第31話:大討伐!浮遊島嶼群現る! 突き立つ脅威
「オメー、アタシが居ないクエストで随分旨いもん食ってやがったんだな」
「先輩居なかったせいで結構な苦労をしましたけどね……」
巨大な切り株の上で焚火を囲む俺達。
ラビリンス・ダンジョンはこの世のどこかの風景を切り取って迷宮を形成する。
あの水没迷宮は、このザラタードケロン体内に存在するダンジョンをそのベースにしていたのだ。
無論、地震の森に存在する生態系も、そっくりそのままだった。
あのオオグチキバカガミも、サルクイダンジョンパーチも、セグチイトマキエイもだ。
激マズの携帯保存食に飽き飽きしていた俺達は、現地調達の食事と洒落込んだのである。
「しっかし何なんだコイツはよぉ……」
先輩がサルクイダンジョンパーチの焼き身を齧りながら言う。
その傍らに横たわるのは、あの巨大ナマズ。
元のダンジョンで主を務め、魔法バフと魚料理フルブーストの俺と、ビビと、エドワーズのコンビネーションでようやく仕留めたあの怪物だが、先輩の手にかかってあっさりと落とされてしまった。
無論、ここはラビリンス・ダンジョンではないので、コイツを倒したとてダンジョンが消えたりはしない。
せっかくなので焼いてみたが、恐ろしく臭くて食えたもんじゃなかった。
「無駄にでけーわ、しつこいわ、挙句クセーわ……」と、ナマズをペシペシ叩く先輩。
あ……そういえば……ナマズと言えば……。
俺は水面を覗き込む。
………。
……。
いた!!
ミコトナマズ!!
俺はそれとない動作でブランクカードを投げつける。
手遅れかもと思っていたが、幸運にも封印は成功した。
極度の閉鎖水域だから、この世に拡散してないからセーフってわけか……?
まあいいや! ミコトに良い手土産が出来た!
「おい。いつまでものんびりしてらんねーぞ」
先輩に肩を掴まれ、引き起こされる。
そうだそうだ。
土産を渡す人は一応囚われの身。
急いでやらねば。
俺はカードをポーチに仕舞い、宙へ伸びていく巨大なツタを登り始めた。
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水没迷宮の最上階層へ到達すると、辺りの風景は途端にゴツゴツとした岩山に変わった。
それとほぼ同時に、強い揺れと風が俺達を襲う。
ブオオオオオオ! という轟音と共に、遥か頭上の小山から吹きあがっていく濃緑色の風。
あれがザラタードケロンのマナ……。
そうか、水没迷宮の地震は、ザラタードケロンの大噴気孔が起こす振動を再現していたのか……。
ていうか……。
さっきから妙に周りを飛んでるマナが濃いんだけど……。
コレはこの場所のマナが濃いのか、それとも俺の目がおかしくなったのか……。
指輪は相変わらず濃緑色のまま……。
いや、むしろ力強く光って来てるような……。
「何ボサっと突っ立ってんだ。行くぞ。ワイバーンに寄って来られたら厄介だ」
先輩が上を指さしながら小声で言った。
その空には、無数のワイバーンがカラスのように飛び交っている。
あれ……。
なんだ……。
感知スキルが妙に穏やかなピークを出してる……。
(オイ!)と、先輩に小突かれ、俺は螺旋状の坂道を登っていく。
何だろう……。
あのワイバーン一体一体が俺を凌駕する戦闘力を有しているのに、なぜか恐怖心が全くない。
俺もいよいよ肝が据わって来たか……?
定期的に発生する揺れを凌ぎつつ、俺達は歩を進める。
徐々に濃密になる龍のマナが、いよいよ視界を遮り始めた頃、先輩が俺の肩をトントンと叩いてきた。
振り返ると、先輩は嫌なものを見たような表情で壁面の穴を覗いていた。
え?
何です?
俺も先輩の指さす空洞に目を当ててみた。
……。
「うげっ!?」
(バカ! 声がでけーよ!!)
先輩の手が勢いよく俺の口を塞いでくる。
(でででででも! 先輩アレは!)
(ヤベェ。アレを何とかしねぇと、このドラゴン沈むぜ……)
のぞき穴から見た景色。
このドラゴンが弱っている理由。
オークが続々とエルフ達の住む前半部へやってきている真相。
ちょうどこのドラゴンの後ろ半分の甲羅を貫通して突き立った、巨大なカニの爪と、そこからとめどなく噴き出す大量の血。
そして、半分以上が海水に浸かった、オークたちの森……。
「うっ!!」
(どうしたユウイチ!)
俺は激しい動悸を覚え、その場にへたり込んだ。
あの出血量に恐怖を覚えた?
違う。
切り捨てたオーク達の置かれた状況に同情した?
違う。
「先輩……アレが……あの爪が……憎いです……。頭の血管が……ブチギレそうなくらい……!!」
(ユウイチ! お前!?)
俺と目が合った先輩が、一瞬これまで見たことのない表情を浮かべた。
なんだ……恐怖……?
先輩……なんでそんな顔するんですか……?
(バカお前! 顔見てみろ!)
先輩が短剣の腹を俺の眼前にかざす。
顔って……。
別に何も……。
……。
……。
「!? 何だこりゃ!!?」
(声がでけーよバカ!!)
先輩の手が再び俺の口を勢いよく塞いだ。
同時に広がる、鉄の味。
先輩の瞳に、やけに鮮明に映った俺の右目。
見慣れた一般的日本人の黒色からかけ離れた緑色に染まり、その中心には縦長い瞳孔が深い黒色を湛えている。
まるで、龍のそれのように。





