第14話:復帰クエスト! 狂える竜の縄張りの村
「なんと! 二つ名持ちの方が3人も! 遠路はるばるありがとうございます!」
飛行クジラとヒポストリの馬車を乗り継ぐこと2日半。
ようやくたどり着いた南南西の村。
若い村長が先輩の手を握り、ワッシャワッシャと振る。
今もムワッと肌を撫でる、南方の熱気を帯びた風を擬人化したような人だ……。
嘆きのコーガが営巣地としている大陸群雄割拠時代の廃城は、大陸南南西方面にある村落群のすぐ近くに存在した。
徒歩でも1日とかからない距離に、異名持ちの魔物が住んでるって、かなり危険な環境にも思えるが、コーガの性質ならば問題ない……のか?
というか逆に最近コーガがこの地域を離れたせいで、これまでは殆ど見かけなかった大型の獣脚竜や飛竜の類が頻繁に姿を現すようになり、それの方がよほど脅威とのことだ。
まあ、一見したあたり村にはろくな防衛設備もなく、すぐ近くの冒険者ギルド支部があるイスタの町までは徒歩で1日半かかる。
これでは大型の魔物には対応できまい。
一応ギルド所属の若手冒険者コンビが駐在してくれていたらしいが、つい昨日、ジェットワイバーンとの戦いで負傷し、今はイスタの町で治療中とのことだ。
そんな状況なら、そりゃ俺達はさぞ心強いだろう。
「ジェットワイバーンがこんな南方の海沿いの地域まで来るなんて……。やっぱり異常事態ね」
サラナが手帳を見ながら言った。
飛竜は種を問わず、森林、もしくは山岳地帯に営巣する。
特にジェットワイバーンは高温を嫌い、高山地帯を好んで営巣することから、遥か砂漠や平野を越えて南方まで来て、あまつさえ地上まで降りて村落を襲うことは本来有り得ないらしい。
ザラタードケロンが語りかけてきた「呼び声」というフレーズが脳裏をよぎった。
何かがジェットワイバーンをこの地へ呼び寄せたのか……?
逆に、嘆きのコーガはそれから逃げていった……。
一応辻褄は合う。
「コーガの営巣する廃城が今どうなってるか分かりますか?」
「ええ。一応駐在してくれていた子たちが何度か見に行ってくれたんですが、途中に中、大型魔物がウヨウヨいて、調査どころではなかったそうです。ただ……得体の知れない気配がしたとか……」
「なるほど……」
サラナが地図の写しをテーブルの上に広げ、そこに俺と村長のやりとりを記入していく。
魔物の目撃情報、徘徊ルート、その他、最近新たに見られるようになった魔物の痕跡や、それが発見された日付……。
それらをグループ化して、ベースキャンプが安全に設置可能であろう場所にピンを立てる。
すごい。
何か軍艦のCICみたい。
ウチはテレポート&飛行持ちが2人いる関係で、割とやっつけだからなそういうとこ……。
本来はこうあるべきなんだが。
「村長。魔物の活動が活発になっている今、この村は危険です。事態が収まるまではイスタの町へ避難すべきだと思いますが、その意思はありますか?」
サラナが羽根ペンを置き、村長に尋ねる。
地図に赤いインクで塗り分けられた魔物の新しい痕跡情報。
村の周りは赤い文字でいっぱいだ。
だが、村長は首を縦には振らなかった。
というより、振れなかったというのが正しいだろう。
今の時期は村の主要産業であるトウキビモロコシの農繁期であり、収穫や酒造など、やらなくてはならない作業が極めて多いというのだ。
今それらを手放して街へ避難すれば、この村落群の一年分の稼ぎが消し飛びかねないという。
いや人命がかかってんだぞ!? と、言いたくもなるが、ここは現代の価値観では推し量ることなどできない。
農業ギルドは種もみの安価な販売と、一定の流通価格保証、そして人員の派遣はしてくれるが、不作、凶作の保証は殆どしてくれないのだ。
ここに住む者たちが、たとえ犠牲を払おうとも村の営みを守ることを選ぶのであれば、俺がおいそれと口を出すべき部分ではない。
稼ぎを失った彼らに、俺達がしてやれることなど無いのだから。
その価値観を当然理解しているサラナは、コクンと頷くと、先輩に向き直った。
「シャウト先輩。この村の置かれた状況を鑑みて、1人ないし2人をここに駐屯させ、残る3人で廃城の調査を行うべきだと思います。」
「ほう」
「この地域はこの通り平地や開けた場所が多く、ベースキャンプを設置できる場所は決して多くありません。獣脚竜、飛竜、さらには陸生の海竜の出没も相次いでいることを考えると、安全に一夜を明かせ、道具や食料を確実に留め置ける場所はほぼ皆無だと思います。なので本拠地をここに据え、飛行スキルとテレポートを用いて短期の滞在、調査を反復して行うのが安全かつ確実かと。それに、調査のため立ち寄った村が大損害を受けたとなっては二つ名の……むっ!」
ぺらぺらと作戦を話し続けるサラナの口を、先輩が指で止めた。
「あ、新参者が意見しすぎちゃったかも……。ダメだった?」というような表情で、俺の方へ視線を送って来る。
大丈夫だよ。
「そんな長々言わなくていい。この村が心配なんだろ? 素直にそこだけ言いな」
「は……はい……」
「てなわけだ。安心しな。ギルドは駐在させてる用心棒に欠員が出りゃ、相応の人間を応援によこす。ものの二日もありゃ人手は増えるだろ。生憎アタシは暑いのが苦手でな、しかもメンバーの一人は病み上がりだ。慣らしの為に二日ばかり村で休もうかと思ってたとこさ」
シャウト先輩の言葉に、村長は「本当ですか!? そりゃ心強い!」と小躍りした。
サラナは先輩のそんな様子をキラキラとした目で見つめている。
ね! ね!
こういうとこ良いでしょウチの親分?
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村長は俺達を村の集会所へ通してくれた。
有難いことにちゃんとした寝床が5床用意されている。
立地が立地だけに、冒険者に泊まり込みの討伐依頼をすることも多いのだろう。
ベッドはどれも結構使い古されている。
「ふー! 疲れたー! やっぱり徒歩移動は肩と腰にきますね~」
と、愛ちゃんが装備を脱ぎ、ベッドに飛び乗った。
それを皮切りに、ミコトが鎧をほどき、シャウト先輩も武器ベルトを外して「ん…」と背伸びをする。
下着……とまではいかないものの、皆ピチッとした薄手のセパレートアンダーウェア姿だ。
もはや俺にそういう格好を見せるのに何ら抵抗がないらしい。
まあ……俺も今更ミコト以外に興奮したりはしないが……ぽっちゃり、スレンダー、筋肉質と、素晴らしいコンビネーションである。
サラナは「おっとぉ……みんな大胆じゃないかい?」と苦笑いを浮かべた。
それに気づいた愛ちゃんが「あはは……そういえば雄一先輩って男の人でしたよね」とか笑う。
君は逞しくなったよ本当に……。
「ま、そういうわけで二日ほど日程が延びちまったからよ。オメーら体鈍らせねえようにしろよ」
そう言いつつ、下着同然の格好で寝転がる先輩。
ふと、何かを思いついたように、俺とサラナの方を悪戯っぽい顔で見つめて言った。
「おう、お前ら臨戦態勢を解かねぇとはやる気あんな。お前ら2人、今日の見張り係な」