第26話:不意の一閃
「何だこいつら!? ゾンビやアンデッドとは全然違ぇぞ!」
先輩が短剣を振り回しながら叫ぶ。
骸骨達は攻撃を与えるとバラバラに砕けるが、瞬く間に周囲の骨を取り込んで復活してしまう。
しかも距離をとれば追ってこないかと思えば突然崩れ落ち、すぐ傍にある別の骨が動き出して襲い掛かってくる。
それだけではない。
先ほど降ってきたような巨大蜘蛛の死骸や脱皮殻、そしておそらく巣にかかって食い殺されたであろう飛竜の頭蓋などが隕石の如く降ってくるのだ。
落ちてくる死骸を警戒して上を見ていると、突然生えてきた骸骨に襲撃される。
骸骨ばかりを警戒していると、上から落ちてくる死骸に対応できない。
しかもそれらには感知スキルやオートガードは効かない。
俺達は正体不明の敵を相手に、窮地に陥った。
テレポートで逃げるべきか。
それとも、危険を冒してでも敵の尻尾を掴みにかかるか。
いつもなら即座に逃げを打つ俺だが、魔王を取り逃がした件が脳裏をよぎり、ほんの一瞬迷ってしまった。
「ちぃっ! しまっ……ぐはぁ!!」
「ちょっと! 放しなさい! うっ! 痛っ!!」
「先輩! 愛ちゃん!」
その僅かな隙に、背後から出現した謎の骨格に上半身を包み込まれるように拘束され、骸骨からの激しい殴打を浴びせられる先輩と愛ちゃん。
先輩は電撃で脱出を試みるが、骨の拘束を振りほどくことが出来ない。
その頭上から、蜘蛛の死骸が降ってきた。
「ウォーターブラスト!!」
俺は咄嗟に激流魔法を放ち、2人の頭上に迫る蜘蛛を吹き飛ばした。
「今助けるっス!!」と飛び込んだミコトが、2人に群がっていた骸骨群を大剣で薙ぎ払い、2人を縛る骨格を引きちぎった。
砕け散る拘束骨。
その継ぎ目にほんの一瞬、妖しい光を放つ糸が見えた。
蛍光のような小さな光が消えた直後、まるで糸が切れるように崩れ落ちる拘束骨格。
ん!?
「先輩! 俺敵の正体分かったかもしれません! 愛ちゃん! とりあえず上の蜘蛛の巣思いっきり焼いてくれ!」
俺は善は急げとばかりに愛ちゃんに指示を出した。
俺の読みが正しければ、これで相手の動きを見極めやすくなるはずだ!
「んあ!? ユウイチお前何を……」
「分かりました! ボルカニック・アローボルト!!」
「おっ! おい!?」
先輩が何か言う前に、愛ちゃん渾身の爆炎魔法矢が、空を覆う霞目がけて次々に飛んでいった。
ボワッ!!
そんな音を立てて空が一瞬にして真っ赤に染まる。
瞬間、辺り一面でカラカラと揺れていた骸骨達が音を立てて崩れ落ち、その動きを止めた。
そして太陽の光が見えたと同時に、峡谷の空を覆うほどの巣に絡まっていた巨大蜘蛛の死骸や抜け殻や飛竜の骨、そして大量の砂やら木やらが降り注いだ!!
うわぁ!!
やっべぇ!?
「ユウイチ! ミコト!」
先輩が叫びながら、愛ちゃんを投げつけてきた。
りょ……了解です!
「「テレポート!!」っス!」
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「こんのバッカ野郎!!」
「痛ってぇ!? ご……ごめんなさい……」
命からがら戻ってきたベースキャンプ。
久々にガチの鉄拳制裁を食らう俺。
そりゃそうだ……。
本当に申し訳ない……。
「まぁまぁ先輩……一応みんな無事っスし……死ぬかと思ったっスけど……」
「雄一先輩にも何か考えがあってのことですよ……」
と、ミコトと愛ちゃんがフォローしてくれるが、「オメーらも甘やかしすぎだ!」とデコピンを食らっている。
「ったく……。オメーらのおかげでアタシとアイが助かったのは間違いねぇ。だが、そこからの独断は余りにも無茶苦茶だぜ。ちょっとは頭の上の状況考えろよ」
「すみませんでした……」
「んで? オメーは何を見破ったんだ?」
先輩がため息をつきながら焚火の傍に胡坐をかく。
俺達も目線で促され、同じように座った。
「あの敵たちは多分、操演です」
「ソウエン?」
「なるほどっス!! ザックリ言うと操り人形のことっス!」
「操り人形……。 つーことは……あの龍や骸骨連中を糸で操ってる奴がいるってことか?」
「はい。それなら、敵の実体までダメージを到達させる特性を持った俺の攻撃だけが骸骨龍に効いた説明もつきますし、この峡谷に一つだけあった敵意の反応も、骨を操る魔物か何かかと……。よく考えたらあの骸骨軍団、俺への攻撃は妙に消極的でしたし」
「確かにあの環境なら、糸に気付きにくいですよね」
先輩は「なるほどねぇ」と腕を組んだ。
思えばあの龍、蜘蛛、骸骨は子供の頃見た古い特撮番組の操演動作にそっくりだった。
この推理が当たっているなら、特撮マニアだった故・親父殿に感謝である。
まあ、当たっていればの話だが……。
「いや、こういう時のオメーのカンはよく当たる。うっし! 一旦態勢を整えて、早いうちにその敵を炙り出しにかかるぞ。逃げられたらたまったもんじゃねぇ」
そう言って先輩が立ち上がった。
シュッ……
直後、鋭い痛みが俺の頬を撫でた。
灼けるような痛みと同時に、赤い血が小さなしぶきとなって視界の左側に弾ける。
え……先輩……?
なんで……?
血しぶきの向こうで、先輩が俺と同じような、何か信じられないものを見るような目で俺の目を見つめていた。
2人の間には、鋭く振り出された先輩の短剣が一閃を描いていた。
「雄一さん!?」
「せ……先輩いきなり何してるんですか……!?」
「な……なんだ!? 分からねぇ!? 今アタシは一体……!?」
先輩の怪行動に、ミコトと愛ちゃんが身構える。
咄嗟に回避しようとしたのか、俺の頬の傷はさほど深くはないようだ。
ミコトが慌ててかけてくれた治療魔法ですぐに痛みは引いた。
「雄一先輩危ない!! 避けてください!!」
今度は愛ちゃんが突然叫んだ。
見ると、俺目がけて魚骨の弓を引き……。
「危ないっス!」と突き出されたミコトの掌が、飛来した火炎の矢を叩き落とした。
同時にミコトは俺を抱えたままバックステップで二人から距離を取る。
何かが2人の身に起きている……!
「ヨク見破ッタネェ?」
やたら甲高い声がベースキャンプに響く。
この声は!?
「マアデモ……モウ手遅レカモシレナイネェ!」
声のする方を見上げると、シャウト先輩と愛ちゃんの背後から妖しく光る鬼火が現れたかと思うと、2人の両腕が勢いよく左右に引き伸ばされる。
「うっ!」「痛いっ!」と小さな悲鳴を上げる2人。
「コノ地ヲ任サレテイル以上……生キテ帰スワケニハイカナイネェ!!」
鬼火はやがて無数の腕を持つ不気味な人形に姿を変え、広げたその腕を威嚇のようにカラカラと鳴らす。
人形が「イケ!!」と腕を突き出すと、それに連動して愛ちゃんと先輩が苦悶の声を挙げながら姿勢を変え、俺達目がけて飛びかかってきた
「ユウイチ!! ダメだ!! 避けてくれ!!」
「ミコト先輩!! 嫌あああああああ!!」
2人の初激を躱した俺とミコトの視界から、あの人形は姿を消し、代わりに辺りを深い闇が覆っていた。
「サア! 戦エ戦エ!」
笛のような甲高い声が、暗闇のいずこからか響いた。





