第3話:怒りの鯉こく・マスグーフ
「うぃーっぷ……。あぁ? お前さんらがエドの言ってた家主かい? うぃ~……」
な……。
なんだこのコロコロした人は……。
ギルドでエドワーズ達からの「もし帰ってきたら家に寄ってくれ」という言伝を預かったので、クエスト前に来てみれば、二頭身の小さいような、うすらデカいような妖精のお姉さん(?)が出迎えてくれた。
あ、もしかしてエドワーズが雇うって言ってたクルーラコーンさんですかい?
「そうらよ~。ってことはアレだな、コレを渡さないとだな」
クルーラーコーンのお姉さんは千鳥足(?)でフラフラと飛行し、貯蔵庫からデカい樽を抱えてきた。
結構凄いパワーしてる……。
「ほれ~。見ろ見ろ~。お前さんが作りたかったのはこういうもんだろ~?」
そう言って開封された樽の中には、茶色いドロッとした塊がミッチリ……。
こ……これはまさか!?
「ミソって言ったかねぇ~? 手探りでやったらいい具合に出来たよ~。見た目は泥みたいだけど、すんげぇ旨いってんでエド達毎日食ってたんだよ~」
俺は思わず樽の蓋についた味噌を指でこそぎ取り、口に含んだ。
こ……こいつは……味噌だ!
完全なる味噌だ!
「おっ! その様子だといい具合みたいだねぇ~。もし構わないなら、お前さんらの拠点までもってお帰りよ」
「マジっすか! ありがたく頂戴します! と、言いたいところなんですが、この後クエストに行かないといけないので、帰りでいいですかね?」
「おっと、そりゃ悪かったねぇ~。んじゃ、クエスト中の腹ごしらえにこれ持って行きな!」
お姉さんは味噌と、そこから取れたというたまり醤油を携行用樽に詰め、俺目がけて投げつけてくれた。
なんて気の利いた対応!
ありがとうございます!
「なーに、いい酒のつまみをくれた礼さ~。あの封印部屋の臭っさい魚の漬物、強い酒に合うもんで半分以上食っちまったよ~。うぃっぷ……」
なんとこの人、あのシュールストレミングもどきの処理までしてくれてる……。
キングウズラ達も元気だし、生簀ではボニートゴイや、繁殖したらしいユムグリが泳ぎ回ってるし……。
こりゃまた素晴らしいハウスキーパーを雇ったもんだなエドワーズ。
近いうちに礼をしなきゃな……。
俺は生簀のボニートゴイ一匹をギャング仕掛けで引き揚げ、活〆してクーラーボックスに突っ込み、懐かしの我が家を後にした。
こいつ一匹と、味噌にたまり醤油があれば、このクエストも美味なものになることだろう。
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「こりゃ想像以上にヤベェな……」
俺が貸した双眼鏡を片手に、先輩が呟いた。
フラウンド森林入口付近の高台にベースキャンプを構えたのだが、この森、明らかに様子がおかしい。
本来、この森は青々とした常緑樹が無数に生い茂っているのだが、辺りは枯れ木ばかりで、底木や野草、苔に覆われているはずの地表も枯草の絨毯になってしまっている。
「瘴気……じゃないっスね……。強力な毒素……除草剤をぶちまけたみたいな枯れ方してるっス。ゾンビ系の高位モンスターが吐くブレスや老廃物に似たような作用があるみたいっスね」
ミコトが鑑定スキルで地表の環境を分析し、魔物図鑑から敵の詳細をチェックする。
愛ちゃんは火炎分身で森の中へ侵入し、ゴブリンやフォレストウルフなどの、縄張りを社会性を持つ魔物が待ち構えていないかを偵察する。
それらの情報に先輩が双眼鏡で確認した敵影を合わせ、クエストの作戦を組み立てていく。
そして俺は……鯉こくとマスグーフを作っている。
鯉こくはご存じ、コイ入りの具だくさん味噌汁みたいなものである。
俺は刻んだ根菜と生姜系の味がするスパイス野菜、そしてぶつ切りにしたコイを鍋に入れ、アクを取りながら煮込んでいく。
この時、コイの身を塩で軽くもんだ後湯引きしておくと、臭みを抑えることが出来る。
マスグーフは中東の伝統料理だ。
開いたコイにスパイスとタレを塗り、じっくりと焼き上げるのが本場の調理法だが、今回は少し和のテイストを混ぜていく。
開いたコイの半身に塩をして少し置き、たまり醬油と塩麴ベースの甘辛いタレを付けて、直火で焼いていく。
このタレを何度か重ね塗りすることで、臭みを抑え、味に深みを持たせるのだ。
いや……。
別にサボっているわけではない。
ボニートゴイは優れたバフ効果を得ることが出来るため、これもクエスト成功のための重要な仕事だ。
あと……正直色々と直視したくない節もある……。
「雄一さん……。言いづらいっスけどこの様子だと……」
ミコトが悲しそうな顔をして、俺の横に座り込んできた。
「ああ……分かってるよ……」
この森はほんの少し前まで素晴らしい釣り場だった。
青々と薄暗い森の中は高湿度で、森そのものが歌っていると錯覚するほどのカエルの鳴き声が聞こえ、深く肥沃な泥を湛えた沼には、固有種が複数生息していたのだ。
特に、ドロアンコウという種は、釣りでも食でも随分楽しませてもらった。
だが、森全体を枯らすほどの毒素が撒かれてしまったとあっては……。
「俺……なんか色々とキてるかもしれない」
「私も悲しいっス……こんな理不尽な形でユニークな種が絶滅しちゃうなんて……」
「ミコト……」
「雄一さん……」
俺とミコトはジッと見つめ合い……。
「「ふんがー!! ゾンビワイバーン絶対許すまじ!!!」っス!!!」
と叫んだ。
俺は怒りに任せ、ぶつ切りのコイが浮かぶ鍋に味噌を溶き入れ、焚火で焼いていたコイの半身に仕上げのたまり醬油ダレを塗りたくり、今日の少し早い夕食を完成させた。
愛ではなく怒りで作られた食事に、腹をすかせた4人が囲めば、そこはもう怒りの食卓だ。
「クソがぁ! ドロアンコウとかいう魚、アタシも食ってみたかったってのに!! 旨ぇ!」
「雄一先輩が釣り損ねたガンクツマスっていうのも食べてみたかったですよぉ! これどっちもすっごい美味しいです!!」
「大陸がおかしくなり始めてからろくなことがないっス! あの腐れ悪魔の仕業だったら、今度こそとっちめて開きにして干してやるっス!! この鯉こく、うま味とコクがこれまでとは段違いっス!!」
「んがー! 釣りする時間だけじゃなく気に入った釣り場まで奪うとは!! この異変の原因マジで許せねぇ!! マスグーフいい味加減だな! 旨っ!!」
俺達は思い思いの怒りを食欲に変えてガツガツと食いまくり、先輩の「全員就寝!!」という掛け声と共に一斉にテントで寝にかかった。
俺とミコトはほんの少し寝るのが遅れたが、誤差の範囲である。