第14話:指名依頼セカンド ミカヅキガニの頭殻鍋薬膳風
クエスト初日の日が暮れる。
ここらの砂浜は、夜になるとカニ型の魔物が上陸してきて危険とのことなので、俺たちは最寄りのギルド支部がある村へと引き上げた。
前の事件と違い、緊急性が低いためか、どこかのんびりとした日程だ。
いや、いかんいかん。
ただでさえ“聞いたこともない奴”扱いされてるこの地域。
昼夜を問わず働き、カニ魔物などものともせずに颯爽とクエストクリアして、大陸西方の釣神:ヤザキ・ユウイチの名を轟かせねばならないのだ。
ならないのだが……。
「この辺はカニの料理が美味しいんだよ~」というターレルの誘いに、俺とミコトは抗う術を持たなかった。
案内された村は高床式の住居が並ぶ、いかにも南洋の漁村といった雰囲気で、ギルド支部もそれに倣って高床式だ。
こうすると地熱の伝達が妨げられるので、昼夜を問わず涼しいと聞く。
松明が煌々と焚かれた支部に入ると、日に焼けた健康的な肌の受付嬢さんが、ランタンの明かりを頼りに書類を整理していた。
受付嬢は俺達を見るに、書類をトントンと束ねて机に置くと、ぺこりと一礼をして「釣神殿、遠方よりお疲れ様です」と労ってくれた。
おお……。
こっちに来て初めて俺を知る人に出会えた……。
温かいよぉ……。
「南方ギルド本部より、この村を拠点にされるとの連絡を受けております。簡易的ではありますが、宿泊の準備はできておりますので、当施設を自由にお使いください」
そう言うと受付嬢さんは、また書類整理に戻る。
……。
ちょっと冷たいかも……。
宿泊スペースとして宛がわれたのは、小規模ギルド支部特有の、多段ベッドの並んだ簡易宿泊部屋。
ランプレイ方面もこんな感じだったな。
少し違うのは、二つ名持ちということで、一部屋を俺達4人専用で使われてもらえるということだろうか。
建物は決して新しくはないものの、掃除は行き届いていて、不快感はない。
「アナター! ミカヅキガニ持ってきたわよー!」
と、食材調達に出てくれていたライザさんの声が外から聞こえてくる。
ターレルが「おっと、自分夕飯の準備をしてくるよ~。ちょっと待っててね~」と言いながら部屋から出ていき、ミコトも「ご飯の準備なら私お手伝いするっスよ!」と言って彼の後を追っていった。
俺は皆の荷物を片付けながら、木製のベッド上に蔦を編み込んで作られたマットと、綺麗に洗濯されたシーツを敷き、4人分の寝床を作った。
ついでにマップを部屋のボードに貼りつけ。
全員分の防具を専用スタンドにかけ。
武器も壁のフックに整頓して片付け。
持参した携帯食料なども窓辺に吊り。
ちょうどいい感じに前線基地を仕立て上げた。
「はぁ……少し涼しくなったわ。私、この辺の気候は合わないかも……」
それまでソファーに腰かけていたレアリスが、いつになく元気がない様子で、ベッドに横たわる。
だ……大丈夫かい?
「大丈夫よ。この防暑装備結構高かったのに、ごめんなさいね、私のために」
「いやいや、お金の心配はしないでくれ。メンバーの体調管理もリーダーの仕事だよ」
「ふふっ……。ユウイチ君は優しいんだね。ミコトちゃんがぞっこんな理由が分かる気がするわ」
「そりゃどうも。ご飯できるまで寝てていいぞ。あ、せっかくだからコレ使うといい」
俺はアイスショットとウォーターショットの形質変化を使い、アーチ状の氷を作ると、タオルで巻いて、簡単な氷嚢にして彼女の額に乗せてやった。
レアリスは「ヒャッ……冷たい……」と小さく声を上げたが、やがて「気持ちいいよ。ありがとう、ユウイチ君」と言ってスヤスヤと寝息をたて始める。
天界の魚、最悪ミコト製の融合ザメとか出て来るかもしれない状況で倒れられたら大ごとだ。
くっ……。
仮にも俺は二つ名の身。
なのに早速、最適なパーティーを編成してクエストに臨むべしという鉄則を遵守出来てないじゃないか……。
この時期でも大陸中央の盛夏並みの気温があるエリアと事前に調べてさえいれば、レアリスの加入を控えさせることも出来たはずだ。
クエストに支障をきたし、メンバーの健康を害し、では、二つ名として落第もいいところ。
また先輩に怒られちゃうなこりゃ……。
「雄一さーん! ちょっとキャンプ道具召喚をお借りしたいっス!」
という声が外から聞こえてきたので、俺はレアリスの腹に一枚タオルをかけ、ミコトの元へ急いだ。
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「こいつは立派なカニだなぁ!」
ギルド支部のすぐ傍にあるファイヤピットでは、三日月を思わせる甲殻を持った大きなカニが、大胆にぶつ切りにされて置かれていた。
頭殻の中にはいい色をしたミソと、赤い内子が詰まっている。
ミコトは俺から借りた包丁で、ガニと呼ばれる鰓の部分を切り取り、足に縦の切れ込みを入れていく。
鍋の召喚も頼まれたので、俺は炊き出し用の40㎝近い大鍋を召喚し、ファイヤピットにセットする。
ミコトはそこへぶつ切りにした型肉をゴロゴロと入れると、本場のキージャ・ソで味を整え、カニ味噌汁を仕上げた。
そして今度は切れ込みを入れた足を焼き、その身をお玉を使ってほじくり出し、ミソと内子たっぷりの殻の中へ投入する。
そして、それを豪快に火にかけた。
やがて、グツグツとミソが煮えてくると、そこへいくつかの木の実や野菜を入れ、大きな葉(バナナ?)で蓋をし、ミソと身を蒸し焼きにする。
うおお……。
すげえいい匂い……。
「ミコトちゃんは凄いなぁ~。初めて見る食材でこんな料理出来ちゃうんだぁ~」
「その調理法は面白いわねー。ウチの飯屋でも出してみようかしら」
ターレル夫妻が、貝や南方の野菜を焼きながら、ミコトの料理の腕に舌を巻いている。
でしょうでしょう?
俺の嫁いいでしょう?
「ヨシっス! 完成っスよぉ!」
ミコトがカニの殻鍋にかけられた葉を取ると、甘みのある、それでいて濃厚なカニミソの香りがモワモワと立ち込めた。
これは……たまらん……。
「レアリスちゃんを呼んできてほしいっス。ちょっとしんどいかもしれないっスけど、ちゃんと食べないとバテちゃうっスからね」
ミコトがカニ味噌汁とおにぎりを配膳しながら言うので、俺はレアリスを呼びに戻った。
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「美味しい……! それに、なんだか疲れが抜けていくような……」
ミコト特性のカニ殻鍋を食べたレアリスが、珍しく二口、三口とその身を口へ運んでいく。
「どうっスか? カニミソが濃厚だったっスから、夏の疲労を改善する作用がある果物や野菜を入れて薬膳風にしてみたんスよ。カニの身は脂質が少ないから、これも疲労回復に効果があるっス」
「み……ミコトちゃん……! これ私のために……?」
「そうっスよ! 私がいる限り、メンバーの健康は崩させないっス!」
ミコトお前……天使かよ……。
天使だった。
「へぇ~。この木の実結構匂いが強いんだけど、確かにこのカニミソと混ざると嫌な感じはしないねぇ~。しかも力が湧いてくる気がするよぉ~」
「食事で薬を取る、かぁ……。ウチの村の漁師連中に人気でそうね」
ターレル夫妻も、ミコトの料理に舌鼓をうっていた。
でも貴方らの作ってくれた巻貝のスパイスつぼ焼きも旨いよ。
独特のえぐみがある肝を予め溶いてから、酸味のあるスパイスを詰めて焼いているから、なかなかに大人の味わいだ。
味付けに使われている、辛口のキージャ・マが、良い塩梅で塩辛く、塩分を求める体に染み渡っていく感じがするね。
「そうそう、ユウキチ。さっき漁師連中からもらってきたんだけど、これが例のブツなんだ」
ライザさんが革袋の中から取り出したのは、大小さまざまな白い塊。
それこそが、今回の怪異、魚型の真珠であった。
イワシのような小魚から、ツノダシのような20センチ前後の魚まで、結構いろんな種が混じっている。
割ってみると、中から魚の死骸が現れた。
……。
腐ってはいない。
真珠にされてからそう長くはないな……。
「こいつが海岸に流れ着いて、村の爺さんは先祖の霊がどうのこうの、海の神様がどうのこうのと……」
ライザさんが依頼の詳細な説明を続けるが、俺は半分くらいしか頭に入ってこなかった。
というのも、その魚たちを見ている間中、ポーチの中身が激しく脈動していたのだ。
やっぱり……。
この真珠は天界の魚が関係してる……。





