第33話:大討伐!浮遊島嶼群現る! エルフの村燃ゆ
「サンダースパイク!」
「ゲェェェェェ!!」
先輩の電気光弾がサメガエル魔獣を貫き、瘴気に還す。
こいつ……眷属型魔物になってる!
しかしちょっと見ない間に、エルフの村は随分様変わりしちまったな!
「ボクらも……応戦しているんですが、如何せん……数が多すぎて!」
広場で1人戦っていたフェイスに合流し、事情を聞けば、ほんの数時間前、下品な笑い声をあげる化け物がここを急襲し、眷属のサメガエル達を召喚して猛攻撃を仕掛けてきたそうだ。
エルフの戦士や、エルフの捕虜となって留め置かれていた冒険者達が応戦したものの、そのあまりの数に押され、瞬く間に村は火の海。
味方は散り散りになってしまったらしい。
ミコトや愛ちゃん、ネスティは無事なのか!?
「分かりません……。ついさっきまで……お二人とは一緒だったのですが……。くっ……!」
フェイスが、顔を歪ませて片膝をついた。
見れば、脇腹の軽量鎧に血が滲んでいる。
おいおい!
結構深い傷だぞ!
「大丈夫です……これくら……ゲホッ……!」
「バカ野郎! 無理すんじゃねぇ! オラ! ユウイチ! こっち連れてこい!」
先輩の指示に従い、フェイスに肩を貸して物陰に搬送する。
そこから覗く視線と目が合い、一瞬ドキッとしたが、居たのはあの看守エルフだった。
君! ミコトは……。
いや、今はフェイスの治療が先だ!
俺達は怯える看守エルフを尻目に、フェイスの服を脱がせ、傷口をウォーターショットで洗浄する。
サメガエルの細かい牙が傷口からポロポロと抜け落ちてくる。
小型の個体に不意を突かれたか……。
「申し訳ありません……! リーダーはおろか……アイさんまで見失ってしまうとは……!」
フェイスが悔しさと痛みに顔を歪めながら言う。
いいから黙ってろ!
傷が広がるぞ!
俺はもちろん、先輩も深い傷を治せる類の治療魔法は持っていないので、包帯と治療魔法布を使って止血、回復を図る。
レッドポーションを飲ませていると、段々と彼の血色が改善してきた。
「これで……この猿人の方は助かるのですか?」
「多分な」
「マナの口移しとかは要りませんか?」
「人間には必要ねぇ」
と、フェイスを挟んで先輩と看守エルフが短い言葉を交わす。
そ……そうだ!
ミコトがどこにいるか知らないか?
「あの天使様は長老と共に敵の首領を追って村の最深部……マナの祭壇の方へ走って行かれました……。そこから先は何も……」
「チッ……! アイツも無茶しやがって……! オイ!」
「ええ、行きましょう! 助けに!」
俺達は看守エルフが指さした方、マナの祭壇があるという村の深部へと走り出す。
フェイスが這ってでもついてこようとしたので、看守エルフに言って、彼を引き留めさせた。
ミコト!
愛ちゃん!
ネスティ!
無事でいてくれ……!
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村は大層酷い有様だった。
至る所に村を構成していた建物の残骸が転がり、燃えている。
建材にはクリスタルだけでなく、森の木々もふんだんに使われていたようだ。
大小様々なサイズのサメガエルが闊歩し、戦う力を持たないエルフ達を追いかけているが、戦士たちが魔法や剣術でそれを蹴散らしている。
見れば、村に迷い込んできたらしい冒険者の姿も見え、彼らもまた、サメガエルを追い散らし、エルフ達を守っていた。
ここは彼らに任せ、俺達は本丸の下へと向かい、走る。
エルフ文字に若干の覚えがある先輩の指示のもと、看板や地図に従い、マナ神殿へ続く旧市街地に差し掛かった時、それは突然現れた。
「先輩危ない!!」
「!!」
突如として、物陰から何者かが襲い掛かってきた。
俺と先輩の首筋数ミリ寸前を掠め、闇の刃が閃いた。
感知ピークと同時に反応したからいいものの、危うく首が胴体とオサラバしてるところだ!
「んだテメェ!?」
先輩が間髪入れず、その敵めがけ、電撃鞭を放った。
俺も同時に氷手裏剣を乱射して攪乱を試みた。
だが、敵はそれを易々と回避し、先輩へ斬りかかる。
先輩もまた、その斬撃を躱し、互いに一旦距離をとった。
「この斬り筋……オメェまさか……」と、先輩が呟く。
え、お知り合いですか!?
「知り合いだが、コイツはもう……!」
「はーっはっはっは! その通り!」
今度は頭上から不快な笑い声が飛んできた。
また新手か!
視線を巡らせると、いた!
俺の視線の先でずらりと並ぶ黒装束。
魔女会議に乱入してきた悪の転生者達だ!
お前らが犯人か!!
「はっはっはっは! さあね。ま、お前の相手はそいつで十分だ。なあ? シュン」
「………」
ヒョウノとか言ったか……。
あの人を心底小馬鹿にしたような声が旧市街に木霊する。
コクンと頷く黒ローブの敵。
シュンって……まさか……!
「アンデットにして俺達の仲間にしてやったのさ! お前らごとき、俺達がわざわざ手を下すまでもないんでな!」
「お……お前ら自分が何やってるか分かって……!」
「ユウイチ! ボーっとすんな!!」
先輩の蹴りが俺の背中に炸裂する。
同時に、耳元を「ヒュン」という風きり音が通過した。
痛っ!!
僅かに掠めたか!
連中の前で亡骸と演武をするのは癪に障るが、先輩の言う通り、このアンデッド・シュンはボーっとしていて勝てる相手ではない。
俺は彼らから意識をシュンに移し、双剣を握りしめる。
先輩と目配せをし合い、交互に攻撃を仕掛けては引き、仕掛けては引き、を繰り返す。
シュンの動きは素早さこそ驚異的だが、精密さにかけ、瞬間の判断力は鈍い。
アンデッド化の弊害に違いないだろう。
「元のお前はこんなんじゃなかったぜ!」と、先輩が放ったサンダーウィップをシュンが回避する。
そして次の瞬間、シュンの胸にX字の斬撃が入った。
まんまと飛び込んで来たな! 俺のテレポート斬りだ!
「バカが! その程度でアンデッドが倒せると思うか!」
忌々しい観客席からヤジが飛んで来る。
だが、それっきり、シュンの体は倒れ伏せ、動かなくなった。
当然だ。
俺の攻撃は敵の真実を攻撃する。
肉体を損壊しても動くアンデッドも、内部に潜む魔物の魂を攻撃されてはひとたまりもないのだ。
一転、余裕を失う悪の転生者軍団。
しかし、それでも彼らは俺達の元へ降りてこようとはしない。
明らかに俺を警戒している。
敵は俺のテレポート攻撃を警戒するように身構え、俺は連中の急な攻撃に備えるため、感知スキルを全開で発動する。
無論、先輩は電気の場を形成し、飛び込んでくる敵全てを両断する構えだ。
そんな硬直が少し続いた。
時間にすれば僅か3分にも満たない時間だっただろう。
しかし、俺には1時間にも、2時間にも感じられる。
そしてついに、その沈黙が破られる瞬間が訪れた。
破った者、それは転生者でも、俺達でもなかった。
「ギシャーッシャッシャッシャッシャッシャ!! クソがぁ! マナ結晶はとっくにドラゴンの腹の中だ!!」
あの恐るべき悪魔、レッサーダゴンがサメガエルの姿を模した化身体。
それが、以前よりも二回り近く巨大化した体を揺らして現れたのだ。
ヤバい……。
この感知ピーク……。
尋常じゃない危険度だ……!
「もうこんな場所なんざ用はねぇなぁ!! さっさと次行くぞ次!! たらふく食わせりゃいい話だ!! ギシャッシャッシャッシャッシャ!!」
レッサーダゴンは最早俺達など何でもないかのような顔で見下し、「ゲプッ……そういやこのゲロ不味い奴吐き出してなかったな……」と呟くと、強烈な水流弾を俺目がけて飛ばしてきた。
……!!!
「がはぁ!!」
俺はその水流弾を避けることもなく浴びてしまった。
いや、避けることは出来た。
だが、してはいけなかった。
「雄一……さん……負けちゃったっス……」
俺の腕の中で、弱々しく呟くミコト。
体中に深い裂創が刻まれ、そこに染み込んだ瘴気が彼女の肌を根のように浸食している。
溶解液に晒されたその全身は、痛々しく焼け爛れていた。
「んだ。生きてやがったか」という嘲笑の声が聞こえてくる。
その声に混じって、別の声が聞こえてきた。
脳内に響く声は、敵の垂れ流す下劣な不快音波とは異なり、重く、強く、そして、優しい。
「討て 悪為す者を」
「救え 営む者を」
「守れ 愛する者を」
同時に湧き上がってくる力、漲る魔力。
視界を埋め尽くして輝く、濃緑色のマナ。
俺は辺りに響く地鳴りと共に、飛んだ。