第8話:龍撃の錨
エラマンダリアスは強い縄張り意識を持ち、その縄張りに干渉する者を許さない。
領域を侵した者には、相応の裁きを与えにやって来る……。
「それを逆手に取る……ってことですね!」
「そういうことだ。お前無理に来なくて良かったんだぞ?」
「何言ってるんですか!! ミコト先輩を助けるにはエラマンダリアスをおびき出さないといけないんですよね! 1人でも多い方が釣られてくる可能性上がるじゃないですか!」
俺達はフラウンド森林を再び訪れていた。
森はさらに腐敗し、這いまわるゾンビ生物やゾンビ魔物、人間のゾンビ等がその数を増している。
エラマンダリアスの影響が強くなっているのだ。
だが、あのおぞましい姿をした龍はどこにもいない。
それもそのはず。
かの龍は、狙った地を腐らせるだけ腐らせた後は自らのねぐらへ戻り、その地がどれだけ腐敗したかを楽しむかのように、数日に一度の頻度で飛来しては眺めて帰るのだという。
ヒュードラーが宝物を収集することや、ザラタードケロンが自らの背で他の生物の営みを育ませることと同じように、それがエラマンダリアスの求める価値なのである。
ザラタードケロンの件で軽く麻痺していたが、龍という存在の異常性に気付かされる。
「さてと……。やるか」
先輩が大きく息を吐き、短剣を抜いた。
俺も愛ちゃんも、武器を手に取る。
「グラン・サンダーボルト!!」
「フレイムアロー!!」
「アクアブラスト!!」
俺達は会得している広範囲魔法を乱射し、辺りの毒沼を、枯れた木々を、そして辺りを徘徊するゾンビ達を、薙ぎ払い、焼き、押し流す。
とにかく徹底的に今の環境を破壊し、龍の怒りを誘うのだ。
先輩の電撃も凄まじいが、異名持ちレッドワイバーン「業火のガリアス」から剥ぎ取った宝玉の欠片で強化された愛ちゃんの火炎魔法もなかなかに強烈だ。
召喚武器に強化火炎を乗せて放つそれは、中級魔物程度なら易々と葬り去る。
枯れ木や枯葉が散乱するこの環境において、彼女の存在はとても頼もしい。
文字通り辺りを火の海に変えていく。
龍が戻ってくる頃には、変わり果てた環境になっていることだろう。
こんな時、強力な火炎魔法を持っていない自分が恨めしいが、そこは仕方がない。
自分に出来る限りの範囲で毒沼を希釈し、浄化するまでだ。
「よっしゃ! ゲホッ……ずらかるぞ!!ゲホッゲホッ!!」
「はいっ……ケホケホ……! 私ちょっと焼き過ぎましたか……?」
俺は愛ちゃんの引き起こした大森林火災にむせ返りながら、2人を抱えて飛び上がった。
……。
南無……。
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「ユウイチ様!! お待ちしておりました!!」
俺の預けた即死避けのタグを揺らしながら、女騎士ちゃん改め、小隊長ちゃんが駆けてくる。
俺達が降り立ったのは、古戦場跡。
丘陵地帯に砦や城壁の跡が点在するエリアだ。
時折来たことのある場所だが、今は様子が大きく変わっていた。
そこら中に防壁が築かれ、陣地が敷かれ、かがり火が列をなしている。
結局、俺は彼女からタグを受け取るのを保留した。
本当はキッパリと断るべきだったのだろう。
俺が自分の手でミコトを救うと言い切るべきだったのだろう。
だが……。
俺は……。
断れなかった。
目覚めた時、俺が居ないと知ったミコトのことを思うと……。
心に傷を負ったまま、1人天界へ帰る彼女のことを思うと……。
いや。
そんなものはただの建前だ。
俺はただ、死にたくなかった。
ミコトとまた、生きて会いたかった。
だが、目の前の少女を犠牲にするという判断も出来なかった。
だからこうして、その時が来るまで、何もかもを先延ばしにしている。
「おいユウイチどうした。顔色悪ぃぞ」
先輩が俺の背中を擦ってくれる。
その優しさが心に刺さる。
ミコト……。
俺が誰かを犠牲にしてお前を助けたと知ったら、なんて思うだろうな……。
「釣神殿、雷刃殿。準備が整いました。指定の場所へ移動をお願いします」
俺がミコトの眠る琥珀と、小隊長ちゃんを交互に見つめ、思い悩んでいると、騎士団の武器係が俺と先輩を呼びに来た。
その誘導に従い、俺と先輩は丘陵から伸びる大岩の上へと通される。
そこは、並んだかがり火の列を丁度見下ろす場所で、奇妙な形の兵器?が設置されていた。
投石機……所謂バリスタの投石アーム部分が異常に長いようなそれは、巨大なドラムが横向きに装着されていて、いかにも頑丈そうなギヤによって回転するようになっている。
それはまるで……ベイトリールのような……。
「アルフォンシーノ商工ギルドが開発した、大型魔物の動きを封じる秘密兵器です。 何でも暗黒大陸の技術を落とし込んだとか」
……。
あの釣具屋の店主、やりやがったな……。
釣りは平和産業だと言っておろうに……。
と、若干憤りを感じなくもなかったが、この際、役立つものなら何でも使うべきだ。
この場所に俺を配置した意図……要はこのベイトタックルもどきの投錨機を使って、龍の動きを封じろってことだな?
「その通りです。この投入機部分はハナビを改良した火薬で動かします。このように……!」
武器係くんはそう言いながら、リールの横に付いた金属レバーを勢いよく引いた。
すると「バン!!」という音と共に投入機が凄い勢いでフルスイングされ、先端から巨大な錨を投擲した。
錨は弧を描いて飛び、砦に挟まれた窪地に描かれた丸を少しそれた場所にドン!と落下する。
外したな……。
今はやや追い風、重い錨とはいえ、風に流されたのだ。
「釣神殿には、これの的確な投擲を行えるよう、敵の襲来まで訓練いただきたいのです」
「わ……分かったが……。あまりにも期限が不透明じゃないか?」
「釣神殿の腕と勘を見込んでのことです。雷刃殿はこの場の護衛と、釣神殿の支援をよろしくお願い致します」
武器係くんはレバーの操作や角度の調整方法を軽く説明すると、ペコリと頭を下げ、ロープで慌ただしく降りて行った。
見下ろせば、様々な場所から据え置き兵器が顔を出している。
「ほら、さっさと練習しろ」
先輩は俺の肩を叩き、投錨機を指さした。
俺は小走りで投錨機の操作位置につき、レバーに手をかけ、照準器を睨む。
照準を越えたずっと向こうに、ミコトの封じられた琥珀がチラチラと見えた。
「先輩……。先輩は、自分を助けるために誰か……それこそ殆ど面識のない人が命を投げ打ったとしたら……どう思いますか?」
「……。さあな……。だが……」
俺のレバー操作よりも少し遅れ、投錨機がドン!と動作し、錨を投擲した。
俺は咄嗟にハンドルを操作し、投擲機の言うなればロッド部分を少し起こし、強靭なロープに軽くテンションをかける。
「誰も死なずに済む方法は無かったのか、自分の命にそれほどの価値があったのかって、死ぬほど自問すると思うぜ」
錨は狙い違うことなく、丸の中心に命中した。