幕間: 夢 ひとつめ
「愛! 来るな! 愛! ぐああああああああ!!」
闇に包まれた回廊の遥か先。
淡い光を放ちながら、暗黒の拳に握りしめられて苦悶の声を上げる黒髪、長髪の女。
その頭上には、白い輪が浮かんでいる。
「コトワリさん! 待っててください……! 今行きます! 今行きますから!!」
吹き荒ぶ漆黒の風をやり過ごしながら、コトワリと呼ばれた女の元へとゆっくりと、しかし確実に突き進んでいく栗毛の少女。
「ぐああああああ!! 愛……! 来る……な! うぐああああああああ!!」
握りしめる拳が邪悪な色の電撃を放ち、一層激しく苦しむコトワリ。
しかし、愛と呼ばれた少女は止まらない。
「嫌です! 絶対助けます! 絶対に……!! コトワリさんは、ちょっと頭が固くて、嫌という程真面目で、時々鬱陶しくて……でも……! 私を何度も助けてくれました……! 今度は……私が……コトワリさんを助ける番なんだあああああ!!」
闇を斬り裂きながら、コトワリへと手を伸ばす愛。
コトワリとの距離が急速に近くなり、その手がコトワリに触れそうになった。
しかし次の瞬間。
コトワリの表情が恐ろしい形相に変わる。
「私を助けるだと? 君がすべて悪いというのに」
「えっ!?」
「君は私達と共に正義の理に従い、悪と戦う素振りを見せながら、裏ではあの転生者連中と繋がりを持ち、奴らをまんまとのさばらせた」
「え……そんな……でも私は……」
「形勢不利と見るや、即座に雄一に鞍替えし、今度は正義気取りで二つ名などを賜るとは恥知らず甚だしい」
「やめて……! 私だって……元の世界に戻れるのなら……って思った……でも……先輩がこの世界での夢を……希望を……生き様を見せてくれたから……私は……!」
「何を自惚れている。君に正義があるというのなら、私はなぜこのような苦難を受けている。誰のせいで……私は悪魔の虜囚になっていると思っているんだ!!!」
「そんなの……私には……」
愛が言い淀んだ瞬間、手が届きかけていたコトワリがの姿が、一瞬にして遠ざかって行った。
「ぐあああああああああ!! 愛! 愛!!」
恐ろしい形相がまるで嘘のように、遥か彼方で助けを求めるように愛の名を呼ぶコトワリ。
だが、その姿を見ても、愛は再び走り出すことが出来なかった。
「私は……私は……!!」
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「アイちゃん? 大丈夫?」
草木も眠る真夜中。
うなされている愛に気付いたのはサラナだった。
「サラナさん……ごめんなさい……私……怖い夢を……」
「それは可愛そうに……あんな大変なクエストが明けた後だから心が疲れちゃったんだね。今私の特性スリープドリンクを作ってあげよう」
サラナはそう言うと、フラスコを取り出し、そこへ怪しげな液体を数種類注ぎ、あれやこれやと魔法をかけ、ボン!と白煙を立たせた。
「すごい……アニメの魔法使いみたい……」という愛の言葉に「ん? なんだかよく分からない単語が……アイちゃん寝ぼけてる?」などと応えながら、サラナは美しく透き通った赤色のドリンクを愛の目の前に差し出す。
「アイちゃんって赤っぽいイメージだからさ、それをイメージして作ってみたよ。ささ、飲んでみてよ」
「わあ! ありがとうございます! んっ……。 美味しいです! それになんだか……勇気が湧いてきて、体があったまってくるような……」
「よし! 成功みたいだね! 心の中の勇気を掻き立てて、悪夢や呪いへの耐性を付けさせる用途に使えるかなって思ってたんだ。大成功~」
サラナは愛の目の前でサムズアップして見せた。
恐怖が引き潮のように引いた愛は、コクンコクンと早くも船をこぎ出す。
サラナはベッドから落ちそうになる愛を「おっとっと危ない危ない」と言って抱きかかえると、そのまま横に寝かせ、タオルケットをかけた。
サラナは愛がスヤスヤと安堵した表情で眠っているのを確認すると、脱いでいた耐毒耐酸コートを羽織りなおし「よしっ! この調子でもうひと頑張りしなきゃ!」と、ミニ研究所と化した来客用寝室へと小走りで戻っていった。