第28話:大討伐!浮遊島嶼群現る! ドラゴントラウトの塩焼き
「うおぉ!? おいユウイチ!? もう薄暗ぇぞ!」
色気のない叫び声をあげ、テントから這い出してくる先輩。
「あ。おはようございます先輩。いや遅うございます……?」ガジガジ
「おいオメェ……“ちょっと”ひと眠りって言ってたよな?」
「えーっと……。先輩の寝顔があまりにも穏やかなもんで……起こしたら悪いな……ひぶぅ!?」ガジガジ
ビリビリビンタが飛んできた。
久々の痛撃に視界がチカチカする。
いや……だって先輩お疲れなのに起こしたら悪いじゃないですか!
「オメー仮にも仲間人質に取られてる意識持てよ!? 失敗したら洒落にならねぇぞ!」
「いや……失敗しないためですよ。先輩が元気じゃないと絶対このクエスト無理だって俺身をもって理解しましたし……」ガジガジガジガジ
「……。おめーそれ大丈夫か?」
「いえ。正直そろそろ助けてほしいです」ガジガジ
先ほどから俺の頭をずっとガジガジしてる緑色の物体。
ドラゴンの顔を思わせる花弁には無数の歯があり、帰る途中でその生息地にうっかり踏み入った俺の頭に噛みついて離れないのだ。
流石に自分の頭目がけて剣や魔法を撃ち込むのは怖いので、先輩に外してもらおうと思ったのだが、なにせ安眠中の先輩を起こすのも憚られたので、俺は今の今までガジガジに堪えていたのである。
先輩は「動くなよ」と言った後、一瞬で花弁のみを電気鞭で斬り裂いてくれた。
おー! やっぱり頼りになる!
「ドラゴンの体から溢れ出る龍のマナには生き物を変質させる効果が有んだ。この一帯の生物は全部ドラゴンの性質を持ってると考えて間違いないと思うぜ」
そう言って、手近に実っていたフルーツを千切って見せる先輩。
ふむ……。
確かにドラゴンの頭を思わせる形になってるな……。
元の世界のそれとはだいぶ違うが、ドラゴンフルーツと呼ぶべきか。
ってことは、こいつらがドラゴンっぽくなってるのはそういうことなんだな。
俺はクーラーボックスから、かの魚を取り出す。
すると、先輩は「やれやれ」とばかりに深々とため息をついた。
「お前こんな時にまで……」
「食べないんすか?」
「食う」
頭をかきながら素直に焚火の前に座る先輩に愛らしさを覚えつつ、俺はドラゴントラウトの硬く尖った鱗を削り取り、串を打って岩塩をまぶし、召喚したバーベキューコンロにそれを刺す。
火を噴く魚がちゃんと焼けるのか不安だったが、一応身はだんだんと白くなり、次第に香ばしい匂いが立ち始めた。
匂いは普通の魚だな……。
「へぇ……いい匂いしてんじゃねーか。クエスト中でもなきゃ一杯いきてぇとこだな」
先輩はそう言いながら、行動保存食をガリガリと齧っている。
そうか……。
今白飯切れしてたんだった……。
先輩が「ほれ、オメーも」と、一本投げてくれたので、俺もまた、そのかっぴかぴの豆腐のような、チーズ臭く、豆臭い、舌触りの悪い、それでいてなんか塩辛く、しかも甘い、なんとも美味しくない棒をかみ砕く。
これ3本で一日行動するのに必要な栄養分が取れるというのは凄いが、もう少し味に気を使ってもらいたいところだな……。
「オメーらとつるみだす前は、これでも何ら不自由感じてなかったんだがな……」
先輩が呟いた。
まあ、ウチの冒険者飯は他所よりだいぶハイグレードですからね……。
「失って初めて気づくもんだ……」
グリルの火を見ながら、縁起でもないことを言いだす先輩。
……。
なんか嫌なことでもあったんです?
「いや……エルフの長老とやり合った時、いやがおうにも連中の死生観に触れちまったわけだよ。人類のこと短命種云々言い腐ってよ……。そん時思ったんだが、ミコトは長寿の天使族でオメーは人類だろ? オメーや愛が死んだ後のパーティのこと考えたりするとな……」
「ははは……。それはまた随分先の話じゃないですか……」
「随分先の話だからこそだ。当たり前に居た存在がフッと無くなるってのは、大層キツいと思うぜ」
なんか遠い目をしてる……。
頭に拷問でも受けたんですか……?
ま……まあいいか……。
俺はグリルに刺してある魚をクルリと回す。
焼き目がついた魚の身からポトポトと脂が落ちた。
火に落ちたそれが煙に変わり、それが身を燻す。
これにより、焼き魚は香ばしさを増すのである。
両面ともにこんがりと焼けたそれに、スティックレモンの搾り汁をかけ、先輩に手渡した。
「お。地味だけど旨そうじゃん」と、魚の腹に噛り付く先輩。
俺も同じように魚の腹を齧る。
お、旨い。
ただ、身は普通のマスだなコレ……。
「普通に旨ぇな」
「ですね」
ただ、普通の魚の塩焼きを食べていると、不思議と安心する。
あんな話聞かされた後だからだろうか……。
「おい。食ったら寝ろ。明日は早くに出るぞ」
「ああ、はい。すみません起こさなくて……」
「それはいい。おかげで随分体調もいいしな。気遣ってくれてありがとよ」
「あはは……。そりゃどうも。先輩は?」
「アタシはしばらく見張ってから寝る」
先輩はそう言うと、焚火の前に座った。
まあそうだよな。
あんな盛大に昼寝したらそう寝れないよな……。
俺は迷彩擬装を施したテントに潜り込み、召喚した寝袋に入る。
……。
ちょ……ちょっと先輩の匂い……。
何か、妙に森のざわめきが大きく聞こえる気がしたが、森の探索と釣りで疲れたのか、俺の意識はあっという間に漆黒の闇の中へ溶けて行った。