第17話:復帰クエスト! 金色蛇龍
石床をぶち抜いて現れた長大な龍。
体をゆったりと捻りながら、その美しくも威圧的な姿を俺達に見せつける。
その逆立った鱗が広間の石壁を焼き菓子のごとく削り取り、辺りに瓦礫をまき散らした。
砕けた外壁の外には、白く輝く月が見えた。
月光を反射して輝く金色の逆鱗。
「金色蛇龍……ゾラダラーガ……!」
先輩が緊迫した声で呟いた。
金色蛇龍・ゾラダラーガ。
遥か地底を住処とするドラゴンである。
その巨体は大地を揺らし、山を崩し、溶岩を地表へと導くと言われている。
全身に逆立つ逆鱗で岩盤を削り砕き、まるで地底を海のように泳ぐ。
超高圧の地底で熱され、加圧され、そして削られた鱗はあらゆる攻撃魔法や携行武器を弾き、金のごとき輝きを放つ。
地底を祖先の故郷とするドワーフが口伝する伝説に語られていたドラゴンで、かつては溶岩の比喩ではないかと言われていたが、人魔大戦の時代、火砕流と共に出現しては、山間の都市や村を一夜にして地底へ沈めるという大損害を出した。
数多の龍の例に漏れず徹底的な殲滅戦が行われ、成体は大陸から姿を消したという。
「らしいっス!」
「解説ありがとう。相変わらずとんでもない謂れ持ってんな……!」
龍は泣き喚く“魔王”と呼ばれた赤子の周りをグルグルと巻き、「ジャアアアアアア」という咆哮を上げた。
赤子はたちどころに泣き止み、キャッキャと笑い始める。
ハッとして視界を巡らせば、転生者連中は空間に穴を空けて逃げていくところだった。
俺は冷凍ビームを撃ち込もうとしたが、発動しない!
チィ!!
ヒュードラーの時と同じか!
いや、形質変化魔法まで封じるとは、それ以上の妨害力だ!
ドラゴンの中にはその有り余る魔力を使い、周囲にジャミングの如き魔法阻害空間を作り出す者がいる。
攻める術だけでなく、逃げる術も早々に封じられたわけだ。
「ダシャアアアアア!!」
突如、俺達の背後でレッサーダゴンが吠える。
ゲッ!
前面には巨龍、背後には悪魔の化身。
崩壊した広間の両端に陣取られ、ほぼ全域を射角に納められては、横に逃げろ理論も通用しない!
いくらこのパーティでも、あらゆる手段が封じられたこの状況では到底勝ち筋が見えない。
万事休すか……!?
「ジャアアアアアアアア!!」
「ギャシャアアアアアア!!」
レッサーダゴンとゾラダラーガが、激しく魔力を吸引する。
ヤバい! 明らかにデカい技が来る!
マジでヤバい!
先輩も、サラナも、愛ちゃんも、無論俺も、打つ手を思いつかないまま固まっている。
ミコトはせめて皆を守ろうと、両手を広げてゾラダラーガの方へ仁王立ちしていた。
永遠とも感じられる僅か2秒半が終わり、爆発的な水流と、溶岩のような爆炎の奔流が視界の両サイドから放たれる。
その瞬間、俺には僅か未来が垣間見えた。
「みんな伏せろ!!」
俺は固まっていた皆に覆いかぶさった。
その頭上を、猛烈な熱量が通過し、僅かに遅れて「ギシャアアアアアア!!」というレッサーダゴンの叫びが聞こえてくる。
やっぱりか……!
光線の軌道が明らかに俺達より上向きだったから!
見れば、レッサーダゴンの体が焼け焦げ、プスプスと燻っていた。
そこへすかさず、光り輝くゾラダラーガの尾が叩きつけられる。
同士討ち……?
いや……。
激しく吠えるゾラダラーガからは、およそレッサーダゴンへの仲間意識は感じられない。
「シャーッシャッシャッシャッシャ!! クソ蛇野郎がぁ……! 流石にこの体じゃ荷が重ぇなぁ!!」
即座に巨大な貝へ姿を変えたレッサーダゴンが苛立った口調で吠えた。
そして、「あれから3週間……丁度いい具合だろうなぁ? そろそろ呼び出してもらうおうじゃねぇか! シャーッシャッシャッシャッシャ!」と叫ぶ。
同時に、「ぐああああああ!」という悲鳴が広間に木霊した。
!!!!?
今の声は……?
「こ……コトワリ!!」
誰よりも早く先輩が叫ぶ。
シャコガイを思わせる巨大二枚貝がゆっくりと開くと、そこには、四肢を黒く輝く真珠に固められ、禍々しい結晶を胸に突き刺されたコトワリさんの姿があった。
「コトワリ!!」
矢も楯もたまらず、先輩はコトワリさん目がけて走り出した。
「シャ……シャウトか……! ダメだ……シャウト……! 来るな! があああああああ!!」
彼女の絶叫と同時に結晶から眩い光が天へ立ち上り、直後、それに応えるように落雷のような光が空から結晶へ飛来する。
さらに激しく、声にならない悲鳴を上げるコトワリさん。
「シャーッシャッシャッシャッシャ!! 生憎感動の再会はここまでだぜっ!!」
レッサーダゴンがその二枚貝を閉じると、彼女の声は聞こえなくなった。
そしてそれに代わり、禍々しい瘴気が噴き出したかと思うと、バキバキと音を立てて貝が弾け飛んだ。
「くあああ!?」
吹き飛ばされる先輩を俺が抱き止める。
大丈夫ですか!?
殻の重散弾を食らった先輩は全身から血を流しながら、「こ……コトワリ……!」と、手を伸ばしていた。
「ジャラアアアアアアアア!!」
今度は背後から龍の苦悶の咆哮が聞こえてくる。
振り返れば、その首元に、巨大な頭部を備えた四足歩行の生物が食らいついているのが見えた。
いつか図鑑で見た原初の両生類、イクチオステガを彷彿とさせるでっぷりとした巨体。
しかし、その顔は図鑑の数倍狂暴そうで、背中には両生類らしくない三角形の物体が聳えている。
「しゃ……シャークチオステガっス……」
ミコトが重くシリアスなトーンで、ふざけた名前を呟いた。