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第3話:クエスト ~岬の幽霊船事件を調査せよ~ B




 う……うう……。

 良い匂いがする……。


 香ばしい匂いに釣られ、ビリビリと痛む瞼を開けると、既に辺りは漆黒の闇に包まれていた。

 テントから顔を出せば、夜空には水平線まで満天の星が広がり、そこを白い星の大河が流れていた。

 遮るものなど何もない星々の大パノラマである。



「おっ……起きてきやがったなこの釣りバカ野郎」



 背後から声をかけられ、振り返ると、かまどの薪を囲んでミコトとシャウト先輩がコーヒーを楽しんでいた。



「雄一さんよく寝てたっスねぇ。もう夜更けっスよ」



 そう言いながら、ミコトが差し出してきたのは、木の皿に盛られたハマダイっぽい魚の塩焼きだった。



「雄一さん完全に意識失っちゃってたんで、簡単な調理しか出来なかったっスけど、お夜食にどうぞっス」



 思わず腹が鳴る。

 そうか……俺昼過ぎから何も食ってなかったっけ。

 シャウト先輩が投げつけてきたフォークを使い、それを一口食べてみた。

 うん。旨い。

 元の世界のハマダイ同様の旨さだ。

 うま味十分、それでいて淡白、脂も適度に乗り、身は非常にジューシーである。

 白身魚の完成形と言う人もいるくらいに、ハマダイは白身魚に求められる味わいを完璧に満たしているが、この魚もまた、極めて高次元でバランスの取れた食味であった。



「旨いよ! しかし……こんな簡素な薪でよくこれほど上手く焼けたな」



 調理器具担当の俺が倒れていた以上、使えるのは簡易かまどとその薪の火くらいのもの。

 直火で大ぶりな魚を、それも中まで火を通しつつ身のジューシーさを失わせないとは、いったいどんなテクニックを使ったのだろうか。



「分かるっスよ雄一さんの考えてること! これを使って蒸し焼きにしたんスよ!」



 ミコトがクーラーボックスから取り出したのは、大ぶりな海藻だった。

 昆布……かな?



「正解っス! この昆布で魚を包み込んで、かまどのすぐ傍で傾けた石に乗せて焼いたんス。 昆布のうま味と塩味が身に移るし、身の水分も十分保ってくれるんスよ」


「その赤いやつも旨かったが、白いやつも旨かったぜ。お前はいい嫁貰ったもんだ」


「そんな~。私達まだ結婚してないっスよ~。結婚以外のことは大概済ませてるっスけど~」



 照れるだけにしておけばいいものを、いちいち下世話な話に繋げる俺の嫁はさておき……。

 白いやつというと、タラだろうか。

 よく見るとクーラーボックスの中の魚の量が激減していた。

 この人たちめっちゃ食ってる……。

 しかし俺はふと、あることに気が付いた。



「あれ? 最後に釣った黒いやつは?」


「ああ……あれか……見るか?」


「ちょっとえげつないことになってるっスよ……」



 「こっちっス」と案内するミコト達について行く。

 高輝度LEDランタンで足元を照らしつつ、不安定な岩場を歩く。

 ちょうど日中、俺が釣り座を構えていたあたりだ。

 「ほら、あそこだ」と、シャウト先輩が指さす先を高輝度LEDハンディライトで照らすと、岩場の一角が黒い染みに覆われていた。



「あの黒い染みが雄一さんの釣り上げた魚っス。溶けちゃったっスね」


「ええ!? 溶けたの!?」



 思わず近寄ってみると、黒い染みの中に、あの茎状の物体や骨、目などが見受けられる。

 そしてその先端に広がっているのが、巨大な牙をたたえた大口の骨格であった。



「お前を張り倒したのと同時くらいにみるみる溶けていったぜ。気味の悪い魚もいたもんだなぁ」



 シャウト先輩が足をさすりながら言う。

 この大口、牙で足を……。

 屈強な足を持つ先輩だからこそ出血程度で済んだものの、俺が噛まれていたら、食いちぎられていたかもしれない……。

 鋭く頑丈なそれを指でなぞりながらゾッとした。

 「ガー!!」と突然先輩に脅かされ、尻もちをついてしまう程度には恐怖を感じていた。

 いや、普通にやめてくださいよ先輩! 心臓に悪い!



「はっはっは! 悪い悪い。しかしコイツは何なんだ? 見たことねぇぞ」



「多分……チョウチンアンコウの類かと思うっス。これだけドロドロになっちゃうってことは、多分体の殆どが水分なんすね、この子」


「あ~! チョウチンアンコウね。図鑑で見たことあるわ。あの頭の疑似餌で魚をおびき寄せて食うんだろうな。しかしこの世界にもいるもんなんだなぁ!」



 原型をとどめている間によく観察できなかったことを悔やみつつも、俺は珍しい魚との出会いに感動を覚えた。

 「こいつには可哀そうなことしちゃったなぁ……」と、思わずその染みを撫でる。

 ……なんかドロッとしてる……うわ! 臭!!



「そうなんスよねぇ……この子すんごい臭いんスよ……。おかげで調理しようにもできなかったっス」



 凄まじい後悔を覚えつつ、俺は魚の匂い取りウェットティッシュを召喚し、可能かなぎり手を綺麗に拭き上げたのだった。

 うえ……まだ臭う……。



「しっかし……現れねぇな、幽霊船」



 先輩が思い出したように漆黒の海の方を向き、呟いた。

 俺を張り倒した後、二人で雑談しながら海を見張っていたらしいのだが、幽霊船は全く現れないらしい。



「獲物……船がいないせいかね? となると幽霊や魔物の筋は薄いか……? しかし人の仕業と言うには活動拠点の気配もないしな……」



 月明かりをバックに、口元に指をあてて考え事をする先輩は相変わらず美しい。

 先輩って頭使ってる時、いかにもインテリって感じの顔になるよな~。

 などとおもっていると、ミコトが先輩すぐ後ろで同じポーズを始めた。

 ハイハイ……。

 そんなことしなくても君は美しいよ……。



「そもそも幽霊船なんですかねそれ? テイオウホタルイカの見間違えじゃないんですか?」


「アタシも最初はその可能性疑ったんだ。でも船乗りの連中はテイオウホタルイカ見慣れてるって言うし、何よりこの辺を通る通商船はイカの攻撃程度で沈むような大きさじゃねぇ」


「うーん……それなら囮の船でも走らせてみるとかどうっスか? 人の乗ってないハリボテ船をデコレーションして敵の目を欺いておびき出すんス」


「それもやったんだが、釣られて現れたりはしなかったらしい。だからこうやって地道に見張るしかねえんだよ」



 結局、その日はどれだけ粘っても幽霊船が現れることはなかった。

 朝焼けが水平線を染め始めた頃「まあ、気長に待とうぜ」と、シャウト先輩は俺達に仮眠をとるよう勧めてきた。

 ミコトは「ふぁーい……」と欠伸をしながらシャウト先輩と共にテントに入っていったが、俺は随分長い昼寝をしてしまったため、全く眠れる気がしない。

 もう少し見張っておきますと先輩に伝えた上で、俺は朝マヅメの釣りに興じることにした。


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