第13話:指名依頼セカンド 天界の鼓動
飛行クジラは南砂漠上空を抜け、緑豊かな降雨林の上空を飛ぶ。
ここも、例の“神秘の峡谷”の一部らしい。
無数の超巨大亀の亡骸が、砂漠地帯のど真ん中に豊かな熱帯雨林を形成する……。
うーん!
ファンタジー!
「いや~。昨日はお騒がせしてごめんよ~」
頭にデカいゲンコツと、体の複数個所に歯型を刻まれたターレルが申し訳なさそうに言う。
………。
……。
昨晩はご夫婦で随分と……。
あの……。
へっぽことはいえ、一応二つ名の指名依頼なんで、体調管理はしっかり頼みますよ?
「大丈夫、大丈夫、この程度でヘバる旦那じゃないから」
生気に満ち溢れた顔で、ターレルの妻、ライザさんが笑う。
なんでも、今回のクエストはターレルの故郷を含む海域で起きたことらしく、てっきり旦那が依頼を受けて来るものと思っていたら、「ヤザキ・ユウイチ」とかいう“聞いたこともない奴”が来ると聞き、「この事態に旦那は何をしているのか」「お前じゃなくて旦那を呼んで来い」などの文句を中継地まで言いに来たところ、その“聞いたこともない奴”の配下で女の子を惚れさせている彼が目に入り、殴りこんできたとのことだ。
まあ、一晩中続いた夫婦の対話で事情は理解してくれたようだが……。
なんとも強引で豪快な人だ。
あと、聞いたこともない奴で悪かったな!
「ユウイチ君だって中央の二つ名冒険者とか知らなかったでしょう? そこはしょうがないんじゃない?」
「まあ、そうか……」
「もっと頑張って名を上げたら良いっスよ! 私も頑張るっス!」
そうだね。
約束したもんな……。
頑張るよ。
「えへへ。何度生まれ変わってもお傍に居させてくださいっス」
そう言って笑うミコト。
可愛い。
さて、仕事仕事……。
「えーと、今回はパール層に覆われた小魚の死骸が大量に漂着。その原因を調査してほしい、ということですね」
「ええ、その通り。もう気味が悪いやら、めでたいのやら、よく分からなくてね。ユウキチだっけ? 一つよろしく頼むよ」
「はい。この大陸西方の二つ名持ち冒険者、釣神:ヤザキ・ユウイチにお任せください!!」
「雄一さんちょっと売り込みが雑っス……」
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「うわー! すっごく綺麗な海っス!!」
ミコトが歓声を上げた。
今回の依頼の舞台。
大陸南方の海岸線が、目の前に広がる。
大陸南方は、愛知県を超絶パワーアップしたような、3つ股の巨大な半島によって形成されているのだが、今俺たちがいるのは、その中央に位置する半島の突先だ。
この半島群が形作るマッスル湾のほぼ全域で、例の真珠ザクザク事件が起きているとなれば、その現象に最も遭遇しやすいのは、中心たるここだろう。
漁村が集中する地域でもあるそうで、情報収集にはちょうどいい。
「ひゃ~ん! 気持ちいいっス~! 雄一さんもどうっスか~?」
ミコトが波打ち際まで足をつけ、キャッキャとはしゃいでいる。
以前、塩湖ダンジョンで着ていた、水着型防具が南の陽光に映え、何とも素晴らしい。
暑さに耐えかねたレアリスは現地の暑さ避け装備に着替え、潮だまりの木陰で休んでいた。
白い肌をしたレアリスが、スケッスケの踊り子衣装みたいなのを着てるわけだが……。
高身長でスタイルのいい彼女の体が嫌というほど強調されて……。
これは中々……。
痛い痛い!
ミコト!
刺々した貝投げないで!
指名依頼なのに、こんなのんびりしていていいのだろうか、と思うだろうが、到着したときはもう昼過ぎ。
今から本格的な調査をしようにも、ベースの設置や聞き込みなどをしている間にすぐ夜になってしまう。
飛行クジラの長時間移動による疲れの中、半端な調査を行うよりは、初日は現地の地形や状況の把握に絞り、軽く流す程度にするのが賢明だろう。
「しかし、何かモンスターの類が居る雰囲気ではないよなぁ」
「うーん……。自分も普段の海と何ら変わらないように思うんだよねぇ~」
俺とターレルも海辺でのクエスト用の防具に着替え、浅瀬を中心に原因解明にあたっている。
感知スキルには何の感もない。
レアリスが横になりながらも、魔物捜索用の光球をいくつか浮かべてくれているのだが、それらも全く反応していないようだ。
などと思いつつ、海面に魚影なり、魔影なりを探していると。
ドクン! ドクン! ドクン!
突然、心臓の鼓動のような振動が起きた。
俺の、腰から。
え! 何!?
俺は慌てて、その振動の主を探る。
腰のポーチか?
いやしかし、振動するような物は入ってないというか……。
明らかに生物的な振動なんだが……。
まさか……?
これ?
俺はポーチの外ポケットにしまってあった、革製のホルダーを開ける。
中に入っていたのは、コトワリさんから預かっている、天界の魚たちの封印カードだ。
手に取ると、確かにトクン……トクン……と、弱い振動が伝わってくる。
思えば以前、似たような振動を経験したことがある。
あの闇のダンジョンで、エビザメに襲われたとき、まるで“自分たちを使え”とばかりにカードが脈動して、俺を助けてくれたのだ。
もしや、この事件にも……。
「どうしたんスか雄一さん?」
疑惑の人物が、豊満な肉をポヨポヨと揺らしつつ、波打ち際を駆けてきた。
いやしかし……。
物体を真珠にする生物なんて、ミコトは設計してないし、そんなの天界データベースでも見たことがないって言ってたんだが……。
ミコトが俺の傍に来る頃には、カードの脈動は止まっていた。
君たちは俺に何を伝えようとしてるんだ……?