第35話:大討伐!浮遊島嶼群現る! さよなら龍の島
「雄一さん……! ダメっスよ……。気を確かに持つっス……」
暗転した視線を上に移すと、テレポートで俺の目の前に飛び込んで来たミコトが、俺の体とマナの鉤爪を受け止めていた。
レッサーダゴンに痛めつけられた彼女は、いつもの怪力を発揮しきれず、鉤爪の先端部は彼女の腹部に達し、血がポタポタと滴っている。
「何が起きたのか分からないっスけど……。雄一さん……。戻ってくるっス……」
ミコトはそう言って、俺の体をギュッと抱き締めてきた。
彼女の全身に刻まれた傷口から垂れてきた血が、俺の顔を伝っていく。
口元に流れたそれが、独特の温もりと、鉄のような味を運んできたが、不思議と嫌悪感は無かった。
そのまま暴れ出しそうな体を必死で抑え、荒い息を整えていると、全身を覆っていた龍のマナがバリバリと剥がれ落ち始め、激しい倦怠感が襲ってくる。
脳内で俺を急かしていた謎の声も、徐々に薄くなり、やがて、聞こえなくなった。
「ミコト……」
「お帰りなさいっス……。雄一さん……」
俺達はそっと抱擁し合って言葉を交わし、そして、そのまま同時に倒れた。
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「すまないな。幾分世話をかけてしまった」
「いえいえ、こちらこそ同族がろくでもないマネをして申し訳ない……」
数日後、俺達は晴れて解放されることとなった。
なぜこれほどかかったかというと、俺が眠り続けていたからである。
目を覚ますと、もうマナは見えなくなっていて、漲っていた力も、どこからともなく聞こえていた声も、消え去っていた。
俺達以外の冒険者連中も、既に引き上げた後だったらしい。
あの奇襲エルフこと、エルフの長老によれば、アングラ―スキルの魚バフ効果によってドラゴントラウトが俺の体を龍のマナを効率的に吸収させる体質に変えてしまい、それによって辺りに満ちる龍のマナを多量に取り込んだ結果、ザラタードケロンの意思に接触してしまったのではないか、とのことだった。
説明にいちいち「我ら天使様や悪魔、そして龍と同格たる人類ではまず起こり得ないのだがな、猿人ではなぁ……」などと、悪気のない高慢フレーズを入れてくるあたりが、いかにもエルフだ……。
ドラゴンの強力な意思に引っ張られ、俺はカニ爪に挑んだり、レッサーダゴンや転生者連中を蹴散らしたり、愛ちゃんを襲った……と。
まあ……。
確かにそんな感じはしてたけど……。
「操られてた…ってことですの……?」
ネスティが愛ちゃんの前に陣取り、ジロジロと睨んでくる。
そ……そんなに警戒しなくても……。
「操られてた……とは少し違うと思う。なんていうか、凄い優しい力を感じたんだ。ていうか俺、操り無効の体質らしいからさ。言うなら……そう、俺の意思を龍が後押ししたような感じだったんだよ。愛ちゃんの件はともかくとしてね……」
「随分と乱暴な優しさがあったものですこと……」
「恐らく、その猿人が襲われたのは、体内に宿す魔の結晶のためだ」
長老が愛ちゃんを指さしながら言う。
「お前はその身に先の大戦で滅された魔王を蘇らせるに足る魔結晶……鍵を宿しているな?」
「はい。魔女さん方から承った天の楔です」
「それを島龍は忌まわしく感じたのだろう。なにせこの島龍は少しばかり前の大戦において、我ら人類側に立って戦った希少な龍なのだからな。もしかすると、今回の迷走航路はその気配を察知してのことかもしれん」
「そんなことってあるんスねぇ! この大亀ちゃんは優しい子っス」
早くも包帯が取れたミコトが、床を摩りながら笑った。
「大亀ちゃん……。まあ、天使様がそう仰るなら……。ともかく、島龍には報告者を立て、旧なる支配者、即ち魔王の復活は当面無いと伝えておく。恐らくはそれでこの海域からは離脱するはずだ」
「ええ、お願いします。オークの渡りは俺達からすれば迷惑ですし、あなた方から見ても俺達の侵入は気持ちのいいものではないでしょうし」
「ははは。誰もが君たちのような者なら、我々は歓迎する気はあるのだがな……」
「どの口が言ってんだテメーは……」
長老は先輩の悪態に苦笑いしつつ、レッサーダゴンと悪の転生者連中、そしてサメガエルの攻撃によって激しく損壊した村を見渡した。
けが人も、死者も相当に出たことだろう。
住民達は俺達が敵を撃退することに成功したと知らされてはいるが、猿人たちの争いの巻き添えを食ったと反発する者も少なからずいると聞かされている。
長老は敵の狙いが、俺と先輩が大噴気孔まで運んだあのマナ結晶だったことを知っているので、どのみち彼らの攻撃は避けられなかったと通達してくれてはいるものの、理屈と感情は別物だ。
内政的にも、俺達がさっさと立ち去るに越したことはない。
陸地の方を見れば、俺達の報告を受けて、クエスト完了を知らせる花火がボンボンと上がっているのが見える。
これで冒険者達も引き上げ、この島はエルフとオーク、そして龍化した動植物が営む元の姿に戻ることだろう。
俺達は長老に先導され、最寄りの海岸線へ降りていく。
村を離れ、長老という肩書が外れたからか、途端に彼女は「すまないな。仮にも我らを救った英雄であるにも関わらず、追い返すような扱いをしてしまって」と、悲しげな表情を浮かべた。
エルフは高慢だが、誇り高き種族。
全てを知る身からすれば、俺達への処遇は耐えがたい屈辱なのかもしれない。
まあまあ、事情考えればしょうがないですって……。
一応俺たちなりのフォローを入れるが、長老は「すまない」と、縮こまるばかり……。
なんかこっちまで申し訳なくなる!
ちょうどいい波穏やかな海面を見つけたので、俺はそこにボートを召喚した。
落水しないように、俺とミコトが飛行スキルでアシストしながら、皆を乗せていく。
最後にシャウト先輩が残ったのだが、彼女は若干腑に落ちないような表情でボートを見つめた後、長老の方へ向き直り、ズカズカと距離を詰めた。
え!
ちょっと先輩ここにきて喧嘩とかは無しですよ!
と、俺は身構えたが、先輩はスッと自身の手を差し出した。
「最後にしみったれて終わりたくねぇ。なあ、ちゃんと約束守ってくれてありがとうよ。あと、あいつを弔ってくれてありがとな」
その言葉に、長老は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべ、先輩の手を握った。
「こちらこそ、島主様を救ってくれてありがとう。そして、悪魔の軍勢から村を守ってくれて、ありがとう……!」
力強く握られた手に、先輩は「これが猿人流なんだよ。案外悪くねぇだろ? 猿人」と、笑って返した。
長老は先輩の笑顔に、「いつかまた会う日があれば、この恩は必ず返そう」と笑い返す。
ああ~……。
先輩のそういうとこ良いわぁ~……。
「行こうぜ」
先輩はそう言ってボートに颯爽と飛び乗り、ドカッと腰を掛けた。
俺はそれを合図にエンジンを始動し、舵を花火に彩られたパルスター島の方へ切った。
村長の「ありがとう! ありがとう!」という凛々しい声に混じって、野太く、優しそうな「ありがとう」という声と、「心せよ “呼び声” は止まっていない」という、謎の言葉が聞こえた。
ハッとして振り向いても、誰もその声が聞こえた様子はなかった。
気のせい……ではないよな……。





