第12話:指名依頼セカンド 中継地ゴビーの街にて
「暑いわね……」
レアリスが額に浮かんだ汗を拭いつつ呟いた。
季節はもう晩秋だが、大陸南方は未だ盛夏の様相だ。
ここは、大陸南方砂漠に隣接する街、ゴビー。
今回のクエストの中継地だ。
南方砂漠は、魔女会議の時訪れた南西砂漠に比べると規模は小さいが、良質な魔法結晶や魔竜骨が取れるとかで、近隣の街はだいぶ栄えている。
粒子が細かく滑らかな砂を湛え、砂上船が行き交う南西砂漠とは異なり、こちらの砂漠は固く締っていて、俺のもと居た世界のそれによく似ていた。
大きく違う点があるとするなら、その上の移動手段だろう。
「わっ! 野菜食べたっスよ! 結構可愛いっスね!」
「すごい食べてる……素敵……」
街の中に多数の小山が聳えている……ように見える。
その正体は、巨大な陸亀「デザートータス」だ。
ヒポストリの数十倍にも及ぶ運搬力と、一度歩き出せばほぼ無給餌で南砂漠を往復できる強靭な肉体を誇り、交易に重宝されている。
健康に老いた個体は街の繁栄の象徴として、また、観光客の目を楽しませる生体展示として、街の中央にある宮殿の中庭に集められて飼育されていた。
頭部だけで俺の全身よりデカいが、とても温厚な生き物で、ミコトが差し出したダイテンサイと呼ばれる巨大カブをゆっくり咀嚼している。
宮殿の中庭はやたらデカい木々が生い茂り、図鑑で見たジュラ紀のような光景だが、これは人工的なものではなく、この亀たちの糞やマナが大地に作用してこうなったらしい。
この亀たちが何十回、何百回と通ってきた道は、砂漠の中でありながら青々とした草木が生え、一本の道になっているそうな……。
この亀たちは一定期間ここで安寧の時を過ごした後、ある“兆候”が見られ次第、砂漠へと放たれるとのことだ。
そして、放たれた亀は自然と砂漠を西へ進み、やがて、神秘の峡谷と呼ばれる地形で息絶え、甲羅から無数の草木を生じさせて、峡谷を覆う森の一部となっていくのだという。
ファンタジーロマンの結晶かよ……。
そんな亀と戯れているのもいいが、時間はもう夕暮れ時。
今日の宿と飯を取らねばならない。
まあ、焦る必要はあるまい。
というのも、大陸南方に明るいターレルが、それらを手配しに行ってくれたのだ。
こういう時、地元民は頼りになる。
俺も、いつか皆が大陸西方に来たら、カトラスの温泉にでも案内しよう。
亀とひとしきり戯れた後、ターレルとの待ち合わせの場所……街の中央広場に行くと、ちょっとした人だかりが出来ている。
何だ何だと見に行くと、その中心にいたのはターレルだった。
「握手してください!」とか「子供抱っこしてください!」とか、無茶苦茶人気者だ……。
「おーいユウイチ~」と、俺たちの方に手を振るも、その声で彼のもとにますます人が集まってくる。
あの~。
一応ここに二つ名持ちが居るんすよ~。
一応レア人物っすよ~。
………。
……。
ダメだ。
「誰?」って感じで横目に見られて終わりだ。
あまり俺達を待たせてはいけないと思ったのか、「今お仕事中なんだよ~。またゆっくり来るね~」と、ターレルは皆を帰らせ、俺たちの方へ歩いてきた。
「いや~ごめんよ~。少し前にこの町で悪さをしてたコネクション討ち滅ぼしたら有名人になっちゃってさ~」などと言いよる……。
そりゃ人気者になるわ……。
お……俺だってインフィートではちょっと有名人だし!
でも子供抱っこしてください!って言われたことはなかったなぁ……。
ちょっと凹む……。
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「あら! なんて素敵なお宿!」
「中庭にオアシスあるっスよ~! ロマンチックっス!」
ターレルが用意してくれた宿は、随分と豪勢なものだった。
いや! いやいやいや!
旅行じゃないんだから、道中こんな良いとことるのはいかがなものか!?
「大丈夫だよ~。ここは自分がオーナーしてるからさ~。今回はタダで泊まれるよ~」
「え! 何!? 経営者様!? お金持ち!?」
「そんな大層なものじゃないよ~。名ばかりオーナーみたいなものだから~。というかユウイチの方がよっぽどお金持ちだろぉ~」
ターレルはそう言うと、女性従業員が運ぶのに苦労していた酒の大樽をヒョイと担ぎ上げ、「お腹もへってるだろうから、このまま食事にしようよ~」と、言って、階段を軽やかに降りて行った。
この宿には飯屋も併設されているようで、階下からはいい匂いがたち上ってきている。
「この辺は水が貴重だったから、油やお酒を使った料理が多いんだよ~。今日のメニューはアカスナドリのワイン蒸し香味油焼きだねぇ~」
彼に案内されたのは、お洒落な中庭が見える特等席。
お、よく見ると中庭にも小さいデザートータスが歩き回ってて可愛らしい。
「ユウイチはどれを食べたい~?」
「え!? デザートータス食うの!?」
「冗談だよ~。あの子たちは中庭の維持のために放し飼いしてるんだ~。デザートータスは空気中のマナを糞に含ませて排泄するから、そこにいるだけで砂漠の砂が豊かな土に変わるんだって~」
「へぇ~。そりゃ面白いな。この町の人らが大事にしてるのがよく分かるよ」
「ちょっとユウイチくん、ターレルくん。食事の場で排泄とかいっちゃ駄目だよ~」
「生物学的には面白いっスけど、ちょっとお下品っス!」
と、怒られつつ料理を待っていると、何やら巨大な皿にこれまたデカい鳥肉が乗せられ、運ばれてきた。
ワインで蒸された後なのか、モクモクと湯気が上がっている。
鳥肉の下には、香草がたっぷりと敷かれていた。
が、これで完成ではないようで、今度はグラグラと煙を上げる柄杓のような片手鍋と、クローシュのような金属ボウルが運ばれてきた。
お?
ウェイターさんはその片手鍋を鳥肉の上まで持ってくると、煮えたぎる中身をサッとかけまわした。
直後、「ジュウ!」といい音がして、鳥肉の表面に焼き目が付いた。
これが香味油か!
すかさずクローシュがかぶせられ、中でジュウジュウといい音が鳴る。
うわ!
すごい良い匂いする!
やがて、その快音が止まると、クローシュがゆっくりと開けられる。
モワッと上がる高温の蒸気。
揚がった鳥皮の香ばしさと、ワインの甘酸っぱい匂いと、そして、ふんだんに使われた香草のいい香りが混ざり合い、何とも食欲をそそる!
ウェイターさんはそれを手早く切り分け、骨を取り除いた肉の部分だけを奇麗にサーブしてくれた。
もも肉、胸肉、尻肉等々、それぞれがそこそこのボリュームだ。
ターレルが話を回してくれたのか、レアリスの皿には少し少なめに盛られている。
「さあさあ、食べてみてよ~」
そう言われるや否や、俺は胸肉を頬張った。
おお!
旨い!
塩味は薄めで、スパイスと香草の風味がガッツリ効いている。
蒸されているためか、脂の薄い胸肉でもなかなかにジューシーである。
もも肉は……お! これも旨い!
柔らかく、皮目の脂が豊かな肉汁を溢れさせ、スパイシーな風味に負けないうま味を奏でる。
尻肉はより脂の甘みが強く、少しコリコリとした食感が癖になりそうだ。
というか、もう全部旨い。
旨い料理があると、自然と会話も弾むもの。
ターレルはあまり自慢をしないタイプだが、聞いたら恥ずかしがりながらも話してくれるようで、特務戦力の前にあった武勇伝を色々と聞き出せた。
どうも、恥ずかしくなるとモリモリ食べてしまうらしく、南方ギルドでの功績を語りながら、鳥肉や堅パンをモリモリ食べていくターレル。
そんな彼の様子に、レアリスは恍惚とした表情を浮かべていた。
「あはは……。ま、皆が料理を気に入ってくれて何よりだよ~……。い!?」
と、照れた顔で彼の顔が、突然カチンと固まる。
ど……どうした!?
食いすぎて何か詰まったか!?
「アナター! 故郷ほったらかして女の子誑かしてるとはいい度胸ねーーー!!!」
突然、鬼のような形相をした褐色のムキムキな女の人が現れたかと思うと、ターレルの胸倉を掴み、ワッシャワッシャと前後に振り回す。
な、な、何ですかアナタは!?
「じじじじ……じ……自分の……つつつ……妻だよ~」
高速でヘッドバンギングをさせられながら、ターレルが答えた。
え!!
君妻帯者なの!?