第1話:釣力が足りない
「過去の歴史を顧みるに、今年は何らかの大きな災厄が訪れる可能性が高い。事実として、既に大虐殺事件や魔物の襲撃事件が相次いでいる。皆、心してクエストに臨むように」
大陸中央ギルド、春初めの日。
ギルドマスターが真面目なトーンで訓示を述べる。
「ユウイチィ……お前大丈夫かにゃ?」
「目に見えて元気ないよぉ~?」
「ああ……大丈夫……大丈夫……」
マーゲイとターレルが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
結局、年を越してなお、俺は満足な釣りを出来ず、釣力をチャージできていなかった。
まあ、当然と言えば当然。
二つ名持ちたるもの、一定以上の危険度を持つ魔物の討伐任務にはほぼ確実に駆り出されるのだ。
今年は、それはもう異常な年で、冬の寒さが和らぐとほぼ同時にワイバーンやワームのような危険度B~A級魔物がわらわら出現し、方々の村や町が被害を受けた。
無論、そういう時真っ先に声がかかるのは二つ名持ち冒険者だ。
俺達は春初めの日を待たずに、幾度もクエストに駆り出された。
まあ、それも別に構わない。
重い肩書には重い責任が降りかかるものということくらい分かっている。
ただ困ったことに、我らがシャウトパーティは二つ名持ち3人が居るとういうことで、通常では有り得ないような高難度指名依頼が宛がわれ続けたのだ。
やれ、ワイバーンの特異個体率いる群れを討伐しろだの、獣脚竜魔物の群れの討伐だの、炭鉱丸々ひとつを制圧したリトルオークの群れを殲滅しろだの……。
毎回毎回死線を潜るようなクエストの連発で、帰還すれば皆で死んだように眠り、次の指名依頼を告げるギルドバードに叩き起こされる。
そんな日々がかれこれ1カ月だ。
この過労状態で釣りが出来るわけがない。
以前大陸西方で起きた村人ミイラ化全滅事件のような惨劇も年明け早々三例発生したのだが、未だその事件の原因は不明のまま。
巷では、魔王が復活しようとしているのではないかともっぱらの噂だ。
無論、愛ちゃんがそのカギを持っている間は、魔王の復活はあり得ないはずなのだが、都にあふれ返った避難民のテント群を見ると、嫌な不安を覚えることもないわけではない。
「やっぱりダゴンが悪さしてるんじゃないっスか? 怪しいっスよあいつ……」
ミコトが呟く。
無論、ザラタードケロンであったことや、俺が見た凶流星の件は全てギルドにホウレンソウし、帝国議会の対策委員会に持って行ってもらったのだが、連中は神出鬼没なので、なかなか尻尾を掴めていないのが現状である。
法王の爺さんは毎回思わせぶりなことを言うが、こういう時こそヒントの一つでも教えてくれたらいいんだがな……。
どうにも上の空のまま、春初めの集会は終わった。
去年ならこの後、ドロアンコウ釣りにでも出かけたんだがなぁ……。
魚への恋慕を募らせていた俺は「おいユウイチ!、何ボーっとしてんだ!」と先輩に呼ばれ、慌ててその後を追った。
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「何かあなた、雰囲気変わったわね……」
「ええ……釣力が足りていないもので……」
「あははっ! 釣神殿は独特な力で動いてるのね!」
ギルドマスターの間に呼ばれたシャウトパーティ。
よほど覇気がなくなっていたのか、マスターが俺の顔をまじまじと見つめて笑った。
「んで? ウチの舎弟をこんな腑抜けた顔にしてくれた原因殿、何の用件だ?」
「あ痛たたた……。言うわねあなた……。でも、今回はちょっといい指名依頼よ。もしかしたらユウイチくんの覇気も戻るかもしれないわ」
「もったいぶってねぇで早く言えよ。こいつに限らずアタシら全員だいぶヤられてきてんぞ。アタシはどうも腹の虫が疼いてかなわねぇ」
「私も最近寝覚めが悪いです~……。お肌もガサガサしてきましたし……」
「私もムラム……ムシャクシャしちゃって昨晩は4連戦だったっス! ムフーっス!」
うん……。
俺もそっちの元気はあるんだよね……。
いや、そういうの外で言うのやめて!?
「……。コホン……。いいかしら。今回は何と、あなた達の古巣、大陸西方での指名依頼よ!」
俺達の方をビシッと指さし、さも「さあ喜べ!」という具合に叫ぶギルドマスター。
ああ……。
はい……。
そうですか……。
「あれ!? みんなリアクション無いわね!?」
「そりゃそうだろ。古巣ったっても1年だぜ? 大した期間じゃねぇし、どのみちクエストでヘトヘトになっから里帰りも楽しめねぇだろうしな」
「俺も同感です……。ここのところ出先で楽しめた記憶が無いです……」
「ゆっくりご飯も食べられないっスし!」
「私は古巣じゃないですしね……」
「へいへい行ってきますよ」とばかりにトボトボと部屋を出ていこうとする俺達を不憫に思ったのか、ギルドマスターは「もう! 分かったわよ! クエスト3日前入りで2日の休暇を必ず取るように命じるわ! みんなはその間ゆっくり遊んで、休んで、 ユウイチくんはその間に釣りをして、英気を養うこと!」と、書き直した指名依頼書をバンと突き出してきた。
「あのなぁ……そんな暇があったら一刻も早くクエスト終えて、家で休息をとった方が……」と、先輩が悪態をつこうとした瞬間には既に、俺はその依頼書をむんずと掴み取っていた。
「釣神ユウイチ! この指名依頼! 快く承る!!」
一瞬、場に沈黙が流れた。
「ふふっ……いい目に戻ったじゃない」というマスターの言葉を皮切りに、「はぁ……ったくオメーはよぉ……」と、先輩が呆れつつも笑顔を浮かべ、ミコトと愛ちゃんはカラカラと笑う。
受け取った依頼書には「フラウンド森林地帯のゾンビワイバーン討伐」と書かれていた。





