第16話:指名依頼セカンド 白銀の居城
「おー。すげえすげぇ。めっちゃ絶景」
俺は誰に言うでもなく呟く。
潜水した眼下に広がるのは、澄んだ青の中に浮かび上がる無数の石柱、風車のような建造物、そして巨大な石壁。
まさしく魚人の水中都市と言った雰囲気で、過去の栄華を今に残している。
そして、視界を煌びやかに彩るのは……。
無数に流れてくる魚真珠……。
それらは海底遺跡に降る雪のようで、幻想的ではあるものの、尋常ならざる事態だ。
真珠を運び来る流れは遥か海底から登って来ているようで、自然沈下では一定以上深く潜れない。
そこで俺は、少し前から温めていた新技を使ってみる。
まず、形質変化させた飛行スキルと水魔法を同時発動させ、手足に渦を纏う。
そして、その渦を制御し、まるでスクリューのように扱いながら、海中をペンギンの如く翔けるのだ。
両足の渦は推進力として、そして両手の渦を舵に、俺はより深みへと潜っていく。
海の青がどんどんと濃くなり、視界も徐々に狭くなってくる。
俺はそれほどでもないが、苦手な人はこの感覚が本当に無理らしい。
ていうかミコトがそれだ。
吹き上げる海流は想像以上に強く、結構強めに力を込めないと押し上げられてしまいそうだ。
強い海流に乗って、キラキラと輝く魚真珠が次々に流れてくる。
やっぱりこの先に真実があるのか……?
しかし、ポーチに入れてきたカードは脈動しない。
俺の潜水スキルの限界深度は200m。
それを超えられると、俺の手に余る事態になってしまうんだが……。
段々と不安になってきたな……。
目測で50mは潜っただろうか。
遺跡群の中でも建造物が特に密集したところまで潜ってきた。
当時はここが街の中心街だったのだろうか。
遺跡群は神戸の住宅街のように、海底の坂に沿って下へ下へと続いている。
よく目を凝らすと、遥か下に円形の建造物が見えた。
うーん……。
多分、水深100~150mくらいだろう。
水深が100m深くなるごとに、太陽光は100分の1になる。
今が真昼と考えると、あの辺まで潜れば、恐らく視界は夕暮れ時か、逢魔が時レベル。
捜索、戦闘を考えれば、安全に潜れるのはあそこまでだな……。
ひとまず、遺跡の街道に沿って潜りながら、その場所を目指すことにする。
「結構しっかり残ってるもんなんだなぁ」
遺跡は自然の巨岩をくり抜いて作られていて、街の一区画ごとに一枚の岩で形成されているらしい。
かなり固い岩盤のようで、数百年の時を経て尚、建物の形状がはっきりと残っている。
一体どうやって巨岩を削り、住居や広場を作ったのか分からないが、高度な技術と生活レベルを持った海底都市だったに違いない。
上から見えていた風車型の建物は、内部に臼のような岩が置かれていて、やはりそれと同じように使われていたようだ。
岩のプロペラで海流を受け、それを動力に様々な用途に使っていたのだろう。
エネルギーを回転に変え、それを動力に用いるという発明は、ヒトの仲間の収斂進化なのかもしれない。
そんな文明が絶えてしまったのは残念だ。
絶えた文明の跡地には、巨大なサンゴや海藻、海綿の類が繁茂し、無数の魚たちが身を寄せている。
時折、大型の魚が回遊してくると、小魚たちはサッと小さな建物の中に潜ってやり過ごす。
しかしその中にも大型のハタ類と思しき魚が待ち構えていて、赤い小魚の群れが瞬く間に口内へ消えた。
美しい海底遺跡にあっても、過酷な生存競争に逃げ場は無いらしい。
ふと見ると、魚真珠が吹き溜まっている場所があるので覗いてみると、中には大タコがいて、魚真珠を8つの足でかき集めては、巣の飾り付けをしていた。
大きなテッポウエビの仲間も巣の周りに魚真珠を敷き詰めて、興味を示して近づいてくる魚を襲っている。
ハタの仲間も口に含んだ魚真珠で巣の周りを彩り、雌の個体を呼び寄せていた。
人間からすれば異常事態であっても、魚たちはこの状況を利用し、強かに生きている。
別に放っておいてもいいんじゃないかと思いかけるが、天界の魚が、特にサメの類が関わっているのなら、放っておくわけにはいかないよな……。
やがて、さっきは遠くに見えていた円形の建物が近づいてきた。
ほう……。
コロッセオみたいな建物なんだね。
もしかすると、大昔はここで魚人の競技大会やら、もしくは見世物の類が催されていたのかも。
ところで……。
かなり深くて暗いのに、なんか妙にはっきりと建物が見える。
建物だけが闇に浮かび上がっているようだ。
……。
魚真珠だ!
ものすごい数の魚真珠が建物の周りに散りばめられている!
キン! キン! キン!
急に感知スキルが強烈なピークを発し、俺の身に降りかかる脅威を警告する。
同時に、ポーチのカードが激しく脈動を始めた。
来たか!?
俺が身構えると同時に、ものすごい数の小魚が霞のように散り、同時に、白く巨大な影が俺の視界の隅を掠める。
何だ!?
その方を向くが、何もいない。
しかし、白い渦が巻き、何かが高速で泳ぎ去ったことを示している。
感知スキルのピークに合わせ、俺は海の青の向こうへ目を凝らす……。
………。
……。
……!!
「嘘だろ……」
視界に再び現れた巨体が、俺の周りをぐるりと周回し、あのコロッセオへ降り立つ。
白銀に輝く その姿は、9つの長大な首と、太いウミヘビのような胴体を持つ神話生物。
海龍・ヒュードラーそのものだった。
ヒュードラーは9つの首からジャラジャラと魚真珠を吐き出し、自らの居城を満たしている。
まるで俺に見せつけるかのように……。
「し……シャドーメガマウス!! 頼む!!」
俺は天界カードを構え、敵の体躯に迫る巨体を備える巨影鮫・シャドーメガマウスの名を呼んだ。
……。
が、カードの脈動は既に止まってた。





