第15話:復帰クエスト! 夕べの異変
俺は村の周りを囲う木の塀に据えられた物見やぐらの上に腰を下ろす。
南方特有の熱を帯びた風が頬を撫でた。
はぁ……。
到着早々に見張りとはついてない……。
「はい、ユウイチくん。サラナ特製回復マジックポーションだよ」
「お、ありがと」
グイっと飲むと、疲れがスッと引いていく。
市販の回復ポーションよりも遥かに強力な効能だ。
なんでも、独自の配合で調合した薬物に同じく独自構成の魔法術式をかけることで、回復作用を大幅に向上させているという。
前にダンジョン攻略した時も思ったが、エドワーズは凄い人をパーティに引き込んだもんだ。
「そういえば……レフィーナはどうしてた? あの子の村……」
「あー……そうだねぇ……。ユウイチくんやっぱり知ってるよね……」
サラナは調合瓶の蓋をグリグリと捻りながら話を続ける。
「あの子の村に出入りしてるハーピィ便の人から、村から人気が無くなってるって通報があってね。その時動けたタイドくんとレフィーナちゃん、それと私とエドが向かったんだけどさ……その……酷くてね……」
彼女の耐毒耐酸グローブが「ギギギ…」と音を立てた。
「村から少し入った森の中に、ミイラみたいになった村の人たちの亡骸が積まれててさ。レフィーナちゃん、狂乱状態になっちゃって、タイドくんが必死で慰めてたんだけど、辛くて見てられなかった……」
そりゃそうだろう。
肉親や、親しかった人間が全員、それもあまりにも無残な姿で死んでいたのだ。
いくら芯の強いレフィーナとはいえ、そんなものを見て正気でいられるはずがない。
「それで……その後はどうなったんだ?」
「3日くらい部屋から出てこなかったんだけど、人が変わったみたいな凛々しい顔で出て来たかと思ったら、突然もう一回村に行くって言いだしてね。村の人たち全員の供養の議をして、遺品の焚き上げをしたの。それで、『私が皆の生きた証になる、皆の無念は絶対に晴らす』って……。そしたらあの子の瞳がパァァって」
「……は?」
シリアスな話の最後に突然出てきた妙な擬音に、俺は声を出してしまった。
瞳がパァァって、何?
「そう思うよね……。でも本当なの。あの子の瞳って、薄っすら十字の跡があったんだけど、それが光りながら凄い濃い紋様に変わったんだよ。所謂勇者の聖痕ってやつだね……」
「勇者!? レフィーナが?」
「ユウイチくんが都に行ってちょっと経ったあたりかな? あの子一回勇者の末裔を狙う野盗に攫われちゃってね、その時発覚したの。薄っすらで気付かなかったけど、確かにあの子、聖痕持ちだったんだ。多分、色んな感情がその力を覚醒させたんじゃないかな。ただでさえ頑張り屋さんで強かったけど、今ではエドにも引けを取らないくらい強いよ。でも……力の代償があまりにも可哀そうだよ……」
そう言いながら手袋を外し、目の下を拭うサラナ。
なるほどね……。
それでギルドは勇者の力を得たレフィーナに真犯人の捜索を任せたってわけか。
いくら仇討ちとはいえ、あの子にそんな大事を任せたのがちょっと不思議だったんだが……そうか……レフィーナが……。
「辛いことを乗り越えてあの子は随分逞しくなったけど、ユウイチくんがドロドロになった時は村の時と同じかそれ以上に泣いてたよ。『私の大切な人がまた……』って」
「……」
「ユウイチくんが凄く立派なことをしたのは騎士団の子から聞いたよ。でもね、君は色んな人にとって大切な人なんだから、無計画に命を賭けるようなことはくれぐれも無いようにね!」
「あ痛っ!」
厚手のグローブが俺の額をヅン!と突いた。
はい……くれぐれも気を付けます……。
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「おーいユウイチ、サラナ。どっちでもいいからそろそろ飯食いに来い。交代でな」
塀の下から先輩の声が聞こえる。
見張りをしながらお互いのここ1年について語り合っていると、気がつけば日は大きく傾いていた。
「ちゃんと真面目に見張ってたんだろうな?」と、先輩が笑う。
一応真面目に見張ってましたよ! 一応!
「ユウイチくん行っておいでよ。私まだお腹減ってないからさ」
「あ、そう? んじゃお言葉に甘えて」
俺は塀を飛び降り、村の集会所へ向かう。
既にミコトや愛ちゃんは食事を終え、風呂……というか水浴びに行ったらしい。
生憎この村に温泉や風呂の設備は無く、今の時期にサウナは使わないようだ。
まあ、夕方になってなお体感30℃くらいあるし、水浴びでも十分なんだろうな……。
テーブルには、茹でた魚と果物、そして何かでんぷん質の粥のようなものが置かれている。
おっと……。
ちょっとここは食に乏しい感じだぞ。
しかし俺達の為に出された以上、しっかり食べねば……。
まず、魚の身を一口……。
……。
…。
塩っぱ!!
これは死ぬほど働いて汗をかいて戻ってきた労働者向けの味ですな……。
まあ……まあ……食うが。
今度は粥的なものを……。
……。
…。
味がねぇ……。
これは何だ……?
魚の塩気で食べるのか?
試しに、魚の身をほぐし、粥の上に盛り、掻っ込んでみる。
あら! これは美味しい!
なるほど。
これはアレだな?
巨大農園で働く人が食事の時間を短縮するための飯だな?
その理念に従って、魚と粥をザッザッと啜り食う。
うん! 魚出汁のお茶漬けみたいな感じ!
恐らく正しいと思われる食べ方で食事をスピーディーに食べきり、俺は添えられたフルーツを剥いて食べる。
さて、これでさっさとサラナと交代……酸っっっっっっっぱ!!!
ちょっと待って洒落になってない!!
水……水を……。
み……ず……?
飲料用の水瓶に手を伸ばそうとした俺の視界がグニャンと曲がる。
あ……れ……?
ふと、俺は食事時にも拘わらず、辺りが妙に静かなことに今更気がついた。