第19話:運命と使命の岐路
かの戦いから3日としないうちに、嘆きのコーガは廃城へ戻り、その恐るべき力で辺り一帯の支配を再開し、村を脅かしていた魔物達の活動が沈静化したことで、俺達の調査は終わりを迎えることとなる。
サラナとミコトの生体調査によれば、嘆きのコーガは老齢ながら、細胞の活動が幼体かと思えるほどに活発で、加えて常時発情期というまさしく異常な個体であった。
ブラッドレックスはメスがフェロモンに集まってきた雄と戦い、自分を打ち倒した強い雄と交尾を行うという特性があるのだが、嘆きのコーガはその特性が完全に暴走状態に陥っていて、それがひたすらに同種の雄を誘い、襲い、殺し続けるという異常行動を引き起こしているのだろう。
恐ろしい存在であるにも関わらず、営巣地周辺に雄個体が多数いることは、そういうことだったのだ。
そして、成体の雄しか狙わないことから、オスや他の魔物による幼体の殺傷を避けたい子育て中のメス個体もコーガの廃城の周辺で営巣する。
異常個体による支配が、不思議な生息環境を生み出していたのだ。
よって、現状において嘆きのコーガを討伐するのは、かえって地域住民の不利益となる可能性が高いだろう。
俺達のやたら分厚い報告書は、そうやって結ばれている。
一応これがメインのクエストだったのだが、随分と他に書くことが多くなってしまった。
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「魔王新生! 新たな人魔大戦の火種か」
「雷刃パーティ 異変の根源を突き止める」
「雷刃・釣神・天楔 深海の悪魔と金色蛇龍を撃破 大戦果か」
報告をうけ、冒険者ギルドの息がかかった新聞が、俺達の戦果をこれでもかと持て囃す。
今回の戦いで俺達は、間違いなく多くの戦果を挙げた。
大陸に起きている異変の根源を突き止め、首謀者の一人を仕留め、荼毘に臥した。
生き残っていた稀少なドラゴンに大ダメージを負わせ、敗走させた。
敵に奪われたミコトの魚を取り戻し、戦力に加えることに成功した。
だが、災いは去った。
去らせてしまった。
冒険者ギルドから距離を置く新聞、特に農業ギルドの機関紙などからは「幼体の魔王を取り逃がす失態」だの、「村人に被害多数 南西部農園地帯の損害は冒険者ギルド負担が妥当」だのと、だいぶ手ひどく書かれてしまった。
しかし、そう言われても無理はないだろう。
俺達は魔王幼体の放った眠りの呪いを受け、まんまと一網打尽にされてしまい、サラナを残して魔王の餌にされるところだった。
サラナが運よく呪いに囚われなかったから助かったものの、あっさりと全滅の危機を迎えていたのだ。
しかも運よく助かったその後は、自分達が生き残ることに精いっぱいで、村人たちを守ることに意識を向けることが出来なかった。
村長からは、あの状況下では仕方ないと言ってもらえはしたが、魔王によるドレインを食らい、フラフラで廃城から外へ逃げた数人が魔王の気配に集まってきたブラッドレックスの犠牲者となってしまった。
「なんでお母さんを……妹を守ってくれなかったの?」と、泣きながら俺の腕を引っ張ってきた女の子の表情が忘れられない。
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「じゃあ私は行くね。短い間だったけど、いい経験になったよ」
「ああ。皆によろしくな」
「うん。後は私達に任せて。絶対に魔王を討ち取って見せるから!」
都でしか買えないレアな薬品がたっぷり入ったリュックを揺らしながら、サラナが夏風の吹く飛行甲板へと登っていく。
レフィーナの仇が何者か分かった今、サラナは一刻も早くデイスへ戻り、その追撃任務に戻らなくてはならない。
かの凶星は、出征港やアーチンの町からさらに北へ飛ぶ姿が目撃された後、今度はカトラス上空を通過して大陸西方へ飛び去ったという。
ああ。
それがいいだろう。
魔王を討つのは勇者様と相場が決まっている。
俺はそこに至るまでの道筋をつけた。
それだけで十分だ。
「行かなくて良かったのか? オメーも今回の件は腹に据えかねたろ。ギルドに言ってやってもよかったんだぜ?」
飛び立っていく飛行クジラへ「お元気でー!」とか「また一緒にご飯食べるっスー!」とか叫んでいるミコトと愛ちゃんを尻目に、俺の横で先輩が呟く。
レフィーナの苦悶や悲しみに寄り添ってやりたい感情は確かにある。
だが、俺の使命はきっとそこにはない。
「俺は俺が為すべきことをしますよ」
「そうか」
「コトワリさん。早く見つけましょうね」
「ああ。絶対に助け出してやらねぇとな」
凍り、崩れたレッサーダゴンの体内にコトワリさんはいなかった。
恐らく、どこかに幽閉され、必要な時のみああやって「使われている」のだろう。
つい先日の南方真珠異変もこれで合点がいく。
コトワリさんが天界へ戻るために使う力を制御し、位の高い官憲天使というアクセス権を使って天界のライブラリへアクセス。
あとは目ぼしい生体を魔物化してこの世界に引き込めば、わざわざラビリンス・ダンジョンなどという回りくどい手を使わずとも、外来種投入完了というわけだ。
しかもシレっと自分の変身形態にも取り込んでやがるし……。
だが、ギルドは俺達にコトワリさんの救出任務を与えてはくれなかった。
ますます異変や、強力な魔物が増える大陸。
二つ名持ち3人を無名の冒険者の救助の任に向けるほどギルドの戦力は潤沢ではないのである。
ただし、レッサーダゴンの調査、追跡は継続せよというサブクエストは与えてくれた。
既にギルド公式の名を借りて情報収集依頼を出しており、いくつか有力と思われる情報も入ってきている。
「すぐにでも向かいてぇが……。まずは一仕事だ。行くぜオメーら!」
だが二つ名の肩書きは、私情を優先して動けるほど軽くはない。
先輩の声に従い、俺達はギルドのクエストカウンターへと向かった。
ふと振り返ると、見覚えのある黒髪長身の女がこちらを見つめている。
瞬きする間にその姿はかき消えたが、俺は「愛ちゃんに地獄は見せません 絶対に」と心の中で応えた。