第11話:釣り人の決意
「ユウイチ先輩!! 死んじゃだめです!!」
「ユウイチ様! そんな……そんなあああああ!!」
「しっかりしろ! 皆早く! ある限りの聖水をかけて解毒するんだ!!」
「死ぬな! ユウイチ!! 死ぬんじゃねぇ!!」
「雄一さん!! こんなお別れは嫌っス! 私……ずっと待って……たの……に……」
「おいミコト! おい! こっちにも治療魔法早く!」
ああ……。
声が……喧騒が……遠い……。
全身の感覚はもうほとんどない。
何かをかけられている衝撃と、ほんの一瞬体に熱が戻ることで、治療のための魔法が駆けられているのは分かるが、それでも尚、皆の声はどんどんと遠くなっていく。
ミコトは……助かったのだろうか……?
愛ちゃんや大隊長、先輩は無事のようだ。
あと……あの子も……。
俺は……死ぬのか……?
なんて呆気ない……。
あの時……あとほんの少しだけ……魔力が残っていれば……。
ミコト……ゴメン。
俺は結局……あの日の熊の時と何ら変わっちゃいない……。
カッコつけて1人無茶して……。
結局君に助けられて……。
せめて……。
せめて死ぬ前に一目だけでも……。
君の笑顔を見たかった……。
俺を呼ぶ悲痛な叫びがどんどん遠ざかっていく中、えらく懐かしい声が、俺の名を呼んだ気がした。
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突然、俺は暖かな空間で目が覚める。
夢現の脳でも一瞬で現実ではないと分かる、優しい光に包まれた白い空間には、俺と、一本の木と、そして一人の女性が居た。
「やっ! 久しぶりだねぇ!」
「風の……魔女さん……?」
「おっ! 覚えててくれたんだ! なかなか良い記憶力をしてるね!」
「結構最近ですよ会ったの……」
「そうだったっけ? ハハハ! まあいいや! どうだった? 私の風は? いいの吹いたでしょ?」
「あの時の突風……えらく好都合だとは思いましたが、風さんだったんですか」
「あれ? 不自然だった? んじゃダメだな。今回の件は忘れていいよ」
「すみません……。せっかくあんなアシストをしてもらったのに……俺死んじゃいました」
俺が頭を下げると、風さんはキョトンとした顔をする。
「んえ? 君は死んじゃいないけど?」
「へ? あれ、んじゃこれ、死ぬ前に見てる幻とかじゃないんですか?」
「何言ってんのさ! 死んだんならデスっちが来てるはずだろう? 私は君がちょっと生死の境を彷徨ってたから、せっかくだと思って風の感想を聞きに来ただけだよ」
「せっかくって……。ていうか俺かなり死にかけてたと思うんですけど、魔女さんの誰かが俺の命を留めてくれたとかですか?」
「いや? 私達が手を貸すまでもなかったよ? ほら、感じてごらん? 人の子の力を」
風さんはそう言うと、パチンと指先を鳴らした。
一瞬にして白い空間が消滅し、全身が温もりと、柔らかな質感に包まれる。
ここは……。
なんだろう。
温かい水の中……。
風呂の中みたいな感じだけど……。
何かフワフワと柔らかい物と一緒に、ものすごく狭い、ガラスの中みたいな空間に押し込まれてるような……。
ていうか……。
ぬぶぶぶぶぶぶぶ!! 溺れる!! 溺れ死ぬ!! 息が出来ない!!
水中呼吸スキルが働かない!!
て……テレポートも効かない!!!
「たたたたた大変です!! 先輩が目を開けたけど溺死しそうです!!」
「うわあ! 大変だ大変だ! お母さんちょっと早く! 開けなきゃ!」
「そんなに慌てちゃ駄目よサラナ。いかなる時も魔導薬師は落ちついて行動するの。まずは深呼吸を……」
「いいからさっさと封印解いてやれ!!」
にわかに騒がしくなる空間の外。
早く……早く出して……!!
「「リリース!!」」
聞き覚えのある声と、その声を少し低くした雰囲気の声の詠唱デュエットが聞こえたかと思うと、俺は狭い空間から解放される。
ゲホッ……ゲホッ……!
し……死ぬかと思った……。
「俺……生きてます?」
俺が第一声を発したと同時に、ドッ!と身体に衝撃が走った。
「先輩! 先輩! 良かった……良かったあああああ! あああああん!!」
愛ちゃんが俺の体に抱き着き、子供のように泣きじゃくる。
ご……ごめん。
心配かけた……。
「はぁ……だから言ったろ? こいつがそう……簡単に……死ぬわけ……」
シャウト先輩はそこまで言って、後ろを向く。
すみません。
ご心配おかけしました。
「いぇーい! ユウイチくん大復活~! これで魔導薬学の有効性が世界に示された~!」
と、ハイテンションで駆け寄ってきたのは、もはや懐かしさすら覚える顔なじみ。
エドワーズパーティのサラナだった。
なんでここに?
「なんでってそりゃあ……ここ私の実家だからね」
え?
と、辺りを見回すと、やたら広い部屋に、所狭しと薬品や魔導書、そして大小の試験管が大量に並んでいる。
えっと……?
サラナの実家ってことは……?
「大陸中央。所謂都。あなた達の今の拠点ね」
サラナそっくりの顔立ちの女性が、水入りのグラスを手渡してくれる。
あ、ありがとうございます。
サラナのお母さんですか。
お世話になってます。
「いえいえ。ウチの娘もたびたびお世話になったそうで」
俺が頭を下げると、お母さんもぺこりとお辞儀をした。
水をグイっと飲むと、喉が一気に潤され、生きている実感が湧いてくる。
そ……そうだ! ミコトは!? ミコトはどうなったんだ!?
「ずっといるっスよ」
愛おしい声がする方、即ち下を向くと、全裸のミコトが横たわっている。
「お帰りなさいっス」
そう言って笑うミコトを、俺は力強く抱きしめた。
ああ……。
さっきまで俺を包んでいた柔らかな温もりはミコトだったのか……。
「そうだよ! ユウイチくんをミコトちゃんと一緒に生命の薬水で満たしたクリスタルの中に封印して、ミコトちゃんの再生力を借りて君の体を治療したんだ。 魔導薬学、それと君たち二人の愛の勝利だね」
そう言って笑うサラナ。
仕組みはよく分からんが、俺は助かったらしい。
先輩や愛ちゃんの様子を見るに、明らかに助かる見込みがないレベルの傷を負っていたのに……。
サラナ……。
君……凄い人だったんだね。
「今更!? もう! 私こう見えて都の魔導学院首席で卒業してるんだから。 それに、魔導薬学はこれまでの常識では助けられない命を助けるために生まれた新しい学術だからね。これくらいはやって見せないと」
えっへんと胸を張るサラナ。
なんでも、旅路の途中、デイスにドラゴンが接近という一報を聞き、レフィーナパーティ、エドワーズパーティ総出で救援に来たのだが、駆け付けた時にはもう龍は息絶え、全身が溶け爛れた瀕死の俺が生死の境を彷徨っていたらしい。
全員が絶望する中、彼女は得意の薬学魔法で俺に応急処置を施し、実家まで搬送してくれたというのだ。
感謝してもしきれない……。
「何言ってんの! デイスの冒険者たるもの、困ったときはお互い様でしょ! それにちょうど試験中の治療にピッタリのいい人体じっけ……治験になったしね!」
……。
まあ、助け合いだよね。
助け合い。
エドワーズ達は引き続き怪事件を追っているらしいが、サラナは俺とミコトの経過確認を兼ねて、しばらくパーティに加入してくれるとのことだ。
マジか!
すげえ助かる!
ミコトは戻って来るし、貴重な回復要因も加わるし、俺も死にかけた甲斐があったもんだ。
なあ、ミコト……。
「んふふ……雄一さん……」
見つめ合う俺とミコト。
こりゃあ今夜は二人で復活祝いかと思っていたが、俺達の顔の間にサラナの手が割って入った。
「私が良いって言うまで激しい運動禁止だからね」
「ったくオメーらはよぉ……」
「でも……これでこそシャウトパーティって感じです! 良かった……良かったですよおおおお!!」
俺とミコトに再び抱き着いてくる愛ちゃん。
そうだよな……。
何はともあれ良かった。
良かった……!
みんな……ありがとう……!
ありがとう!
俺は泣いていた。
泣きながら笑っていた。
ミコトも、愛ちゃんも、シャウト先輩も……。
犠牲者を出すことなく龍をも倒し、ミコトを救い、そして、龍の毒にあてられて死に瀕した俺の命を救ってくれた。
これまでの出会いが、絆が、助け合いが、俺達をこの場所まで連れ戻してくれたのだ。
それこそが、風の魔女さんが言っていた人の子の力……か。
「先輩。俺決めました」
「なんだ?」
「俺、世界が元に戻るまで釣りを封印します。こんだけ皆に助けられたんだから、今度は俺が皆のために動かないと」
俺の言葉に、先輩は満足そうに頷いた。