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第5話:クエスト ~岬の幽霊船事件を調査せよ~ C




 さて……。

 食事も終え、日が暮れれば幽霊船探しだ。

 今日は念のため薪の火を消し、完全な闇の中で待ち構える。

 初夏とはいえ、背後にそり立つ山地、前方に海ときては流石に肌寒い。

 テントの中で3人並んでブランケットを羽織り、テントから顔だけを覗かせたヤドカリスタイルで監視に臨む。



「どうだユウイチ? 何か見えるか?」


「いえ、何も……。感知スキルにも全く感なしですね」


「フィッシュアンドチップス食べまス?」


「あっ。もらう」


「アタシにもくれ」



 ミコトが作ってくれた夜食を摘まみつつ、真っ黒な海原に目を凝らす。

 月明かりだけが照らす海面は、外洋にも拘らずべったりと凪いでいる。

 俗に言うベタナギというやつだ。

 潮騒にポリポリサクサクと夜食を食べる音が響き、不思議なハーモニーを奏でる。



「このまま幽霊船出るまで粘るんスか?」


「ったりめぇだ。というかそれ以外に手がねぇ」


「なんか体がベタベタしてこないっスか?」


「仕方ねぇだろ……。アタシも女捨てたわけじゃねぇが、クエストの時は多少の汚れと臭いは気にしてられねぇぞ。ほら、こうやって脱いで濡れタオルで拭いてりゃ多少はマシになるぜ」


「わあ! 先輩駄目っスよ! こんなとこで脱いだら!」


「へへへ……アタシの裸見て喜ぶ物好きなんざそういねぇだろ。なあユウイチ!」



 先輩の腕が俺の肩をバンバンを叩く。

 顔を右に向ければ、半裸で体を拭く先輩の姿があるのだろう。

 生身の温もりと、少々刺激的な汗の臭いがしてくる。

 だが、俺の意識は目の前の光景に釘付けになっていた。



「せ……先輩……アレ……」



 俺は何とか声を紡ぎ、岬の沖合に浮かぶ物体を指さした。



「ああ? 何がどうしたんだ?」



 先輩が中腰になった俺の背に圧し掛かり、指さす先に視線を向ける。

 あら、背中に幸せな感触……。

 ミコトのぷにふわ幸せエンジェルボディとは違う、はっきりと骨格の感触があり、それでいて、小ぶりながら柔らかい双峰が……

 

 いや違う!

 それどころではない!

 いるのだ!

 幽霊船が!



「うおあ!? で……出やがった!!」



 先輩が慌てて飛び退き、瞬く間に装備を纏う。

 すごいスピードだ。

 流石は雷刃。

 小さな松明に着火すると、先輩は岬から落ちないように、匍匐で船が見える位置まで這って行く。

 俺達もそれに遅れて着替え、先輩を追って慎重に匍匐前進していった。


 やがて、ちょうどその船を真っ直ぐに見下ろせる岩場に辿り着き、松明を吹き消して3人身を潜めつつその船の動きを注視する。

 目を凝らしてよく見ると、その船は全体が青白く発光し、所々輪郭がフヨフヨと滲んで見える。

 それはまるで人ならざる存在の船員が甲板作業をしているようにも……。



ガシッ!!



 うぉお!?

 暗闇突然現れた手に肩を掴まれ、凄い力で引っ張られる。

 あまりにも急の襲撃だったため、声一つ上げられぬまま、俺は数センチ左に引きずられた。

 そして、冷たい皮の感触と半端に柔らかい感触、独特のしょっぱい臭気を顔面に感じた。



「しゃ……シャウト先輩何するんすか……!」


「うっ……うるせぇ……! おめえらがちびってないか心配になっただけだ!」



 俺はシャウト先輩の小脇で顔をホールドされていたのだ。

 うわあ! この人すんごい腋汗かいてる! あとドラムかってくらい心臓ドクドク言わせてる!

 ほんの一寸先からは、「んむー! んむー!!」というミコトのくぐもった悲鳴が聞こえてくる。

 ミコトもまた同じように、先輩の小脇抱き枕にされているようだ。



「お……おいユウイチ……! アレ除霊しろ!」


「いや、無理です! 除霊グッズ家に置いてきてます!」


「あぁ!? なんで持って来てねぇんだ!?」


「先輩が説明してくれないからですよ!」


「んだとオラアアア!?」


「ひいいいい!」


「ぷはっ! ちょっ……二人とも喧嘩しちゃ駄目っス! ほら! あの船なんか移動し始めたっスよ!?」



 先輩の顔面腋固めから何とか脱出したミコトが慌てて俺達の間に割って入る。

 少し目が慣れてきたおかげで、ミコトのシルエットは辛うじて見えるようになってきた。

 そのシルエットが指差す先で、幽霊船がゆっくりと沖に向かって動き出していた。

 同時に、感知スキルに「ピッ……ピッ……」という、微細な警告反応が出た。

 これはこちらに敵意を持つわけではないが、戦ったら危険な存在が近くにいる時でる反応だ。

 ヤゴメの一件で得た経験値のおかげか、夏前の特訓の成果か、俺の持つスキルは僅かながらアップグレードされている。



「おい! アレ見ろ!」



 今度はシャウト先輩が沖を指さす。

 すると、海面に浮かび上がる月明かりの白い帯が二つに分かれ、その片方が幽霊船目がけてゆらりと伸びていくではないか。



「ルナ・シーサーペントだ……。海面の月明かりに紛れて船を襲って食う魔物だぜ!」



 ルナ・シーサーペントは月の光と見まごうユラユラとした光を放ちながら幽霊船に近づいていく。

 その白い影は船の鼻先で止まると、ヘビが獲物を襲うときのようにシュルシュルととぐろを巻き、海面を割って飛び上がった!

 白銀の巨体に淡い光を纏うその姿は、まさに海上の三日月。

 あまりの美しさに、俺は思わず息を呑んだ。



「ギシャアアアア!!」



 海面に姿を現したルナ・シーサーペントはその優美な姿とは裏腹に、狂暴な唸り声を上げて、船に飛びかかった。

 あわや激突! 

だが次の瞬間、幽霊船の直下の海面に巨大な奈落が口を開けた。



「ジャアアアアアア!!」



 その巨大な口に挟みこまれ、悲鳴を上げるルナ・シーサーペント。

 周囲の海面はざわざわと渦巻き、万物を飲み込むブラックホールの如き様相だ。

 その奈落の渦に巻き込まれた白銀の魔物は、やがて完全に見えなくなった。



「やべぇ……幽霊よりよっぽどやべえヤツかもしれねぇ……」



 その壮絶な光景を見つめていたシャウト先輩が唖然と呟いた。


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