第19話:指名依頼セカンド 煌めきのシェルブレード
「行け! シャドーメガマウス! エビザメ! イシガキデメニギス! ヒゲウバザメ!」
俺は脈動している4枚のカードをかざし、天界魚類たちを召喚する。
仰々しいエフェクトと共に海中へ勢いよく飛び出していく4つの魚影に、俺は心強さを感じたが、彼らはすぐに思い思いの方向へと泳いで行ってしまった。
ヒゲウバザメは浅瀬の方へ泳ぎ去っていき、シャドーメガマウスは霞のように群れを作って泳いでいる小魚の群れへ突っ込んでいくし、イシガキデメニギスは海底に付着しているやたらデカい貝を貪り食っている。
唯一、エビザメだけは生真面目に、上の大顎が滑り落ちるであろうレールに生えた海藻をモシャモシャと食ってくれていた。
「ユウイチくん……召喚士としての腕はイマイチかもね……」
妖精と化したレアリスが呆れたように呟く。
あれ……?
あれれ~……?
君ら前出てきたときはもっと的確に戦ってくれたよね……?
「まあ、ヒュードラーが現れたら縄張り意識とかで戦ってくれるだろ! 多分! 大顎を落とす仕組みを探そう!」
『それならもう見つけてるよ~』
突然、ターレルの声で喋り始めるレアリス妖精。
『私達で動かすっスから、雄一さんはヒュードラーを装置の下に誘い込んでほしいっス!』という、ミコトの声も聞こえた。
どうやら、妖精を無線機代わりに使えるようだ。
これはなかなかに便利。
2人の声の合間で、レアリスが「どう? 私役立ってる?」としきりに聞いてくるが、アンタ役に立たなかったことないからな!?
さて……と……。
俺も一仕事するか!
せっせと海藻を除去してくれるエビザメを尻目に、辺りを好き勝手回遊しながら食事している3バカは捨て置き、俺は指揮所から泳ぎ出る。
「ユウイチくん! 作戦は?」
「まずこうする! 釣具召喚!!」
俺は妖しく光り輝くシートを召喚し、指揮所の全面に貼り付ける。
そう。
アワビシートだ!
一時、ルアー界隈で爆発的に流行ったこの煌めき。
アルミやホログラムシートとは違う、ヌラヌラと輝くアワビの殻の内側を使ったコレは、一時、日本の海のルアーシーンに大きく躍り出た。
確か……。
某雑誌で某プロが大々的にプロモーションしたのがきっかけだったか。
それに色んなメーカーやプロが乗って、いろんな連載でアワビシート張りのルアーが登場し、アワビカラーをレギュラー色に設定するメーカーがそれに続き、ブームが生まれることになった。
効能は「自然な煌めきでスレたシーバスに効く」だったのだが、その実、シャロ―ランナー、スピンテールジグ、岸壁ジギング、ビッグベイトといったブームが沈静化した後の、所謂「人を釣る」策だったに違いない。
かくいう俺も、その貝の輝きの美しさに魅惚れ、現場用タックルケースがアワビカラーに染まった時期もあった。
まあ……。
確かに効果はあったのかもしれないが、意外と市場は冷静で、熱狂的なブームはすぐに鎮まってしまった。
実際、ルアーでまず大切なのはレンジ、そして次に大きさ、泳ぎのタイプ等、そして最後に来るのがカラーであり、アワビカラーがあるから爆発的に釣れる!ということは滅多にないのだ。
しかし、アワビの美しさは持っているだけでテンションが上がるので、釣りをする上で有効なのは間違いない。
おっと……。
思考が逸れたな……。
シーバスに劇的な効果をもたらすわけではないアワビカラーだが、少なくとも、美しい宝を収集する特性があるヒュードラーには効果があるはずだ。
さてさて、罠の設置はこれでいいとして……。
俺はテグスと、もう一つ、ヒュードラーに覿面であろう釣具を大量に召喚した。
それを見たレアリス妖精が「わあ! 綺麗!」と言う。
俺の腰に巻いたテグスから伸びる、キラキラとした煌めき。
これもアワビ……ではない。
白蝶貝ブレードだ!
これはアワビブームの最中、あるメーカーが投入した、スピンテールジグのブレードを白蝶貝の内殻にしたルアーのものだ。
それをアラバマリグに装着することで、天然真珠の輝きで強烈にアピールできるという寸法だ。
俺は両手足に水流を纏い、先ほど見た水中コロッセオに向かう。
海は激しく荒れているが、進めないこともない。
レアリス妖精は俺の肩に掴まり、流されないように踏ん張っている。
天界魚類の連中は……。
ダメだ、ついてきてくれてねぇ……。
俺が一人で頑張るしかないってかい!
不意に、感知スキルが鋭いピークを発した。
見つかった!!
俺は即座に反転し、逃げに転じる。
後ろから伸びる貝アラバマリグは、いい感じに煌めいていた。
そしてその奥から急激に接近してくるヒュードラー!
ヤバい!! 思った以上に速い!!
これが宝を目にした水龍の本気なのか!?
「ユウイチくんは逃げに集中して! ここは私が!」
そう言って魔法を詠唱するレアリス。
すると俺の真横を、ヒュードラーが高速で通り過ぎて行った。
「蜃気楼魔法よ! 敵はユウイチくんの位置を的確に把握できない! このままあそこへ急いで!」
「了解っ!」
俺は四肢に纏う魔法を最大出力まで引き上げ、可能な限りの高速で水中を突っ走る。
その横合いを、上下を、幾度も通り過ぎていくヒュードラー。
宝を傷つけずに獲得するため、攻撃を放ってこないのが幸いだ。
龍激水流弾など撃たれたら、俺はとっくに死んでいたに違いない。
「今だ!」
俺は指揮所が見えてきたところで、腰から伸びていたアラバマトローリングタックルを召喚解除した。
ヒュードラーは追っていた輝きが消えたことに、一瞬困惑したが、すぐに指揮所を彩る輝きに気付き、そこへ勢いよく突っ込んでいく。
「ミコト! ターレル! 頼む!」
『了解っス!』
『行くよ~』
2人の声が聞こえたと同時に、海面の大顎が「ガコン!」という轟音と共に、岩のレールを滑り降り始めた。
ヒュードラーは即座にそれに気付き、素早く身を翻すと、顎の射程から離脱してしまった。
ヤバい!
想像以上に反応が早い!
だが、それに食らいついた者がいた。
エビザメである。
レールの海藻を除去しきって待機していた彼が、自身の数倍の巨体を誇る龍に襲い掛かったのだ。
小柄ながら、その獰猛な噛みつき攻撃に怯み、射程圏内へ引き戻されてくるヒュードラー。
えらいぞエビザメ!!
だが、即座にパワー負けし、エビザメは振り払われてしまう。
やっぱりダメだエビザメ!
一瞬、諦めが脳裏をよぎったが、今度は黒い巨影がヒュードラーの横合いから、そして海面からヒゲウバザメが突っ込んできた。
ヒュードラーが攻撃を放とうとした瞬間、海底から龍激水流弾が飛んできた。
イシガキデメニギスの魔法コピー攻撃だ!
2体の巨大ザメに押され、自身の攻撃を反射されたとなっては、水龍といえどただでは済まない。
速度を増した大顎の射程に押し込まれていく。
「皆戻れ!」
俺は大顎が直撃する直前に、4匹を引っ込める。
そして、鋭く尖った巨岩の牙に捉えられた水龍は、そのまま下顎まで引き摺られていき、その全身を刺し貫かれ、ひと際激しく咆哮した後、その巨体をガクリと横たわる。
明るい光が水中まで差し込み、戦いの集結を告げた。