第2話:死屍累々! 嘆きのボニート川
「懐かしのデイスっス~! いや~この屋台街の匂いたまんないっスねぇ~。 あ! お久しぶり~っス!!」
ミコトが早くもチーズ揚げ屋台の方へ駆けていく。
ああ……帰ってきたんだなぁ……。
異世界からの来訪者たる自分は、所詮帰る場所など無い身と思っていたが、いざ初めての拠点に戻ってくると、里帰りしてきたような感覚を覚える。
第二の故郷っていうのは、こうやって生まれてくるわけか……。
「へぇ~都に比べたら少し小さいかもしれないですけど、賑やかないい町じゃないですか! 出店や屋台が凄く多いんですね」
初デイスの愛ちゃんは「東京比の岡山くらいには都会ですね……うんうん……」と、街を見回し、「私も屋台飯食べたいですー!」とミコトの方へ走っていった。
ほうほう。
今はセグロハヤのチーズかき揚げが人気なのか……。
いつの間にか随分揚げ物が人気になったみたいで、結構いろんな揚げ物屋台が軒を連ねているように見える。
揚げ物人気と言えば、陰の立役者がいるのだが……。
生憎、エドワーズ達はタイドパーティを伴って長期のクエストに出てしまっていて、留守だった。
なんでも、西方の村を滅ぼした存在の尻尾を追っているらしい。
そしてやはり……。
あの滅んだ村は、レフィーナの故郷だったようだ。
敵討ちに向かおうとするレフィーナの付き添いを、エドワーズ達が買って出たに違いない。
あの子はそういう子だし、あいつもそういう奴だ。
「おいユウイチ。ここも随分やられてんな」
「ですねぇ……」
屋台で伸びるチーズ揚げと格闘しているミコト達を尻目に、外壁に残る修理後を睨む先輩。
見ると、街にも所々木の枠で覆われた場所があり、少しばかり景観が変わっている。
数日前に大型の飛竜が残したものらしいが、この難攻不落のデイスにあれほどの爪痕を残すとは……。
外壁場には、俺達が居た頃は殆ど見受けられなかった警備隊が巡回し、新たに大型ボウガンや大砲も設置されている。
都ではなかなか感じられない、魔物が生活圏へ迫る危機感。
それがデイスでは、こんなにも物々しく顕現しているのだ。
……。
俺も頑張らないとな……。
まあ、その前に釣りの一つくらいは……ネ……。
「はぁ……オメーはこういう時でも……。いや、今日は言わねぇよ。存分に釣ってこい。ただ、晩飯までに戻らねぇと捻り潰すぞ」
「よっしゃぁ! じゃあ釣神ユウイチ! ちょっとひと釣り行ってまいります!!」
俺は門番のジールさんへの挨拶もほどほどに、懐かしのボニート川へ向けて飛び立った。
今の時期、この気温、そして眼下の花々を見る限り、ガンクツマスが釣り時だ!
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「な……何だこれは……」
ものの数時間後、俺は獣脚竜系の魔物……。
俺の世界で言うところのティラノサウルスとか、アロサウルスとか、ああいう系の恐竜を思わせる魔物達に包囲されていた。
ボニート川ガンクツマスの遡上が悪いのか、中流域でさっぱり釣れないので、上流へ、上流へと登っていくと、無数のガンクツマスの死骸が山のように積み重なっている場所を発見したのだ。
これでガンクツマスが全滅……などは到底有り得ない話だが、その死の香りを察知した後進の群れは、遡上を中断しているに違いなかった。
現実でも、鮭などは大型哺乳類の体臭や仲間の血の匂いなどを察知して遡上を中断したり、遊泳コースを変えることがあると聞くし……。
などと考えていたところ、川沿いの至ることろから大小様々な獣脚竜が集結してきて、包囲されてしまったのだ。
本来は稀少で、強力かつ大飯食らいな種である獣脚竜。
そんな連中がこんなに集まってきたとあっては、ガンクツマスの一陣たちは成すすべが無かったに違いない。
しかも、動くものにとりあえず反応するどう猛さから、食うこともせず、ただただ噛み殺した獲物を打ち捨て、その結果、この凄惨な光景を招いたのだろう。
俺は身勝手ながらも、怒りに身を震わせる。
この無意味な殺傷に対しての怒り……も多少はある。
だが、何より憎いのは、この恐るべき魔物達がワラワラ湧いて出てくる今の状況だ。
レッサーダゴンの仕業なのか、あの転生者連中か、魔王か、それに準じる存在のせいなのか、それともあの凶星……もしや村民ミイラ化全滅事件の犯人……?
ただ、なんにせよ、去年の暮れから続く異常事態と、それを引き起こしているやもしれない存在に対する怒りが、俺の体を揺り動かした。
俺は一瞬身を低く屈め、手を左右へそっと伸ばし、詠唱した。
「アイス・ダスト・スモッグ!!」
俺の両手を広げた範囲に猛烈な氷のミストと、氷塊がブチまかれ、視界が一瞬にして悪化した。
俺はその霧を突き抜け……。
上空へ逃れた。
そりゃそうだ!!
獣脚竜の群れって言ったらパーティみんなで狩るレベルの強敵だもの!!
怒ってどうにかできる相手じゃない!!
「誰が悪いのか知らないが! 俺の楽しみを邪魔した恨み!! 覚えてろよ―――!!」
俺は眼下で火を吐いたり、激しく吠える魔物達へ嫌がらせの特大氷手裏剣乱れ撃ちを行い、即座にデイス方面へ取って返した。
釣りは出来たけど……出来たけど!
魚が釣れない釣りなんて魅力3割減だよぉ~!
既に太陽は大きく傾き、嫌に赤い西日が俺の頬を流れる激流を血のような色に染めていた。