第7話:騎士団来たる
「皇立騎士団第二大隊先陣。ただいま到着した。皇帝陛下の命により、腐蝕妖龍の討伐、及び封印された者の救出に部隊一丸となって当たらせてもらう」
ミコトが妖龍琥珀に囚われた翌々日。
凛々しい声と共に騎士団専用飛行クジラから降りてきたのは、あの女小隊長であった。
彼女は俺の姿を見つけると、ツカツカと歩み寄って来ると、新品のレザーグローブを取り、俺の前に差し出してきた。
その腕には、大隊長に昇格したことを示す銀色の腕章が光っている。
「魔女会議では部下たちが世話になったな。助けに来たぞ、ユウイチ殿」
マーズ先生渾身の治療魔法で何とか回復した俺は、その手をギュッと握り返した。
やばい。
泣きそう。
「随分けったいな部隊連れてきたみてぇだが、どうすんだ? エラマンダリアスはクソ厄介だぜ。それに……どうやらただ倒すだけってわけにもいかねぇからよ……」
先輩が寝不足でぼっさぼさになった髪を掻きながら女小隊長改め、女大隊長に手を差し出した。
大隊長はその手を握りながら「ああ、分かっている。こちらもそれ相応の装備を揃えたつもりだ。少しばかり君たちの力を借りることになるだろう」と、言った後、ギルドマスターに挨拶をし、共に街の中心へ歩いて行った。
「ユウイチ様! お久しぶりです!」
「二つ名を賜ってからのご活躍、幾度も耳にしております!」
「この度は大層お辛い目に遭われて……!」
などと、口々に言いながら飛行甲板から降りてくる、顔なじみの騎士団員達。
どうやら第二大隊は、俺が手合わせをしたあの宿舎の連中が多く含まれているらしい。
もしかすると皇帝陛下は、俺がやりやすいように、この部隊を派遣してくれたのかもしれなかった。
陛下……恐れ入ります……。
そうこうしている間にも、デイスの内外に、次々と降りてくる飛行クジラたち。
中には巨大な箱のようなものを腹下に抱えている、でっぷりと太いものもいた。
話によると、正規軍が暗黒大陸への遠征を目指して品種改良していた大量輸送特化型の個体群を拝借してきたらしい。
そういうとこはしっかり帝国してるようだ……。
さらに、騎士団員達の持つ装備も大幅に更新されていた。
最近、魔物の活動が激化したため、皇立騎士団も討伐任務に駆り出されることが増えたらしいのだが、装備の古さが露呈し、初めは苦戦続きだったそうだ。
そこで皇宮と法王庁は重い腰を上げ、伝統と格式重視だった皇立騎士団の運用を抜本から見直し、最新鋭の装備の開発と、部隊編成の改善を実施。
元より魔力の扱いや剣術の才に優れた彼らは、みるみるうちに高い戦果を上げ始め、一小隊がいればオークやレッドワイバーンの群れ程度、軽く蹴散らせるようになったらしい。
しかも、これまで出陣に必要とされていた面倒な手続きや書類をバッサリと切り捨て、皇宮の専門部署が出動要請の可否を即座に判断し、皇帝が判をつけば昼夜を問わず動ける部隊が即座に出陣するという、極めてフットワークの軽い組織に生まれ変わったというのだ。
最近、幾度か騎士団の戦果を耳にすることがあったが、そういう事情があったらしい。
デイスギルド前の大広場と、底から続くデイスの城門へ続く道には、そんな誇りとやる気に満ちた新鋭装備の騎士たちがズラッと並んでいる。
壮観だ……。
そしてなんと頼もしい……。
「あれから皆、頑張って戦って経験を積みました。今ならユウイチ様でも勝てないかもしれませんよ?」
ふと、後ろから声がしたので振り向くと、あの指輪を貸してくれた女騎士ちゃんが笑っていた。
彼女の腕には小隊長を示す青色の腕章と、俺が指輪と交換で託したタグがかけられている。
君も出世したのか。
おめでとう。
「ユウイチ様程ではありません。まだまだ世には無名の騎士ですから……」
女騎士ちゃんは俺の横に並ぶと「ユウイチ様の為とあらば、命も捨てる覚悟で参りました。魔女会議で救われたこの命、いつ何時でもお使いください」と、恐ろしく重いトーンで言って来た。
俺は慌てて「そんな重苦しい心構えでいられても困るよ」と、カラ元気で笑い返したのだが、彼女の表情は本気だった。
それはそれはもう恐ろしいほど本気だった。
「腐蝕妖龍の妖龍琥珀は、その口内より放たれる溶解液でのみ破壊が可能。ものの本にはそう書いていました」
「ああ……」
「それは万物を溶解し、人類が触れれば全身が酸と毒に蝕まれ、まず助からない」
「そうだ……な……」
「貴方はきっと恐ろしく無謀なことを考えている」
「……」
事実だった。
愛ちゃんが見つけてくれたある文献。
人魔大戦より遥か前の時代の話。
ある小国の姫君が妖龍琥珀に囚われ、そのお付きの騎士がそこから助け出すという、まるで絵本のような内容だったのだが、そこには
妖龍の吐き出したる万物溶解の濁流
姫君封じたる結晶に浴びせし時
みるみる琥珀は割れ、砕け
騎士はそこにて溶け死せり
妖龍いずこへ飛び去りぬ
解き放たれし姫君大いに悲しみ
数日の後騎士の墓前にて自刃せり
という、もの悲しい一節があったのだ。
それだけなら昔話、ファンタジーの類に思われそうだが、そこからの大陸国家乱立群雄割拠期~人魔大戦期にかけて、似たような話が複数見つかったのである。
しかも、ある国の国立医院で用いられていた教本まで発見され、その信ぴょう性は確固たるものとなった。
問題点を挙げるなら、どの記録においても、封じられた者を救おうとした者は、その毒と酸にやられ、命を落としている、くらいのものだろうか……。
いやでも……。
俺ならオートガードで防いでテレポートで何とか……ならないかな……。
ならないかも……。
「ユウイチ様。その役、私が引き受けます。貴方の愛する方の命と私の命、引き換えくださいませ」
そう言って、彼女は片膝をつき、俺が渡しっぱなしにしていた即死避けのタグをそっと俺に差し出してきた。





