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第6話:深海の異変・岬の怪




 翌日の昼下がり、俺は磯から釣り糸を垂れていた。

 背後のテントからは、ミコトとシャウト先輩の大イビキが聞こえてくる。

 ついさっきまで海を見張っていて、相当疲れたのだろう。

 なにせ二人は昨日の夕方からぶっ続けである。

 そんな二人と交代して、これからは俺が8時間余り一人で海を見守るのだ。

 ……無茶苦茶暇だ。



 昨晩出現した幽霊船とルナ・シーサーペント、そして全てを飲み込む大口。

 アレは恐らく、というかどう考えても初日に釣り上げた謎のチョウチンアンコウの化け物だろう。

 なにせ波間に見えた鋭い牙の形状が、シャウト先輩に食いついたあの口と瓜二つだった。

 普通は魚に対して使う誘引突起(頭に付いてる提灯のこと)を船型に光らせ、近づいてくる船舶を襲って食っていたに違いない。

 しかし、ただの魚ながら凄まじい強さだ。

 海の魔物最強クラスの一角を占めるシーサーペントを、不意打ちとはいえ一方的に食い殺してしまったのだから……。


 しかし、本来深海に潜むはずのチョウチンアンコウがなぜ海の表層で捕食活動を行っているのだろう?

 この海域にはテイオウホタルイカが多く分布しているので、あのサイズと言えどもエサには困らないはずだ。

 シーサーペントを捕食してしまう強さの持ち主なら、テイオウホタルイカ程度容易に食ってしまうだろう。


 一応、シャウト先輩は途中経過として

「幽霊船の正体は巨大深海魚だった。出没の謎を引き続き調査する」

 という旨の報告書をギルドバードに付けて飛ばしていた。

 正体判明! クエスト達成! とはいかないようだ……。



「しかし釣れねぇな……」



 今日は初日と同じ深海用の胴突き仕掛けなのだが、妙なことに、先ほどから全くアタリが来ない。

 潮の流れも悪くないのだが……。

 先ほどから、黒いドロドロとしたノリのような物体が針に纏わりついてくるのと何か関係があるのだろうか?

 調べようにも、その物体は水から上げるとまるで煙のように蒸発してしまい、採取することさえままならない。

 何だこれ?


 まあ、幸い一昨日、昨日釣った魚も残っていることだし、今日一日釣れなくても構わないといえば構わないのだが……。

 やはりボウズだけは何とか避けたくなるのが釣り人の性というもの。

 ひたすらロッドをしゃくり、時折エサを取り換え、一人寂しく釣りを続ける。



「お!」



 太陽が水平線に消えかかった頃、待ちに待った魚信が穂先に伝わってきた。

 グーン! グーン! という、緩急の激しい引きが竿を大きくしならせる、エイのようなファイトだ。

 間違いなくデカい!

 重い引きの隙を突き、ポンピングでグングンと巻き上げていく。

 やがて、夕日に染まる水面に、黒い影が現れた。

 

 岩陰に隠れてしまい、よく見えなかったが、1mは優に超えているだろう。

 岩に糸を巻かれないよう竿を立て、持ちこたえるが、「ガン!」という衝撃と共にビクともしなくなってしまった。

 まずい!

 あのサイズで根に潜るとは……クエやハタの類だろうか。

 しかしこうなってはお手上げである。

 魚が岩場から出て来るまで待つしかない。

 魚と釣り人の根競べだ。


 しかし、ここから魚は思いもよらない動きを見せた。

 なんと、ゆっくりと上昇し始めたのだ。

 相変わらずこちらのポンピング、リーリングには全く動じない。

 あれ……? なんかおかしくない?

 まるで岩場をがっしりと掴んで、俺のいる場所目がけて這い上がってきているような……。

 そして、ピッ……ピッ……と敵の存在を告げる感知スキル。

 溢れる違和感に、恐る恐る下を覗き込んでみた。



「ピョオオオオオオ!!」


「うおわあああ!?」



 突然、魚のそれとは思えない絶叫を浴びせられ、尻もちをつく。

 え!? 何今の!?

 一瞬見えたその姿は、真っ黒な体にぎょろりとした目、そして人間のそれとそっくりな四肢を備えた魚顔の生命体であった。

 ていうか、いわゆる半魚人……。

 魔物か!



「ゲッ……ゲッ……」



 その声の主は、ゆっくりと磯に這いあがり、こちらをまじまじと見つめてくる。

 自分の口に突き刺さる針と、そこから伸びる糸を辿り、自分に危害を加えたのが俺だということを確認したようだ……。

 同時に、感知スキルのエコーがみるみる激しくなり、「キーン! キーン!」と警告音を発し始めた。

 ヤバい気がする!!



「ミコト! 先輩! 敵です!!」



 本能的に身を翻し、テントの元へ走る。

 背中に激しい衝撃。

 オートガードが発動したのだ。

 グレードアップしたオートガードスキルは、以前とは比べ物にならない程強固になっている。

 それを揺さぶるほどの衝撃。

 明らかに雑魚魔物のそれではない。


 盛大に転び、岩場に足を打ち付けた。

 痛ってぇ……。

 振り返ると、その半魚人は夕日をバックに何やら液体弾を吐きつつ、迫ってくる。

 テントからは未だに大きなイビキが聞こえ、二人が全く気付いていないことを示している。



「フロロバインド!!」



 フロロカーボン120号を召喚し、その体をグルグル巻きに拘束する。

 両足を縛り付けたのが効いたのか、半魚人は勢いよく倒れ、岩場に転がった。

 口元まで縛ったので、敵の攻撃手段は完全に封じているはずだ。

 しかし表情ひとつ変えないのが恐ろしい……。


 その隙にテントまで走り、片腕を突っ込んで俺の短刀を探る。

 柔らかい感触……これはミコトの尻だな……。

 これは太腿……。乳……。隣のふた回り以上小さいのはシャウト先輩のだな……。

 あ、この人腰から太腿のライン張りがあって凄い良い……。

よし! あった!

 新品の短刀を取り出し、岩場でクネクネともがく半魚人のもとまで走り、その勢いのまま首元に突き刺した。



「ゲェッ!!」



 という断末魔と共に、どす黒い液体が噴き出し、半魚人はビクビクと痙攣した後動かなくなった。



「はぁ……はぁ……やった!」



 思えば久々の魔物討伐だ。

 しかも単独撃破はいつぶりだろう。

 岩場にへたり込み、しばし勝利の余韻に浸っていると、「ピッ……ピッ……」という感知音が脳内に響いてきた。



「敵!?」



 立ち上がり、辺りを見回す。

 敵影は見えない。

 だが感知スキルは「ピピッ…… ピピピッ…… ピピピピピピピピ……」と、無数の敵の反応を感知している。

 その音は感知から警告音に変化し、同時に辺り一面から「ゲゲ…… ゲゲゲ……」という鳴き声が聞こえてきた。


 嘘だろ……!?

 そう思うより先に、海側から多数の液体弾が飛んできた。

 オートガードが反応するが、その衝撃で体が揺さぶられる。

 脳震盪起こしそう……!



「ミコト! 先輩! 起きてください! ヤバいです!!」


「言われなくても分かってらぁ! サンダーブレイク!」



 いつの間にか背後に立っていた先輩が構える片手剣から、激しい雷光が放たれる。

 ドーン!という音とともに、四方を囲むように立っていた半魚人の群れがバタバタと倒れ伏した。



「てやああああああ!!」



 シャウト先輩は片手剣をバックハンドに持ち直し、倒れる半魚人達を次々に切り裂き、止めを刺していく。

 やっぱりすげぇ……。

 無数にいるとさえ思えた半魚人軍団は、瞬く間に討滅されてしまった。



「先輩……流石です……」



 沈んだ太陽の残光をバックに戻ってくる先輩のカッコよさに感動を覚えていると、「キーン!」という警告音が脳内で鳴り始めた。

 え? まだ敵いる……?



「先輩! まだどこかに敵が……」


「こんの……エロスケベ野郎!!」



 先輩の電撃ビンタがオートガードよりも遥かに高速であるというのを、俺は思い知らされたのだった。


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