第24話:死骸の谷と毒食いの獣
「あれが……死骸の谷……」
俺達の東方高原の奥地にそびえる黒い峡谷。
依頼主とギルド本部からの指示に従い、やって来たはいいが、これはなかなかの威圧感だ。
死骸の谷とは、スカラープの街の東に位置する大規模な峡谷で、様々な種の魔物の亡骸が大量に堆積している。
既に人魔大戦気には今と同様に死骸で埋まっていたという。
死期を察した魔物が向かう場所だとか、魔物をおびき寄せて食らう何者かが潜んでいるだとか、もしくは誰かが大陸中から骨を拾い集めてくるとか、言い伝えの類はあるが、未だにその原因は不明とされている。
そして不可解なことに、ドラゴンの骨だけは決して見つからない。
「らしいっスよ」
そう言ってミコトが大陸東方の地理学本を閉じる。
解説ありがとう。
そんなところになぜ来ているかというと、あの巨大ガイコツドラゴンの骨の出所が、ここではないかと推測されたためだ。
これまで幽骸龍が目撃されたのはスカラープの街と、帝国軍東方宿営地の付近にある小規模な峡谷。
スカラープの街周辺や、東方宿営地付近の峡谷周辺で、あれほど大きく、かつ、多種多様な魔物の骨を調達できるとは考えにくいらしい。
そこで疑われたのが死骸の谷とのことだ。
「死骸の谷ってなんか嫌なこと思い出しますね~。ほら、あの骨だらけの部屋みたいな」
愛ちゃんが「うへぇ~」という感じの顔をした。
ああ~……。
影の遺跡ダンジョンの時か……
ひどい目に遭ったよねあの時は……。
あの時は絶望的な戦力差を感じたヒョウノだが、なんか知らない間に大怪我したのか、えらく弱体化していき、最期はあっさりと死んでしまった。
十中八九、悪魔なんかとつるんだせいで闇の力みたいなのに蝕まれたんだろう。
知らんけど。
「ユウイチ、ミコト。なんか気配感じるか?」
「いや~? 下手したら何の感知もないですよ」
「私もそんな感じっスね……」
感知スキルを研ぎ澄ましてサーチする俺とミコト。
峡谷の入口は深い森になっているが、感知スキルには脅威となり得る存在の感は何もない。
こういうのもちょっと異質かもしれない。
普通、こういう森には大型魔物や大型獣を頂点とした生態系が存在するものだが……。
本当に静まり返っている。
思えば、虫の鳴き声も聞こえない。
やばっ……ちょっとゾクっとした。
「えー! どうしましょう先輩! 呪いとかお化けの仕業かもしれませんよ!」
「バッ……! アイ、オメェそういうこと言うのやめろよ!」
「だってドラゴン鬼火引き連れてたんですよね!? 鬼火って死者の霊魂が火になったものですよ!?」
「ま……まあ鬼火って言ってるのは俺だけだけど……。ただ、あの声はとても幽霊のそれって感じはしなかったんだよなぁ……。なんかすんごいピョコピョコした声でさ、何だろう……? モザイクかかった子供の声みたいな……」
「子供!? 子供のお化けって祟りの力が大人のよりも……」
「だー! オメェはちょっと黙れ!」
「ムグー!!」
先輩の小脇に挟まれて黙らされる愛ちゃん。
そうか先輩お化け苦手なんだったな……。
俺は釣りしてるからある程度耐性あるんだが。
「まあ気味は悪いが……野営するにゃ丁度いい環境だ。とりあえず峡谷手前の森ん中でベースキャンプ立てんぞ」
ムームーと唸る愛ちゃんを抱えたまま、森に踏み入っていく先輩。
俺とミコトもその後を追った。
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「意外と普通の森っスね。なんか霧がかってるっスけど」
「こういう霧って、向こうから何かが見てそうで怖いで……ムグー!」
「オメェそういうことマジでやめろ……」
森の中は薄っすらと霧がかかっていて、確かに愛ちゃんの言う通り何か出そうな雰囲気だ。
まあ、実際には峡谷から吹いてくる風が水分を多量に含んでいて、それがこの森の中で冷やされて霧になるという、至って自然なメカニズムによるものだろう。
ただ、感知スキルには本当に何の感知ピークが立たない。
注意深く生き物の痕跡を探ってはいるが、糞や縄張りを示す爪痕なども見当たらない。
やはり、強大な魔物、獣の類は生息していないようだ。
思えばこの辺りの植生は針葉樹。
低木も少なく、木の実などは殆ど無い。
広葉樹林のそれとは異なり、多くの生物を養ってくれるほどの恵みは無いのだ。
時々針のないヤマアラシのような動物が俺達を気にするでもなくノソノソと歩いているが、その危機感のなさからも、強大な捕食者がいる環境ではないことがうかがえる。
まあ、俺達には好都合だ。
俺達はちょうどお誂え向きの平坦な場所にキャンプを設営し、休憩をとることにした。
こういう時、本当に俺のキャンプグッズ召喚スキルは便利だ。
針葉樹林だけあって、野草の類には乏しいものの、何種かのキノコが獲れたので、ミコトに鑑定してもらい、毒の無いものだけを選りすぐる。
それをスカラープの街で買った魚の干物と一緒に焚火で焼いて食べるのだが、これが松茸とか野生エリンギみたいな味で大層旨い!
収穫して持って帰りたいところだが、今はクエストの最中だし我慢我慢……。
「あー!! ダメ―!!」
突然愛ちゃんが叫んだ。
え!?
何!?
見ると、鑑定の結果打ち捨てた毒キノコを、あの針無しヤマアラシがモソモソと食べている。
愛ちゃんの叫び声を聞いても、一瞬愛ちゃんの方を見上げただけで、すぐに毒キノコを食べ始めてしまう。
彼女が慌ててその獣の元に駆け寄った時には、既に毒キノコは全て平らげられていた。
「あーどうしましょう先輩! この子死んじゃうかもしれませんよぉ!?」
ワナワナする愛ちゃん。
ミコトが「解毒魔法とか効くっスかね!?」と魔法をかけに走って行ったが、獣は何食わぬ顔でトテトテと歩き、今度はミコトの背中の剣をフンフンと嗅ぐ。
「やーん! 後ろ回り込まないで欲しいっス~! 魔法かけてあげられないっス~!」
そう言いながら、獣と一緒にクルクル回るミコト。
なんかちょっと面白い。
そうこうしている内に、獣は剣から興味を失い、テントのタープを固定している木の根元に歩いて行ったかと思うと、毒キノコと同種と思われるキノコをモシャモシャ食べ始めた。
あれ?
アイツ毒キノコ進んで食べてない?
「なに騒いでんだオメーらは……。そいつ毒のあるもん専門で食う獣だぞ。名前は確か……ブーってアタシは呼んでたが……通称忘れたわ」
その獣は「ブー」という低い声を出すと、霧の向こうへノソノソと歩き去って行った。
先輩知ってたんすか……。
「知ってるも何も、だいぶ前に飼ってたことがあってよ。毒の餌調達すんのがクソめんどくさくて、薬師の婆さんに譲っちまったがな。ちなみにアイツの糞は解毒剤の原料にもなるってんで、結構重宝されてんだぜ」
「え。じゃあこの解毒ドリンクって……」
「製法は薬師によるから分かんねぇけど、使われてる可能性はあるな」
クエストを前に、なんか解毒ドリンクが飲みにくくなってしまった……。