第22話:大討伐!浮遊島嶼群現る! 激闘の前夜祭
大討伐クエスト。
それは冒険者の祭り。
大陸西方とは若干流儀が異なるものの、根底はあまり変わらない。
冒険者ギルドの時計塔にある大鐘が鳴れば、街の人々の歓声を受けながら、腕利きのパーティ達が次々に駆け出していく。
ある者は飛行クジラ便へ。
ある者はキャラバンに同乗し。
またある者は自慢の健脚や移動系スキルで。
彼らの向かう先は、大陸北方の島「パルスター島」。
この大陸において最大の島であり、その昔、反ブルーフィン帝国の連合勢力が立てこもり、最後の抵抗をしたという、幾分血なまぐさいところでもある。
そのギルド出張所から届いた緊急依頼。
それこそが、「謎の浮遊島嶼群」であった。
「流氷に代わって漂着した謎の島嶼群から、オークの一団が侵入、沿岸の漁村一つが壊滅……全島に籠城勧告ねぇ……。割とシビアなクエストだな……」
シャウト先輩がギルドの号外を見つめつつ、眉をひそめた。
無論、特務戦力にして3/4が二つ名持ちの我らがシャウトパーティは、飛行クジラでいち早く現場入りを図っているものの、既に事態は急を要している。
「ミガルーを出せ」と先輩はギルドマスターに詰め寄っていたが、生憎、ミガルーはドックで繁殖作業の真っただ中で、あと2カ月は身動きが出来ないらしい。
よりによってこんな時に……。
「オークってでっかいブタのお化けみたいな奴ですよね? そんなに強いんですか?」
と、愛ちゃんは絶妙に緊張感がないが、生憎、かなりの難敵である。
なにしろ厄介なのは、彼らには高度な社会性があり、武器の製造や物資の売買といった文明を持っている点だろう。
それでいて、鍛え上げたムキムキマッチョマンの人類を凌駕するパワーを雄の成体ほぼ全てが備えているというのだからたまったものではない。
だが、人類も決して全面的に負けているわけではない。
優れた知能、洗練された戦いの技法、何より、圧倒的な繁殖力からくる頭数の多さは、彼らとの戦いにおいて十分なアドバンテージとなるのだ。
事実として、既にこの大陸におけるオークの生息域は既に制圧され、小規模な集落が高山や森林の奥地に点在するのみとなっている。
知能は高くとも、生贄や同族食い、戦った他種族の亡骸を並べて村に飾る、打ち倒した強敵の骨で武器を装飾するなど、他種からすれば到底許容できない習性がある彼らは、人類と相互理解に至ることなく、亜人種でありながら、危険度Aに相当する魔物として分類されているのだ。
「とのことっス」
ミコトが魔物図鑑の項目を読み上げると、愛ちゃんは真っ青になっていた。
「そそそ……そんなのが大陸に攻めてきたなんて! もう戦争じゃないですか! アレですか!? 大昔にあった人魔大戦ってこういう……」
「まだ戦争じゃねーよ。戦争かどうかをアタシらが確かめに行くんだよ。それに、人魔大戦ってのはこんな程度の規模じゃねぇ」
先輩は短刀を念入りに研ぎながら言う。
そうだ。
これは“まだ”戦争ではない。
仮に、海に浮かぶ群島が偶然この地に流れ着いたもので、そこに偶然オークが乗っていたのなら、それはただの魔物の討伐で終わる。
だが、もしオークのある個体群が意図的にこの島嶼群を流し、それによって帝国領を侵してきたのなら、それは立派な戦争行為だ。
強襲揚陸というやつだ。
俺達冒険者の任務はオークの撃退と、浮遊島嶼群の調査であり、戦争ではない。
仮に、何らかの“意図”が見えた場合、その時は帝国正規軍が派遣され、新鋭の兵器で殲滅するというわけだ。
初めから正規軍出せよ、とも思うが、毎年予算の目の敵にされている武器弾薬を、魔物の群れとの小競り合い程度で使うわけにはいかないのである。
平和が長く続いた時代ならではの悩みだ……。
「そろそろ中継地だぜ……。ったく……。これだから歯痒いんだ……」
シャウト先輩が見やった先、夕闇に浮かぶ、小さな町のシルエットが見えた。
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町のギルド支部と、そこに隣接する食堂はごった返していた。
いち早く冒険者の一団が来ると聞きつけた商魂逞しい商店が、装備や食事を売る屋台を建て、まるで祭りの出店街のようだ。
俺達はギルドの食堂に何とか席を確保した。
急ぎとはいえ、通常の飛行クジラに夜間飛行は出来ない。
多くの飛行クジラが、パルスター島対岸の砦街「カプサ」に停泊し、一夜を明かした後に島へ渡ることになるわけだが、一部、早朝に発った飛行クジラは島に到達していて、この砦から海路で夜間上陸を試みる一団もいるようだ。
俺達もどうかと、船乗りに誘われたが、それは先輩が蹴った。
夜間に島を縦断し、身一つで街を目指すのは危険すぎるとの判断である。
「どんだけ急いでても、無謀であっちゃならねぇ」とのお言葉だ。
まあ、確かに船に乗っていく連中は、いかにも功を急いでる感じの年長称号無し組や、駆け出しの自信過剰組だ。
見覚えのある実力者たちは、皆ここで一泊している様子である。
ターレルやレアリスパーティの姿も見えた。
あれ……?
マーゲイは?
「あの下品なお方のパーティでしたら、いち早く発ったクジラ便で既に島入りしていますわ」
「『僕が一番のりして島の美女人気は独り占めにゃ!』とか言ってましたねぇ」
振り返ると、ネスティとフェイスがディナープレートを持って立っていた。
「どうです? ご一緒に?」と、フェイスが言うので、席を詰め、2人を入れる。
せ……狭いな……。
「貴方、二つ名を賜った程度でオーク討伐に参加するなんて、なかなかに身の程知らずね。せいぜい気を付けるといいわ」
等と吐き捨てて見せるネスティに「あはは……ちょっと怖いかも。でも、ネスティちゃんや実力ある先輩達もいっぱいいるから、安心して戦えそうだよ」と応える愛ちゃん。
ネスティは頬を赤く染めながら「そういうとこですのよ貴方」と、口先を尖らせた。
「んで? なんだよ。ただ一緒に飯食いたいってだけじゃねえだろ?」
先輩がイカステーキを噛みながら、ジト目でフェイスを睨む。
彼は「たはは……やはりお見通しですか……」と愛想笑いをした後、本題に斬り込んだ。
「いえ、この大討伐クエスト、私達も貴女のパーティに加えていただきたいなと思いまして」
「ああ?」
先輩は当然のように塩対応だ。
この人、ベテランだけど案外人見知りの癖がある。
気心知れたメンバー以外とは滅多にパーティを組まないのは、俺もよく知っている。
だが、先輩の不機嫌そうな表情をものともせず、フェイスはニコニコ顔で続けた。
「貴女のパーティは、丁度欠員が出ている。それも肝心要の回復役ですね。リーダーは丁度プリーストのジョブスキルを持っています。そしてボクは近接戦闘を得意としている。二人でその欠員を補えると思いませんか? コトワリさんは体術にも優れていたとお聞きしますし」
「んだとぉ!? コトワリはなぁ……そんなもんじゃ……」
「本当!? ネスティちゃん! 一緒に行こうよ!」
先輩がコトワリさん講義を始めようとした声を遮って、愛ちゃんがネスティの手を掴んで立ち上がった。
ネスティは「は……はい……」と、顔を真っ赤に染めて頷いた。
先輩は一瞬ムッとしたが、愛ちゃんの笑顔を見て、小さくため息をつくと「しかたねぇ。組んでやるけど、アタシの言うことはちゃんと聞けよ!な!」と、フェイスの額をトントンとつつく。
フェイスはネスティの様子に表情を溶かしながらも、「ええ、寸分の違いなく」と、不釣り合いなイケボで応えた。
心強い……のか?