつ、最近ご無沙汰だった首狩りガイコツくんストラップを握り込み、その顔面を思い切り殴った。
その一撃で骨人形は完全に動きを止める。
まあ、トリックとしては簡単だ。
手裏剣を撒いて木々に据え、冷凍ビームに見せかけた光るウォーターショットで先輩を誘導し、手裏剣に糸を引っ掛けることでその張られ方を把握し、操者に通じているのはどの角度から伸びる糸かを探っただけである。
相手は気にも留めていなかったようだが、氷手裏剣に触れて糸が切れると、先輩の体は目に見えてバランスを崩す。
そうやって、どの方向から伸びている糸が先輩のどの部位に対応しているのかを探った後は、敵の位置候補を複数箇所仮定し、そこ目がけて単発の氷手裏剣を先輩へのけん制に見せかけて投げ、最終的に一か所に絞り込んでいく。
最後に、万策も魔力も尽きた素振りを見せて、相手に大技を使わせ、その大きな隙を突いて、乾坤一擲のロングレンジ冷凍ビームを撃ち込んだというわけだ。
先輩の目には、よほど俺が気でも触れたように見えたことだろう。
そりゃあんな顔もする。
………。
まあ!
上手くいってよかった!!
マジでよかった!!
操演の豆知識を授けてくれた親父の遺品には感謝である。
「ユウイチ……!!」
「はっ! はい!!」
いつの間にか俺の背後に回り込んでいた先輩が肩を勢いよく掴んだ。
えーっと……。
すみません、また無茶しました……。
「ありがとう」
先輩の手が俺の頬を撫でた。