第27話:大討伐!浮遊島嶼群現る! ドラゴントラウト
あらゆる龍には、特有の欲望がある。
ある龍は城や砦を我がものとし、ある龍は人の子を娶ろうと目論み、またある龍は文明を焼き尽くすことに喜びを覚えるという。
ついこの間戦った幼体ヒュードラーは真珠に対して強い執着を見せていた。
その多くが、破壊すること、奪うことにまつわる邪悪な願い、自惚れの類とされているが、ごく一部、育み、与えることを自らの欲望とする種がいる。
群島海亀龍「ザラタードケロン」。
多くが他種への強い攻撃性を有するドラゴンの中で、極めて希少な、「育む龍」である。
かの龍が価値とするものは、自らの背の上に育まれる命や営みなのだ。
龍の背に広がる亀の甲羅状の甲殻は独特な多孔構造を備えており、種や胞子を付着させ、苔を茂らせ、木を生育し、長い年月をかけてついには広大な森林を形成する。
そして背の突起から溢れ出る真水、マグマ、そして龍の排泄物が、大地を潤し、時に破壊し、土壌に豊かなマナを巡らせるのだ。
「お! やっぱりいるいる!」
俺は先輩に聞いた話を思い返しながら、発見した水場を覗き込んだ。
するとまあ! 魚影がぽつぽつと!
海からここへ遡上してきたのだろうか、それとも鳥か何かに運ばれた個体が居付いたのか、はたまた、この龍が接岸した陸地から伝ってきたのか。
詳しくは分からないが、とりあえず釣ってみよう!
「釣具召喚!」
俺の手に出現するは、渓流ロッド6ftにスピニングリール1500番+ナイロン4lbのタックル。
俺はそこに4㎝の小型ミノーを直結し、さらさらと流れる清流へキャストする。
木々にかからないようアンダースローだ。
川を横切るように投入したそれを流れになじませつつ、落ち込みや瀬の付近でショートトゥイッチを数回入れる。
すると、活性が高いのか、すぐに反応が返ってきた。
竿がビクビクと小気味よく震える。
細いラインが岩に触れないよう気を付けながらファイトする。
バシャバシャと水面を割り、妙に濃い緑色のマスみたいな魚がこちらへと近づいてきた。
20cmないくらいか……?
などと余裕をこきながらランディングネットに魚を誘導していると、突然、感知スキルが鋭いピークを立てた。
方向は真正面!!
「うおわ!? 何だ!?」
俺は咄嗟に身を屈め、迫る危機の回避を試みる。
屈めた眼前に、小さな火球が直撃した!
オートガードが発動し、マイクロファイヤボールを受け止める。
ちょっと待て!
今のは!?
竿の先で暴れる魚を見やる。
ラインは辛うじて切れていないが、ルアーがちょっと焦げてる!
俺は竿に力を籠め、アングラースキルを発動させた。
あの魚……。
こうでもしないと獲れない!
火球を吐きながら抵抗する魚の引きを耐え、飛んで来る火球を回避し、俺はおよそトラウトフィッシングとは思えない様相でファイトする。
流石にこんなことで魔力消費激しいオートガードを乱発したくはない。
4発目の火球を回避したあたりで、引きが猛烈に弱まった。
今だ!
俺は竿を倒し、川の流れを利用して魚をランディングネットに誘導する。
魔力を使い果たしたのか、その魚はあっさりとネットに収まった。
ふぅ……。
驚いた……。
ネットの中で弱々しく泳ぐのは、濃緑色にやたら硬く、刺々しい鱗を備えたマスっぽい魚……。
何じゃこれ!?
龍っぽいマス!
ドラゴントラウト!!
俺は鑑定スキルで毒が無いことを確認し、即座に首を折って絞め、内蔵を取り出した。
クーラーボックス内で火を噴かれたらたまったもんじゃない。
せっかくなので、2人の食事を確保しようと思い、俺は再びルアーをキャストする。
すると再び魚がかかり、同じように火球を吐いてきた。
俺は落ちついて、その火球を回避し、ファイトを継続する。
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「お? あれは……?」
ドラゴントラウトを6匹確保したとき、魚とは少し違うシルエットの物体が川を泳いでいくのが見えた。
俺はたも網を召喚し、それを掬い上げる。
「おお! 凄い! 可愛い!!」
思わず声が出た。
なんと、それは小さなウミガメ。
しかし、やたらごつごつとした甲羅を持っていて、時折プシュプシュと蒸気や水が上がる。
そして何より特徴的なのは、甲羅から一本生えた、瑞々しい双葉であった。
そう、ザラタードケロンの幼体である。
どうしよう!
無茶苦茶可愛い!!
そうか!
ザラタードケロンは背中で子どもを育成するのか……!
子供はある程度の生態系が揃ったここで一定のサイズまで大きくなり、やがて大洋へと繰り出していくのだろう。
よし……。
俺は「お前もこいつみたいに立派な島になるんだぞー」と言い、子ザラタードケロンを清流へと返してやった。
ドラゴンは最優先討伐対象ではあるが、ザラタードケロンの逸話を聞くに、こいつは滅ぼすべき存在ではない気がしたのだ。
子ザラタードケロンは水中から首を伸ばし、俺の方をジーっと見た後、水底へと還っていった。
彼も数百、数千年の後には、その背にエルフや人類の街を背負って大洋を征く群島海亀龍になってほしいものだ。
独善的かもしれないが、良いことをした気分になった俺は、先輩の眠るテントへと急いだ。