第32話:大討伐!浮遊島嶼群現る! メガ・ドラグ冷凍ビーム
「ハァ……ハァ……」
(抑えろユウイチ……。ミコトの顔でも思い出せ。これが終われば解決策を探してやる)
俺の右腕が激しい熱を帯びる。
何かが……。
何かが心の中で叫び震えている。
あの爪を破壊しなければ。
傷を癒さなければ。
営む者を守らねば。
俺は今すぐにでもあの爪の下に飛んで、ぶち壊しにかかりたい衝動を何とかコントロールする。
俺如きが向かったとして、飛び交うワイバーンたちの格好の餌食だ。
先輩が俺を力強く抱きしめ、震える右手を握りしめる。
彼女が言う通り、愛おしい人の顔を思い浮かべ、昂る感情を鎮めにかかる。
ミコトの笑顔、ミコトの膨れっ面、ミコトの泣き顔、ミコトの甘え顔、ミコトのおねだり顔、誘う表情、頬の香り、唇の温もり……。
あっ。
ダメだ感情昂る……!
「あああああああああああああああああ!!!」
「ユウイチ!!」
俺は飛行スキルを全開で展開し、上空へ飛び上がった。
何かが足に食い込む感覚、そして灼けるような痛みを覚えたが、もはやそんなものに構っている場合ではない。
軽い。
体が異様に軽い。
そして、全身に力が漲っている。
大噴気孔を飛び越えた俺の視界を、濃緑色の飛竜の群れが埋め尽くす。
下から見るとカラスほどの大きさだったが、間近で見ると優に翼幅数mある巨体だ。
だが、恐れは全くない。
「行こう……」
口をついて不意に出てきた言葉。
そうだ……。
彼らは敵じゃない……。
共に営む者たち……。
俺は濃緑色に染まった魔力翼を翻し、突き立つ巨大カニ爪へ突っ込んでいく。
ワイバーン達が俺の後を追ってくる。
「メガ・ドラグ冷凍ビーム……」
十字に組んだ双剣から放たれる濃緑色の超低温冷凍光線が、カニの爪に命中し、細い切っ先から、ガチガチと凍り付いていく。
何だ……。
普段は短時間の放出でも疲れがドッと出るのに……。
いくらでも撃てそうだ……。
「……チ」
高さにして100m近いその爪は、既に中ほどまで凍結している。
背後に控える飛竜たちが、次々に火炎弾を放ち、凍結部を攻撃し始めた。
激しい温度変化によって生じる収縮、膨張により、爪が崩壊していく。
降り注いだ破片はザラタードケロンの傷口に降り積もり、甲羅の大穴を塞ぎ、溢れ出す血液を凍り付かせてせき止める
「めろ……!」
バキバキと音を立てて崩れていく巨爪の音が大地を震わせ、空気が揺れる。
露出した蟹龍の筋繊維目がけ殺到するワイバーン達。
既に浸水は止まっている。
「ユウ……チ……!」
遥か眼下、陸地に集ったオークの生き残りがこちらを見上げるのが見える。
彼らもまた……。
「ユウイチ!!! 放出を止めろ!!!」
鋭い痛みが頬に走った。
ハッと気がついて下を見ると、先輩が俺の足にしがみついていた。
「このクソボケ!! イカれてんのか!! 腕が二度と使えなくなんぞ!!」
先輩の電撃鞭に打たれた頬の痛みが遅れてくる。
痛ってぇ!!!
頬と両腕が痛てぇ!!!
冷凍ビームを普段なら有り得ない長時間放出した俺の両腕は、濃緑色の氷を纏っていた。
ヤバい!!
凍傷になる!
壊死する!!
「さっさと下りろ! ていうか降ろせ!!」
「は……はい!! 痛てててて!!」
俺はワイバーンに囲まれている恐るべき状況から迅速かつ慎重に離脱した。
幸い、カニ肉に夢中な彼らが追ってくることはなかった。
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「いいか。絶対動くんじゃねぇぞ」
「は……はい……痛だだだだだだだだ!!!!」
「動くな!」
「無理っす!!!」
先輩が電流を俺の体表に走らせ、腕にまとわりつく氷を破砕してくれる。
痛い痛い痛い痛い!!!
皮膚までいってます!
だいぶ皮膚までいってます!!
「今度は思い切り動かせ!」
「え? は? あ痛たたたたたたた!!!」
今度は先輩の治療魔法と結合した低圧電流が俺の両腕を駆け抜け、あわや凍傷になりかけていた俺の両腕を勢いよく血液と魔力が巡った。
内部から外へ湧き上がる治療魔法の効果により、傷ついていた皮下の細胞が活き活きと活動を始め、両腕が、その指が、ものすごい勢いで振動している。
初めは恐ろしく痛かったが、やがて痛みは消え、体の内側から温まるような、気持ちのいい刺激に変わっていく。
「大丈夫か」
「は……はい……。すみません」
「……。まあ、結果だけは褒めてやる」
先輩がクイっと顎で指した先では、ついさっきまで大惨事の様相を呈していたカニ爪の傷跡がすっかりふさがり、濃緑色のマナに包まれ、猛烈な勢いで再生を始めた甲羅の森の姿があった。
流石は成体のドラゴン……。
恐るべき再生能力だ。
恐らく、全く異なる龍のマナを含んだカニ爪が食い込んでいたために、再生が出来なかったのだろう。
いつか酒場で聞いたドラゴンはドラゴンにしか殺せないという言い伝えは、この特性から来ているのかもしれないな……。
俺がその光景を眺めていると、不意にバシン! という衝撃が再び頬を襲った。
先輩が勢いよく俺の頬を張ったのだ。
「これはリーダーの命令を無視した挙句、パーティ全滅の危機を招いた分の罰だ」
「……。はい。ありがとうございます」
「ったく……。突然目つきが変わったかと思えばイカれ狂いやがって……。さっさとエルフ連中の村に戻って治療方法探すぞ」
先輩はポーチからマナ結晶を取り出すと、大噴気孔目がけて放り投げた。
カッ! と激しい光が大噴気孔から溢れたかと思うと、ブオオオオオ! という轟音を立て、猛烈な龍のマナ噴気が生じる。
ドン! ドン! ドン! という音に驚いて島後半部を見やると、これまで海に半分沈み、沈黙していた山々から、次々に溶岩が流れ出し、甲羅の欠損や、陥没した大地を修復していくのが見えた。
「もう大丈夫だ……」
「だな。うおっ!」
俺は妙に満ち足りた気分になりつつ、先輩をお姫様抱っこすると、夕焼けに照らされた空へと飛び立った。
ワイバーンが戻ってくる前に空域を抜けないとね……。
俺は緑色に逆巻く魔力風を縫うように飛び、神々しく輝くエルフ達の住処へと進路をとる。
白いクリスタルを多量に湛えたその山は、夕日を浴びて真っ赤に光っていた。
そう。
まるで燃えるように。