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第1話:クエスト ~岬の幽霊船事件を調査せよ~ A




 眼前に立ちはだかるは巨大な岩肌。

 この大陸最大の山脈「コンガーイール大山脈」である。

 場所によって高さの差異はあれど、大陸全域に連なって伸びるその雄姿はまさに「大山脈」。

 その中でも、今俺達を乗せた飛行クジラが飛んでいるエリア、岬周辺は飛びぬけて高度があり、3000m級の山々が壁のように続いているのだ。


 切り立った山脈の側面は天候の変化が激しく、この4時間程度の飛行で7回もスコールに遭遇した。

 夏だからまだ涼しい、少し肌寒い程度で済むが、春や秋でこの雨を食らえばたまったものではない。

 目的地に着く前に風邪をひいてしまうだろう。



「見てください雄一さん! すんごい大きい木が山肌に沿って伸びてるっスよ!」



 ミコトが窓から身を乗り出して歓声を上げた。

 同じく窓から身を乗り出し、彼女の指さす方を見れば、3000mを超える山のほぼ直角の斜面に沿って、巨大な木が生えていた。



「うおお! すげぇ! でっけぇ!!」



 俺も思わず声を上げた。

 飛行クジラのキャプテンによると、山の高さと同じくらいまで伸びているこれは世界樹の幼木らしい。

 なんでもデイスの街や、カトラスが作られた頃にはもうここに存在し、壁画にも描かれていたそうだ。

 大陸中央にそびえる大神木「エメラルダス」の子と言われているとのこと。



「あの木にもインフィートっていう街があるんだぜ。今回は寄らねぇけどな」



 シャウト先輩が指さす方を見れば、確かに至る所に足場があり、人が歩き回っている様子が見て取れる。

 しかしあまりにも巨大な木なので、人々の姿は木を這いまわる蟻のようである。


 釣りができる場所が無いと思っていたため、全く興味を持っていなかったのだが、カトラスよりも近い場所にこれほど雄大な自然を満喫できる街があるとは知らなかった。

 よく見れば山脈の至る所に滝が流れ、地上に落ちたそれが大樹の根元で地図にない無数の川や泉を形作っている。

 ここも開拓すれば、様々な魚と出会えるだろう。


 未知の魚や前人未到のレコードフィッシュを釣り上げるために大切なことは、自分で釣り場を探し、見つけるフロンティアスピリッツである。

 最初の1年で魔物や獣、野盗たち相手に散々な目に遭ったからといって、遠征を一切止め、自宅やデイス周辺に引きこもってしまったのは本当に勿体ないことをしたと思う。

 俺がもと居た世界の常識が全く通用しない異世界で、自由な冒険者稼業なのだから、思う存分冒険し、誰も知らない釣り場や魚を追い求めることこそ、釣り人の本懐のはずだ。

 というか、俺が転生で得た飛行能力も、テレポートも、感知スキルも、アウトドアグッズ召喚も、全てはこの異世界の雄大な自然を遊びつくす、釣りつくすために得たものだったはずだ。

 俺は忘れかけていた志が再びグツグツと沸騰し始めたのを感じる。



「どうだユウイチ! 行ったことのねぇ場所に足を延ばすのは面白れぇだろ!」



 その言葉に続けて「お前みてーな面白ぇ奴が近場でセコセコ小銭稼ぐのはもったいねぇからよ」と言って笑うシャウト先輩。

 思えば、俺が遠出する時はいつもホッツ先輩やシャウト先輩の後押しがあった。

 この人たちは俺の心の底に沈んでいた想いに気付いていたのかもしれない。

 そして、今回も幽霊船調査の手伝いという名目で俺を未踏の海に連れだしてくれたのだ。



「先輩……。ありがとうございます!」



 俺は思わず、感謝の言葉を吐き出した。

 危ないところを助けてもらったこと、召喚能力の使い方を教えてくれたこと、様々な地域に行くきっかけを作ってくれたこと。

 そして今回もまた、未知のエリアに連れ出してくれたことを。

 先輩は「オイオイ参っちまったなぁ……」とギザ歯を覗かせてニッと笑う。

 俺はその表情に「先輩ってこんな柔らかい笑顔見せるんだ……」と軽い感動を覚えた。

 今回は楽しいクエストになりそうだと期待に胸を膨らませたが、先輩はその表情のまま、



「依頼自体はかなりガチなやつなんだけどなぁ……」



 と笑いながら言い放った。

 今回も厳しいクエストになりそうだ……。




/////////////////////




「よし! ここが今回の依頼をこなすためのベースキャンプだ!」



 俺達が降り立ったのは、山脈が海に細長く突き出た突端付近。

 テニスコートほどの広さしかない灯台跡地であった。

 先ほどまでの雄大な大自然とは打って変わり、この上なく殺風景な荒磯である。


 山脈側を振り向いても、灰色の岩肌しか見えず、海側を見ても不安になるほどの水平線しか見えない。

 例えるなら、高知県の室戸岬を100倍くらい殺風景にした感じだ。

 一応、バーナクルやカトラスも見えるが、小さすぎて景色の足しにもならない。



「最近この辺を夜に通る船が失踪しまくってんだ。 無事に通れた船の乗組員も青く光る宝船を見たとか言ってやがってよ……。それが船乗りを誘惑する幽霊船だって噂が広まって、ここ数日まともに船が通れねぇらしい」



 リュックの荷物をテキパキと下ろし、寝泊まりする準備を整えつつ、シャウト先輩が今回の依頼を明かし始めた。

 これ完全に長居する構えじゃん……。

 ミコトはそれを察したのか、煮炊きするためのかまどを黙々と作り始めた。



「ここはバーナクルと都を繋ぐ海運の大動脈だからよ。さっさと解決してやらねぇといけねぇ。ブリーム平原の都市が物資不足で干上がっちまうぜ」



 先輩って口悪くて暴力的だけど結構知的だよな……。

 と、先輩の話に耳を傾けていると「手伝えや!」と怒鳴られてしまった。

 この人知性と粗暴さの振れ幅がデカいよ!

 俺は慌ててアウトドアグッズ召喚で5人用テントを出現させる。



「うぉ!? すげぇ!」



 先輩の機嫌が瞬く間に直る。

 やっぱり感情の振れ幅デカい……。



「お前が妙な召喚術で変なもん出すのは聞いてたけどよ……。こんな家みてぇなテント出せんのかよ! ていうかなんだこの布の素材は!?」



 先輩はまるで子供のようにテントに入ったり、出たり、化学繊維の布を触りまくっている。

 キャンプ道具召喚初めて見た人は大体驚くが、シャウト先輩のリアクションは歴代トップと言えよう。

 この人は本当に未知の冒険好きで冒険者をやってるんだなぁと思い、少しほっこりした。


 不意にスコールが襲って来たので、外でかまど作りに励んでいたミコトを呼び、雨宿りがてら、今回の依頼に関する説明をしてもらうことにした。



「さっき言ったが、この岬周辺で妙な事件が相次いでる。幽霊船を騙った盗賊団かもしれねぇし、最近活発化してる邪教徒の連中かもしれねぇ」



 先輩は「あとまぁ……これは考えたくねぇんだが……」と前置きしたうえで、



「本物の幽霊船か……だな」



 と付け加えた。

 ん?

 何か先輩の肩震えてないか?

 もしや……と思ったが、怒られたり殴られたくないので言いあぐねていると、ミコトが「先輩……ひょっとしてオバケ苦手なんスか?」と単刀直入に聞いた。

 先輩は一瞬固まり、ギザ歯を噛みしめて俺達をギロっと睨んだが、大きなため息とともに、再び口を開いた。



「まあ、どうも苦手なんだよな。そんでヤゴメを打ち滅ぼせる除霊能力持ちのお前らを誘ったって寸法さ……。海幽霊ってヤゴメとまではいかねぇまでも、厄介なの多いんだよ……」



 その言葉を聞いて、俺はハッとした。

 「お前らこのこと触れ回んなよ?」と睨んでくる先輩。

 「大丈夫っス! 命の恩人である先輩の情報を売るようなマネは絶対しないっス!」と笑顔で応えるミコト。

 「だよな! 頼りにしてるぜお前ら!」と、先輩もまたミコトと笑い合う。

 そして俺は、その様子を眺めつつ全身に嫌な汗を拭き出させていた。



(首狩り骸骨くんキーホルダー……家に置いてきたんだけど……)



 こうして、夏一発目のクエストは、とんでもない危機的状況で幕を開けたのであった。


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