第17話:指名依頼セカンド 初めてのドラゴン
「ひぃー!! ひぃー!! この海域は駄目だ! マジでヤバい!!」
かの伝説の海龍に遭遇した俺は、天界鮫カードが使えないことが分かるや否や、即刻逃げの一手を打った。
そりゃそうだよ!
俺みたいなヘッポコが龍なんかに勝てるわけないもの!
血相を変えてテレポートしてきた俺に驚き、日光浴しながら昼寝をしていたらしい皆が一斉に立ち上がる。
君ら随分楽しんでるじゃねーか……。
いや、それはいい!
一刻も早く逃げないとやべぇ!!
俺は説明もそこそこに、ボートを全速前進させる。
が、早くも海面が渦潮と竜巻だらけになっていた。
ひいいいい!!
シャレになってねぇ!!
「どうしたんスか雄一さん! これ何スか!?」
「白銀のヒュードラーがこの真下に潜んでた!! 多分真珠騒動の犯人あいつだ! 俺達で何とか出来る相手じゃねぇ! 逃げるぞ!」
「ヒュードラ~!? そんなの下手したら国立正規軍が出張ってくる相手じゃないか~! どうしてそんなのがここに~?」
「分からん! でもまずは生き残ることが先決だ! 俺に掴まれ!」
「レアリスさんはこっちっス!」
俺とミコトはターレルとレアリスの体を掴み、同時に叫んだ。
「「テレポート!!」っス!!」
一瞬にして俺達の体が孤島のベースキャンプへ……。
……。
…。
飛ばない!
何でだ!?
「まずいわ……。 ヒュードラーが逃亡封印の魔法干渉をしてきてる! 逃げるための魔法の発動が阻害されるわ!」
「嘘だろ!?」
レアリスが必死にその干渉を解こうと対抗魔法を詠唱するが、一瞬にして弾かれ、彼女は悲鳴を上げてのたうち回る。
「首が……首が苦しい!」と、叫ぶ彼女の首元には、蛇の鱗のような紋様が怪しく光っていた。
ミコトが治療魔法を唱えるが、全く効果が見えない。
「ユウイチ! アレ!」
既に嵐の中の丸木舟と化したボートの上。
ターレルが大波の狭間を指さした。
来る……!
白銀の首が、俺達の恐怖をせせら笑うように、波を掻き分けてやってくる。
何とか……何とかしないと……!!
9つの首が海面から飛び上がり、俺達目がけて殺到してきた刹那、その直下から伸び上がった9つの黒い塊が、その輝きを弾き飛ばした。
キラキラと散る、白銀の鱗。
そして、苦し気な咆哮を上げ、海中へと消えていくヒュードラー。
「お……おせーよ!」
俺は随分遅れて来た巨影鮫に悪態をつく。
そして一瞬緩んだ荒天の切れ間を縫い、俺は孤島のベースキャンプへボートを滑り込ませた。
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ヒュードラー。
9つの首を持つ海龍である。
れっきとしたドラゴン(龍)の一種で、その戦闘力はワイバーン(飛竜)やワーム(地竜)などとは訳が違う。
龍種で永く生きたものは人に迫る、もしくはそれを超える知能を持つとされ、
魔法を理解し、使用する。
見惚れた村娘を攫って妃にする。
特定個人への恨みから都市を滅ぼす。
宝物の価値を理解し収集する。
城を権力の象徴として理解し、それを得ようとする。
等々、知能が高いが故の人文明に対する迷惑行為が多々記録されていた。
それ故に優先して討伐され、人魔大戦の時代を経て、中央大陸において成体を目撃することは最早不可能とさえ言われている。
「らしいっス」
「解説ありがとう」
ミコトが魔物図鑑片手に話したドラゴンの特性、それは海龍ヒュードラーにも同じことが言え、魚真珠を居城に収集していたのはその習性故だろう。
ただ、成体ヒュードラーは首だけで山を一巻きするほどの巨体があるとかかれていることから、俺が遭遇した全長50m前後の個体は幼齢、もしくは若齢固体だろう。
まあ、それでも大概な化け物サイズなんだが……。
天界鮫シリーズを見てるとさほどの衝撃はないな……。
だが、魔法を強力な威力で繰り出してくるのは極めて厄介だ。
首にかけられた呪いを何とか解いたレアリスが、「あの魔力は尋常じゃないわ……。打ち消し魔法にカウンターしてくるなんて……」と苦し気に呟いている。
そして「逃さん」とばかりに、孤島を取り巻く海は渦潮と海上竜巻祭りと化している。
テレポートも飛行スキルもまともに使用できないし、俺達はこの孤島で完全に孤立してしまったのだ。
「ユウイチ~。これはもうあいつを倒すしかないんじゃないかな~」
ターレルが海を見つめながら言う。
「この場所はね~。大陸南方の大事な漁場なんだ~。それに……ライザのお気に入りの場所なんだよ~。そこをね……悪い龍に支配されるのはやっぱり面白くないんだよ~」
怒ってる。
口調こそ温厚だが、明らかに怒ってるよこの人……。
特に、ライザさんのことで。
いや、分かるよ。
嫁の大事なものを踏みにじられるのは、自分のことよりよほど辛いし、許しがたい。
俺もミコトの天界ラボから魚が奪われたのには正直プッツンと……。
…………。
……。
あれ?
魚真珠騒動がヒュードラーのせいだとしたら……。
天界カードが反応してたのって一体……何……?
「雄一さん。何か色々思う所はあるっスけど、それは一先ず置いて、まずはあの龍をやっつけるっスよ!」
「あ……ああ」
俺はどうも腑に落ちないところを感じたが、ヒュードラーとの対決を見据え、ベースキャンプを島の奥へと移す準備に取り掛かった。