第10話:激戦! エラマンダリアス!
禍々しい。
あまりにも禍々しい。
誰もがそう思っただろう。
一瞬、砦に沈黙が訪れた。
かがり火が煌々と炊かれた谷間の入口を覗き込んだのは……巨大な肉塊。
その肉塊が裂けるように動き、赤く光る月が現れる。
腐蝕妖龍:エラマンダリアスの頭部だ……。
巨大ながら、俺の感知スキルにすら掛からない異様な隠密性をもって、奴は現れた。
「見せしめ」にも動じることなく、縄張りを荒した愚かな人間に再び裁きを下すため……。
龍はブヨブヨの巨体と、背から生えた翼を揺らしながら、愛ちゃんが待つ谷の中心部へ這って行く。
バン!バン!バン! と、次々に信号ハナビ弾が上がった。
攻撃用意の合図だ!
妖龍は視力が極めて弱い、もしくはほぼ無いと言われている。
その代わりに発達した感覚器官を使い、相手の魔力や気配を察知し、攻撃を加えたり、捕食活動を行うのだという。
恐らく、相手にはこちらの陣地の人数や配置などお見通しなのだ。
そこはワームを始めとする地竜にも見受けられる特徴だが、彼ら“竜”ならばこれほど多数の気配を察知した時点で逃げるか、もしくは奇襲に切り替えるだろう。
だが同じ読みでも“龍”は違う。
彼ら、ドラゴンは全ての生命体の頂点であり、最強にして最上位の捕食者であり、神や悪魔をも恐れぬ絶対的な存在なのだ。
下等生物たる人類の策略など何のことはないとばかりに、真っ向から挑んでくるのである。
それはまぎれもない事実で、あらゆる町が、都市が、文明が、龍の怒り一つで滅び去っていった。
しかし、それは遠い昔話のこと。
今の人類にとっては、決して勝てない相手ではないのだ。
そしてこれもまた事実として、龍は既にこの大陸においては絶滅寸前となっている。
キンキンキンキン!!
眼下を堂々とのし歩いていく巨体を、半ば呆然と眺めていた俺の脳内に突如として感知スキルのピークが立った。
妖龍の攻撃か……!?
いや!
龍の敵意がこんなに弱い反応のはずがない!
何だ!?
「ユウイチ! 上だ!!」
先輩の怒声と共に、俺の頭上に雷が走った。
あまりの至近距離での轟雷に、視界が一瞬真っ白になる。
「シャアアアアアアアア!!」
身を屈めた俺の真横に断末魔を上げながら落下してくる小型の飛竜。
その体はドロドロで、異臭を放っている。
ゾンビワイバーンだ!
「チィ!! 龍の眷属どもか!」
先輩が信号ハナビ弾の代わりに、紫色の電撃を宙に放った。
紫の信号は「小型魔物襲撃」の合図だ。
ほぼ同時に、至る所から紫色の信号ハナビ弾が上がった。
龍の手がけた庭から、ゾンビ魔物達が龍の元へ集ってきたのだ。
一瞬のうちに、砦の至る所で、ハナビ弾や魔法の閃光や、刃の閃きが走った。
そして、かがり火が次々に消えていく。
暗闇の中から聞こえる、悲鳴や怒声。
まずい! 助けに……!
「動くなユウイチ!! オメーの役目はそうじゃねぇだろ!! グラン・サンダーブランブル!!」
先輩が魔力を練り上げ、かがり火の消えた陣地目がけ、巨大な雷球を放った。
バババババババババ!!
雷球からガンガゼウニのトゲのように細く、鋭く、長い雷光が伸び、暗闇を蠢いていたゾンビ魔物達を次々に貫く。
同時に、雷の閃光が陣地を照らし、辺りが昼間のように明るくなった。
その一瞬で劣勢を立て直した騎士団員達が、なおも迫るゾンビ達を討ち、かがり火を再点火する。
「怯むな!! 対龍ハナビ弾隊は陣形を維持! 防陣隊はゾンビ魔物撃破に全力を挙げよ!! 雷刃殿! 支援感謝する!」
女大隊長の指示が、拡声筒を通じて砦中に広がり、一斉に火を噴く対魔物用拡散ハナビ弾。
谷間の中空を飛び交っていたゾンビワイバーンやゾンビグリフォンが、その火網に捕らえられ、墜落していく。
かがり火を守る陣地に接近したゾンビゴブリンやゾンビワームも、騎士たちの剣撃に討たれていく。
騎士団は仮にもエリート部隊。
多少のイレギュラーで総崩れはしないということか……。
「ユウイチ! 見とれてる場合じゃねぇぞ! お前はお前の役目を果たせ!」
襲い来る魔物を次々に撃ち落としながら、先輩が叫ぶ。
そうだ……!
俺の役目……役目を……!
眼下を見れば、エラマンダリアスは毒霧や毒液を吐きながら、指定位置にかなり近づいている。
騎士団の防御魔法部隊が十数人規模で魔力防壁を張り、それを防ぎ、同時に、風魔法に長ける騎士たちが竜巻を発生させて、毒霧を霧散させる。
毒を受けた騎士も、砦の随所に配置されたヒーラー部隊が回復魔法と聖水による治療を行い、即座に復帰させる。
また、対龍ハナビ弾部隊は、龍の骨や歯を使って作られた「対龍弾」による砲撃で、毒を噴射する部位を攻撃し、その攻撃力を確実に削っていく。
人類の勇気が、連携が、英知が、そして文明が、全ての生物の頂点たるドラゴンの喉元に食らいついているのだ。
猛攻を受けるエラマンダリアスが怒り、悶えつつ進む先には、怯えながらもゾンビ魔物を騎士たちと一緒に討ち、かの龍目がけて渾身の罵倒を叫ぶ愛ちゃんの姿。
そして、そのすぐ傍には、ミコトの封じられた結晶と、それを救うため、命を捧げようとしているあの子。
あと、ものの数分で、この錨を放つ信号が上がるだろう。
そうすれば、龍は死に、ミコトは助かり、そして、あの子は死ぬ。
この作戦の要たる、この俺のレバー操作一つで……。
………。
……。
…。
パァン!
悩む俺の視界に、想像の数十倍速く、緑のハナビが俺の視界に映った。
俺は……。
レバーを……。
引かない!
まだだ……。
もし、あの子を生かし、ミコトも助ける手があるとするなら……。
この手しかない……!!
俺はシャカのハンドサインを作り、眼下の龍に当てる。
距離、角度を脳内で計算し、俺がたった今閃いたトンデモ作戦を敢行しにかかった。
そして、固定されていた投錨機の角度を動かし、より仰角を大きくする。
砦を一瞬のうちに困惑が駆け抜けた。
俺の投錨機が着弾したのを確認してから、全ての拘束兵器が射出される手筈だ。
もし、この投錨機が放たれなければ、全ての作戦が水泡に帰す。
「ユウイチ殿!! どうした!! まさか不具合があったか!?」
拡声筒から大隊長の声が聞こえる。
すみません……!
しかし……。
俺は……俺は……。
この手であなたの部下の命をいただくわけにはいきません!!
「先輩……! 俺の判断……信じてくれますか……!!」
「当たり前だ! お前の役目を果たして見せろ! トリックスターとしての役目をなぁ!!」
先輩は緊迫しつつも、少し嬉しそうな声で、俺の背中を押してくれた。
「ありがとうございます!! いけえええええええ!!」
信号弾発射に遅れること95秒。
傍から見れば無限にも思えた時間の後、錨は放たれた。
頭上に迫っていたゾンビ飛竜数体を巻き込んだそれは一瞬軌道を外れたが、突如吹いた突風が、それを本来の軌道へ乗せてくれた。
サンキュー幸運!!
錨はエラマンダリアスの頭上を僅かに飛び越え、その鼻先へと落ちていく。
「うおりゃあああああああ!! フィイイイイイッシュ!!」
俺は錨が接地する直前にリールのクラッチレバーを全力で引き、出ていく糸にテンションをかけた。
一瞬にしてピンと張った神樹の皮で編み上げられたというラインが僅かに伸び、その反動で、大きく跳ね返る。
そしてその先にあったエラマンダリアスの口に、勢いよくフッキングした!
見たか!!
有明海のムツゴロウ釣り体験教室で習った伝統漁法、むつかけの要領だ!
「ぐぬおおおおおお!!」
だが、掛けたまでは良いものの、エラマンダリアスが重すぎて俺の腕力ではリールを巻くことが出来ない!
ヤバい!と思うより早く、先輩が俺の後ろに飛び乗ってきた。
「コレ巻きゃいいんだな!?」
「は……はい!!」
「てめぇ最後までモノを考えてから動けよ……な!!」
先輩が両手から電撃を発し、それにより発生した磁気が、レバーを回転させ始めた。
うおおおお!
電動リール!!
「ブオオオオオオオオオ!!」
激しい咆哮に目を移せば、エラマンダリアスの巨体が強く引っ張り上げられ、三日月形に反り返っている。
ミシ! ミシ! と、異様な音がリールと、それを固定する岩盤から走っている。
強度は限界だ!
だが……俺の狙い通りの展開だ!!
拘束兵器部隊は困惑しながらも、その体目がけて拘束杭を次々に打ち込んでいく。
拘束成功だ!
あとは……!
俺はテレポートでリールの上に乗った。
やれる……!
やれる……!!
多分!!
「行けユウイチ!! 命だけは持って帰ってこいよ!!」
俺のやろうとしていることを察知したかのように、先輩が叫んだ。
「はい!!」
俺はテレポートで、ミコトの元へと飛んだ。
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「ゆ……ユウイチ様!? 一体何を!?」
女小隊長ちゃんが困惑した顔で俺に叫んだ。
「ずっと考えてたけど! 助けてもらったお礼に命を捧げるって、やっぱりおかしいと思うんだよね!!」
俺はそう叫ぶと、彼女をテレポートで愛ちゃんのいる陣地へと飛ばした。
愛ちゃんは驚いた顔でこちらを見たが、すぐに力強く頷いて見せる。
理解の早いパーティで助かる!
困惑に包まれる小隊長ちゃんの部隊を尻目に、俺は木槍戦車の構造をササっと確認した。
ありがたいことに、いかにもな筒と導火線が、戦車の後ろから生えている。
なるほどねぇ!!
キャンプ道具召喚でターボライターを召喚した俺は、導火線に火を点け、レバーを掴んだ。
丁度いい塩梅に、着色弾がエラマンダリアスの胸部に付着している。
あそこだなぁ!!
俺は咄嗟にシャカの手を作り、狙うべき位置と角度を確認し、持っていたイエローポーションを全部一気飲みした。
「ユウイチ様―――!!」
走って来る小隊長ちゃんの声を背中に聞きつつ、戦車は極めて原始的なロケット推進を受けて急加速した。
やっぱりこういうことだよなぁぁぁぁ!!
凄まじいGに襲われつつ、俺はレバーを操作して狙いすました場所目がけて突進する。
そして、同時に叫んだ。
「せんぱあああああああい!! リールをフリーにしてくださああああい!!」
俺の意図をくみ取ってくれた先輩が、投錨機のリールのロックを解除する。
反り返っていた龍の巨体がゆっくりとこちらへ倒れてきた!!
狙いは……バッチリだ!!
「ブオオオオオオオオオ!!」
龍の苦悶の咆哮と共に、丸太の戦車が着色弾の付着した場所に深々と突き立った。
丁度、「人」に字のようになって、龍と木槍が交差する。
龍は悶え苦しみながら、体制を立て直そうとするが、自重と、無数の拘束杭がそれを妨げる。
「釣具召喚!!」
龍が体を左右に揺すって木槍を抜こうとするが、俺はすかさず最太サイズのナイロンラインを、戦車と龍を巻くような形で召喚した。
ナイロンラインは龍の動きに大きく伸縮しながら、刺さった槍を一層深く突き立てていく。
こんなことに使いたくはないけども!!
良くないことだけども!!
平和産業の力を思い知れええええええ!!
そしてついに、酸の生成器官に到達した槍の先から、猛烈な酸毒が噴き出してきた!
溶け始めるナイロンライン。
なぜかビクともしない木槍。
俺はフロロカーボンを、PEラインを重ねて召喚し、一層拘束を強固にしながら、双剣を十字に組んだ。
「メガ! 冷凍! ビーム!!」
俺目がけて飛散してきた酸毒目がけ、俺は冷凍ビームを放った。
冷気で毒液が凍結し、俺の目の前で氷の壁となる。
霧状になって舞う毒液も、その冷気にあてられて凍結し、俺を守る防壁は一層強固になっていく。
そして、防壁なしで酸毒を浴びたミコトの妖龍琥珀は、ビシ!ビシ!とひび割れていく。
あとは頃合いを見て……ミコトを助け出す……だけだ……!!
だが大量の釣具召喚を続けながらの冷凍ビーム全力発射に、体内の魔力がグングン減っていくのが分かる。
エラマンダリアスの酸毒の噴射は、徐々に弱まっていく。
ミコトの琥珀は徐々に割れていく。
俺の魔力は猛烈に減っていく。
ミコト……!
俺もお前みたいに、愛する者の為にバフがかかるスキルが欲しかったぜ……!
ここまで来たら、もう後は愛の力と、運の力と、気合の力しかない!!
いざという時、別格に信用できない3大要素だ!
「だけど俺は……運の良さだけはスキルで保障されてんだよおおおおお!!」
俺は全力で叫びながら、冷凍ビームの照射を続け……。
ることができなかった。
「嘘だ……魔力……切れ……」
全身の力が抜け、冷凍ビームが止まる。
防壁を侵食しながら、酸毒が尚も降り注ぐ。
そしてついに、ごく少量だが、毒液が俺の体に降りかかった。
その僅かな量だけで、全身に痺れが回り、体中が焼け爛れたような痛みに襲われる。
同時に「ブザマダ」という、嘲笑うような声が聞こえた。
背中から倒れた俺の視界に、エラマンダリアスの巨大な顔面が見える。
紫色の血をダラダラと流しながらも、その龍は俺を見下し、その大きく裂けた口は、まるでニヤリと笑っているように見えた。
その口内が妖しく光り……。
俺の全身を凄まじい悪寒が襲った。
腐蝕妖龍のドラゴンブレス……。
こんな至近距離で食らえば……俺は……確実に……死ぬ……。
こんな……。
ミコトを助けることも出来ないまま……。
俺は……。
俺は……!!
「雄一さん!! お守りするっス!!」
不意にミコトの声が聞こえた。
死に際の……幻聴……。
じゃない!!
ミコトが解け残った妖龍琥珀を抱え、俺の眼前に躍り出てきたのだ。
同時に視界を埋める、猛烈なブレスの閃光。
その眩い光が収まると、ブレスを見事に防ぎきり、仁王立ちするミコトの背中があった。
「よくも私と雄一さんをこんな目に遭わせてくれたっスねぇ!! お返しっス!!」
ミコトは妖龍琥珀をジャイアントスイングすると、妖龍に目がけて放り投げた。
その結晶は龍の顔面に突き刺さり、龍は苦しそうな咆哮を上げて激しく身もだえする。
隙をついたミコトは俺を抱きかかえて飛んだ。
「一斉砲火―――!!」という、大隊長の叫び声が聞こえる。
その声は、酷く遠い場所で聞こえた。